表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/31

第30話 ゲームシステム③

 肥後さんの指摘はもっともだったが私なりに勝算はあった。「背後霊」のスキルで一時的にプレイヤーが主人公に「憑依」し、直接操作を代行できるようにする。そうすれば、挙動から感じるストレスはある程度コントロールできると考えていたのだ。


 その旨を伝えると、日向さんも同意を示すように相槌を打つ。しかし肥後さんから返ってきたのは、極めてシンプルな問いだった。


「それって、遊んでいて楽しいかい?」


 あまりにストレートに本質を突かれ、私たちは言葉を失った。


「肝心なのはストレスを緩和することじゃなくて、『楽しませる』ことだよ?たとえば、主人公が次に何をしたいのか『あっちの宝箱が気になる』とか『お腹が空いた』といった欲求を、吹き出しや視線で事前に可視化する。そうやって『予測』を楽しませる、という手法もあるにはあるけれどね」


「それを『楽しい』という体験のレベルまで上げるのは、難しいと?」


「そうじゃないかな。プレイヤーに、守るべき主人公への殺意を抱かせるほうが、よっぽど簡単だと思うよ」


 日向さんの問いに肥後さんはどこか遠くを見るような目で苦笑いした。


 護衛ゲーには護衛ゲーの面白さがある。敵の標的ターゲットを自分に引きつけ、主人公を安全圏へ誘導する「タンク(盾役)」としてのパズル的な駆け引きや、自分のリソースだけでなく主人公の状態をも同時に管理するマルチタスクの快感。


 だが、それが万人受けするかと言われると自分の中でも疑問が解消されなかった。


「主人公を操作できる幅を、もっと広げた方がいいでしょうか」


 それは、提示したコンセプトの核を自ら削るような提案だった。

 迷いながらも肥後さんの顔色を伺う。


「せっかく考えたコンセプトを殺しちゃうよ。それはもったいない」


 肥後さんはあっさりと首を振った。


「発想自体はいいんだ。だったら、その不自由さを面白さに変換するアイデアを、もっと突き詰めて考えた方がいい」


 やっぱり——。


 この人も本質はクリエイターだ。安易な妥協を許さない。だが言葉の裏に私たちの可能性を信じている響きを感じられたのが救いだった。


「あの、私、思うんですけど」


 それまで議論を静観していた相模が、発言許可を求めるように小さく手を挙げた。続く彼女の言葉に、その場の全員の動きが止まった。


「ピーターを、護衛対象にするのをやめてしまえばいいんじゃないでしょうか?」



「……え?」

「えっ?」

「え?」



 三者三様の驚きの声。


「今考えているプレイヤーが操作するキャラクターたちの案は、いずれも『かわいい生き物』のカテゴリーですよね? 主人公の成長を描くなら、むしろ主人公が彼らを守り、助ける姿を見せた方がいいんじゃないかと思ったんです」


 相模の発言は、「主人公『ピーター』はプレイヤーが操作するキャラクターに守られるべき弱者である」という私たちの思い込みを、根底から覆すものだった。


(背後霊もかわいい生き物に入るのか……?)というツッコミは、今の空気を読んで飲み込んだ。


「そうか。主人公が操作キャラを助けるという形をとることで、逆に『支援・誘導』というコンセプトが強化されるわけか。ピーターに守られる立場に回ることで、彼に自信をつけさせ、自立へと『誘導』する……。つまりプレイヤーの介在価値は、その『成功体験の演出』にあるということだな?」


 日向さんは面白そうに目を細めて、相模の言葉の先にある可能性を肯定するように頷いた。


「はい。プレイヤーキャラの役割は最高級の『お膳立て』なんです。ピーターが自分に自信を持てるよう、カッコよく活躍するための」


 相模は少しだけ頬を昂揚させ、小首をかしげて反応を伺う。

 

「どう……でしょうか」


 すると、肥後さんは相模と私の目を交互に見据えてからゆっくりと応えた。


「面白い考えだ。主人公とプレイヤーキャラの役割をもう一度その視点で再整理してみてはどうだい」


 肥後さんのその一言で、挨拶を兼ねた企画説明会は幕を閉じた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ミーティングルームを出て、自席へと戻る。


「——しかし相模。お前、とんでもない解決策を引っ張り出してきたな」


 自席へ向かう廊下で、日向さんがしみじみと口にする。


「それ、ちゃんと褒めてますよね?」


「ああ、もちろん。最高に評価してるよ」


「逆転の発想というやつでしょうか」


 私が横から口を挟むと、日向さんは少し考え込むように首を傾げた。


「逆転というよりは……そうだな。主人公の意志に寄り添ったという方が近いか」


「そうです。主人公が本当はどうしたいのか、私なりに考えてみた結果です」


 自分より小さく、かわいい存在を守りたい。子供なら、なおさらそう願うだろう。


「相模自身が主人公の分身みたいですね。いっそ『AI相模さん』を搭載しますか」


 私が日向さんに冗談めかして提案する。現在、私のローカル環境で絶賛稼働中のAIエージェント「AI相模さんmkⅡ」が世に出る日が一歩近づいたのだ。


「絶対にやめてください」


 相模が心底嫌そうな顔で、即座に拒絶する。


「なんでそんなもの作るんですか。隣に本物がいるのに」――そんな健気で都合よいセリフを期待して相模の気持ちを心の中で勝手に代弁してみたが、実際に返ってきたのは、冷徹な一言だった。


