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瀬々市、宵ノ三番地  作者: 茶野森かのこ


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9. ミモザと楓11


周囲に注意を払い、愛は廊下を行く。廊下にも、手入れの行き届いたアンティークの置物が飾られていた。どれも大事に扱われているのが分かる。この家の中で暮らしていて、化身はどうして人を襲うに至ったのだろう。それとも、楓の父親が集めた物の中に、元々、禍つものが潜んでいたのだろうか。


考えつつ階段を上がっていると、二階の奥の方から女性の悲鳴が聞こえた。


「楓…?」


悲鳴は二階の奥から聞こえた。この家には、自分達以外はいない、楓も家を離れた筈だ。だけど、聞こえた声は楓のものだ。愛は途端に胸騒ぎがして、急いで二階の角部屋へと向かった。


愛がその部屋に駆けつけると、倒れていたのは、やはり楓だった。どうして彼女が、そう思いはしたが、楓の姿を見たらそれどころではなかった。楓の体には黒い影が纏わりつき、禍つものが取り憑いているのは明らかだった。


「楓、しっかりしろ!心を奪われるな!」


愛は楓の体を抱き起こそうとするが、禍つものが体に入り込んでいるせいだろう、楓は言葉にならない声を上げ、愛の腕から逃れようと手足をばたつかせて抵抗する。その際、暴れた楓の手が愛の顔に当たり、眼鏡が床に落ちた。


「楓!大丈夫だ、今助けるから!」


愛の腕からすり抜けようとする体を掴み、愛はどうにか楓の体を床に押さえつけると、スーツの胸ポケットからパイプを取り出した。こんな時の為に、あらかじめ鎮静剤は仕込んである。

しかし、パイプを取り出した手は、楓の手により勢い良く払われてしまった。

それから目にした楓の様子に、愛は体が強張るのを感じた。


「…楓?」


楓は、怯えた瞳で愛を見上げていた。今、楓の体には禍つものが入り込んでいる、この怯えた様子は、愛の濁った翡翠の瞳を見ての、禍つものの反応だろう。


怯える化身とは何度も向き合ってきた愛だ、考えればすぐに分かること、いや、普段なら考えるまでもなかった。でも、この時の愛は、とても冷静ではいられなかった。心を許し信頼していた楓が、自分を怯えたように見ている、その事実に心が囚われてしまっていた。

今まで出会ってきた怯えた化身の姿が、気味が悪いと蔑む人々の視線が、どうしても今の楓と重なってしまう。


愛が呆然としたまま楓を見下ろしていると、楓は怯えたまま、床を這うように後退る。はっとして、愛がその体に手を伸ばそうとすれば、楓はやはり怯えたまま、愛の手を叩いた。


「来るな!恐ろしい瞳!私に近寄らないで!」


怯えきった瞳、震え上がる体。今まで受けた事のない、楓が自分を否定する姿に、愛は頭が真っ白になってしまった。ぐらりと傾く視界、楓の言葉が胸を抉るようで、動けなくなる。愛の体は、否定される恐怖に包まれ、どうして良いのか分からなくなる。呼吸が速くなり、この場から逃げ出してしまいたいのに体が動かない。そんな愛の脳裏には、黒い影の言葉が甦っていた。


お前は、誰も守れない、お前が人を傷つけるんだ。


高笑いする影の足元には、床に倒れ込む幼い凛人(りんと)の姿がある。愛が小学生の頃の記憶だ。化身に襲われる凛人を助けられなかった、その化身は、愛の瞳の力を奪う為に、敢えて力のない凛人を襲った。人質に取るつもりだったのか、愛の心を抉るつもりだったのか。その後、すぐに正一が駆けつけてくれたお陰で、愛も凛人も助かったが、自分がいる事で、いたずらに大事な人が傷つけられてしまう現実に、愛は耐え切れなかった。


だから、大事な人達から離れた。もう二度と、誰かを自分のせいで傷つけてしまわないように。


そう、決めたのに。


愛は、立ち上がり逃げようとする楓には気づかないまま、床に手をついて自分を責めた。今回の件は、愛がきっかけで起きた訳ではない。それでも、自分が関わったから楓に恐怖を与えてしまった、楓を傷つけてしまった、自分が楓を大事に思ったばかりに。


もう、その後悔と自分を責める事しか、愛の頭には浮かばなかった。


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