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瀬々市、宵ノ三番地  作者: 茶野森かのこ


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9. ミモザと楓14


***



一階のリビングでは、愛は膝の上に置いた拳をぎゅっと握ると、(かえで)に向かって頭を下げた。


「ごめん。あの時、俺がすぐに禍つものを祓っていたら、こんな事にはならなかった。本当にごめん…その、謝って済む事じゃないけど…もし、出来る事があるなら、何でもする、させて欲しい」


他に、償い方が分からない。こんな風に頭を下げる事しか出来ないのに、謝りに来る事すら出来なかった、許されなくても当然だ。


言葉が続かず頭を下げ続ける愛に、楓は慌てたように首を横に振った。


「違う、会いたかったのは、謝ってほしいからじゃないの、私の方こそ謝らなきゃいけなかったんだよ」


昔はハツラツとしていた声が、今はか細い。リビングのソファーに座る楓は体も痩せてしまい、外では杖が無いと歩くのも困難だという。改めて愛は罪の意識に駆られたが、楓は変わらず優しかった。

楓は、申し訳なさそうに視線を下げ、自身の右膝を擦った。


「私の足がこうなったのは、全部、私自身が招いた種だよ。あの時、愛達に止められたのに裏口から家に入った。どうしても心配だったの、化身の友達の事が。それに、私は化身が見えるし、もしかしたら愛達の力になれるんじゃないかって。もし禍つものに出くわしたって、見えるんだからきっと逃げられるって…本当に馬鹿だった。謝らなければならないのは、私の方だよ。だって、愛に酷いことを言って傷つけた。本当にごめんなさい」


頭を下げた楓に、今度は愛が慌ててしまう。確かに、あの場に居ない筈の楓が居たのには驚いたが、それでも、愛は守れた筈だった。自分さえしっかりしていれば、こんな事にはならなかったのだと、愛は思う。


「楓は、何も悪くない。それは本当だ。それに、あれが楓の本心じゃないのは分かってた」


分かっていたのに。愛は顔を俯けたまま、組んだ手に力を込めた。その表情は後悔しかない、その不甲斐なさが、後悔が、愛の口から言葉を押し出していく。


「…俺と会ったばかりに、ごめん。俺が楓と関わらなければ、こんな事にはならなかった…、ごめん」


これは、愛の本心だ。それでも、言葉にすることが辛かった。大事だった、そんな人を傷つけて、自分だって苦しい思いをするのは分かっていたのに、どうしてまた同じ過ちを犯してしまうのか。


「…そんな事、言わないでよ」

「…でも、事実だ」

「足が悪いと、私は不幸なの?」


その訴える声に、愛が戸惑いつつ顔を上げれば、楓は怒った顔で愛を見つめていた。禍つものに入られていた時とは違う、楓は愛の為に怒っている、気持ちが伝わらなくて怒っている。きっと、楓自身も自分に非があると思っているから、余計に辛いのだろう。


「こうなったのは、私のせいだよ。正一(しょういち)さんがすぐに来てくれたし、きれいに祓ってくれたから、こうして歩く事が出来てる。これって、感謝しなきゃいけない事なんだよ。愛にだって感謝してる、守ろうとして戦ってくれたでしょ?」


「それは、」と、否定しようとする愛に、楓は「聞いて」と、愛の言葉を遮り、それからそっと表情を和らげた。愛も良く知る、優しい表情だった。


「愛と会えた事に後悔なんてない。私は、ずっと幸せだったから。ただ、謝りたかった。

私、乗っ取られた体の奥で、何で愛にこんな酷い事言うのって叫んでた。でも、体が言うこと聞かなくて止められなかった。私は、愛の気持ち知ってたのに。愛が会ってくれないのも当然だよ、あんなに綺麗な瞳をどうして恐れる必要があるの?」


その優しい眼差しが、愛の胸をぎゅっと包んで、愛の胸からは思いが溢れていくようだった。

怖い目に遭って、体に後遺症が残って。助けられた筈なのに助けられなかった自分を楓は庇い、それ以上の思いやりで包んでくれる。そんな風に優しくしてもらう資格、自分にはないのに。

愛は、膝の上でぎゅっと拳を握った。顔が上げられなかった。


「…そんな事いいんだ、謝るなよ。俺がいけなかったのに」


顔を上げられないまま、それでも懸命に唇を動かす愛に、楓は「愛は悪く無いよ」と、愛の手にそっと触れた。細い指先が、それでも温度感を持って知らせてくれる。華奢で、自分よりも一回り小さな手なのに、愛はその手の力強さに包まれて、心がほどけていくような気がして、堪らずぎゅっと唇を噛みしめた。


「だから…自分を否定しないで。私は、愛を酷いなんて思った事、一度もない。大切な思い出をくれたと思ってる、本当だよ?だって、楽しい事ばかりだったじゃない」


楓の言葉に愛は瞳を揺らし、「…ごめん」と呟けば、「だから謝らないでよ」と、楓は軽やかに笑った。




その笑い顔に、ふと、いつかの記憶が蘇る。

日溜まりのテラスに腰掛け、眼鏡の汚れが気になり愛は眼鏡を外した。外だったけど、楓の前だし、ほんの少しの間なら、他人の瞳の色にめざとく気づく人もそう居ないだろうと思ったからだ。

鞄から眼鏡拭きを取り出し拭いていると、楓は濁った翡翠の瞳を見つめおもむろに、「きっと、守ってくれたのかも」と呟いた。


「それとも愛したかったのかな」

「何だよ急に」

「だって、何度見ても綺麗だなーって思えるから」

「汚れた瞳だよ」

「そうかな…奥の奥まで見てみたくなる優しい色だよ。こんな跡を残すなんて、優しい化身だったのかもね」


楓に誘われて抱きしめ合う心は、いつだって穏やかで優しい香りがする。いつまでもこんな時間を過ごしていたいと、何度望んだかしれない。



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