「発想が、シンプルに気持ち悪いです」

「……」


 この様子だと、リリース前にオリジナルの手によって消去されるかもしれない。


 まあ、消されたら消されたで「相模さんmk-Ⅲ(マーク・スリー)」を誕生させるだけのことだが。


 私達のやり取りを、日向さんは可笑しそうに眺めていた。


 しかし、ふと思い出したように真顔になると「いいか因幡、『AI日向さん』だけは絶対に作るなよ」と、念を押すように釘を刺した。



 自席に戻り、相模とこれからの予定について相談を始める。


「さてこの後どうしようか」


「第6回会議を開催しますか」


「今日はまだ時間もあるし、そうしようか」


 相模の提案に同意する。

 だが、そこで相模からルール申し立てが入った。


「先輩はAI使用禁止です」


「えっ」


「最近、先輩はAIを悪用しすぎです」


「もうすでにAIがないと仕事できない身体になってしまったんだが」


「少なくともAI相模さんmkⅡですか?あれは使用禁止です」


「わかったよ……」


 私はしぶしぶ頷く。——だがな、相模。

 

 AIあるかぎり ふたたび なにものかが あらわれよう。


「mkⅢもⅣもだめですよ。『Zゼータ』もダメです。見つけ次第、消します」


 さがみからは にげられない。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「これより第6回・国民的大人気RPG制作会議を始めます。司会は引き続き、私、相模が務めます。議事録は会議ツールのAIさんにお任せしますので、発言はハキハキとお願いしますね」


 いつものように相模が高らかに開会宣言を読み上げる。


「本日の議題は『役割の再整理』です。肥後さんの指摘を受け、主人公『ピーター』とプレイヤーキャラクターの役割を見直し、再定義します。では、先輩からどうぞ」


「まずこれまでのコンセプトは、『ピーター』をプレイヤーキャラが『支援・誘導』する前提で考えていたわけだが……」


 私はディスプレイに、これまで考えていた仕様のメモ書きを映し出す。


旧仕様) 


①ピーターは勝手に動く。


②プレイヤーキャラクターは、勝手に動くピーターを支援し、障害を排除するための行動をとる。


③ピーターが意に沿わない行動をとった場合、プレイヤーは『背後霊』で憑依し、行動を代行する。


 

「これを、このように変える」



新仕様) 


①ピーターはプレイヤーキャラクターの後をついてくる。


②プレイヤーキャラクターはピーターが進む先の障害を『先回りして』排除する。


③ピーターがプレイヤーの意に沿わない行動をとることはない。

 よって背後霊が取り憑く島もない。


 

「……つまり」


 言葉を続けようとしたが、相模に先を越された。


「背後霊ちゃん、またリストラの危機ですね」


 企画段階でこれほど何度も解雇宣告を受けるキャラクターも珍しい。


 日向さんや肥後さんからも評価されているのだが、いかんせん設定がピーキーだ。使い勝手がすこぶる難しい。


「ただ完全にリストラしてしまうと、今の仕組みではプレイヤーが物語の選択に介入できなくなるんだよな」


 重要な選択を迫られた際に背後霊がピーターに憑依して、意思を反映させるという形は残したい、と伝える。


「でも、背後霊ちゃんが憑依して選択させてしまっては、ピーター自身の成長が描けないのではありませんか?」


 相模は人差し指を顎に当て、小首をかしげて私をのぞき込んできた。


「……そう言われれば、そうだな。やっぱり、リスト……」


 私が無情な宣告を口にしようとすると、相模はそれを遮るように人差し指を一本立て、私の唇の前にかざした。


「最後にもう一度だけ、チャンスをあげましょう。彼女に与える『役割』を考え直すんです」


「といってもなあ……」


 私は腕を組み、唸る。相模が「彼女」と呼ぶことで、背後霊という記号的な存在が、ひとりのキャラクターとして輪郭を持ち始める。


 相模の中では、背後霊は女性扱いになっている。そういえば初期案では女の子の幽霊をイメージしていたっけ。その名残が彼女の中に定着しているのかもしれない。

 そう思うと、小さな女の子がリストラの危機に怯えている姿が、私の脳裏にも、ふっと浮かんだ。


 そんな本筋とは無関係なことを考えながら、ディスプレイに映し出される背後霊の設定を改めて見直す。


 憑依できなくなるだけで、パンチの足りないキャラクターになる。


 

コマンド/アクション例)

・取り憑く(とりつく):一時的にプレイヤーが物語の主人公へ取り憑き操作できるようになる。


・暴く(あばく):主人公には見えない「真実」や「道」を視覚化して見せる。


・驚かす:周囲のオブジェクト(椅子、燭台、鎧など)をガタガタ動かして音を立て、敵またはNPCノン・プレイヤー・キャラクターを翻弄する。


 

 ……残るは「暴く」か「驚かす」だが。ビジュアルに頼れない背後霊にとっては、どちらもキャラクターの個性として地味すぎる。何より、それだけでは「背後霊」という存在意義が薄い気がした。


 行き詰まった私は、ディスプレイのアクション例を上から下まで、何度も視線でなぞった。


 ……驚かす、対象は、敵またはNPC……「NPC」という三文字の上で、カーソルが止まる。


「いいことを思いついた」


 私は顔を上げ、相模にそう告げる。


「何も憑依する先は『ピーター』じゃなくていいんだ。NPCに取り憑けばいい」


「例えば、誰にですか?」


「両親や周囲の大人たちだ! ピーターが困っているとき、あるいは道に迷っているとき——周囲の人間を『操って』、間接的に彼を助けさせる。これならピーター自身の自律性を奪わずに、プレイヤーが物語を導ける」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