10. これからも2
「相変わらずモテモテですね」
「…あいつにモテても嬉しくない」
顔を顰めてそっぽを向く愛だが、そこには以前のような壁は無いように感じる。この壁が取れただけで十分だ、愛が前を向けたならそれで良いのだと、多々羅は複雑な思いを胸の奥にしまいこみ、「帰りましょうか」と、愛を促した。
帰る、と聞いて、簪に戻っていたヤヤは、今度は肩乗りサイズになり、多々羅の右肩にひょっこりと姿を現した。どうやらヤヤは、元気が良すぎるくらいの椿が少し苦手なようだ。そんなヤヤは、多々羅の様子を見て不思議そうにしていた。
「…この礼も言わないとな」
ふと、愛が腕時計を見て言う、その柔らかな表情に、多々羅もようやく素直に頬を緩める事が出来た。
「じゃあ、皆で会いましょうか」
「でも、忙しいだろ。結子はおめでたで、挙式の準備もあるし」
さりげなく発せられたその言葉に、多々羅の表情が固まった。
「…え?え、待って、結ちゃん結婚?こ、子供も…?」
「うん、一緒に会社立ち上げた奴と…あ、悪い、言ってなかったな、この前、先生に聞いたんだ」
先生とは信之の事だ。この前とはいつの事だろうか、喫茶“時”に愛が一人で行った時だろうか。
いや、それよりも。
突然突きつけられた想定外の現実に、多々羅は驚き、そしてがくりと肩を落とした。
結子が自分の事を好きと言っていたが、あれは単純に人として好き、幼馴染みとして好きという事だったのかと思い知り、勝手に思い込んで勘違いしていた自分が恥ずかしくなる。恐らく、結子にはこの思いは気づかれていないと思うが、用心棒の皆には何て言えば良いのか。ユメとトワには絶対からかわれるだろうし、ノカゼとアイリスは励ましてくれそうだけど、その励ましに傷が抉られそうだ。
そう思い、胸に手を当てたが、多々羅はふと首を傾げた。ショックはショックだが、失恋の傷とはこんなものだっただろうか。元々、惚れっぽいところはある、失恋にもいつの間にか耐性が出来てしまったのだろうか。
「あー、結子は天然の気があるからな。多々羅君も勘違いしちゃったんだ?」
多々羅が胸を押さえたまま、ぼんやり俯いていると、愛は多々羅がショックで立ち直れないと思ったのか、お返しとばかりにほくそ笑んだ。
「ち、違いますよ!俺は幼なじみってだけで!」
「どうだか」
肩を竦め笑う愛に、多々羅は苦い顔をした。
可愛くない。可愛くないが、多々羅は愛の姿に、そっと肩の力を抜いた。
傷が思いの外浅く済んだのは、愛がいるからだろうか。多々羅でいられる居場所が、ここにあるからだろうか。
「ま、多々羅君は、昔から勘違いしやすかったしね」
「…ちょっと、それは…もー、いい加減忘れてくれませんか」
「忘れられる訳ないだろ。あれは俺にとって衝撃的だったからな」
「…だから、あれは、」
「あの時の約束を律儀に守ってくれてるしね」
「え?」
それは、愛が女の子だと思い込んでいた頃の話だろうか。多々羅がきょとんとしていると、愛はどこか表情を作ったように笑った。
「でも、良いからな、本当に。辞めたくなったら、いつでも辞めて良いから」
「え、」
その言葉がやけに寂しく響いて、多々羅は愛の前に回り込んだ。愛は戸惑った様子で顔を上げたが、そのどこか頼りない瞳に、多々羅は噛み締めた唇をほどいた。




