9. ミモザと楓4
公園の中に入ると、ふれあい広場の看板と共に、手作り感溢れる小屋が見えてきた。
小屋の外には、柵でぐるりと囲われた広場があり、子供達の元気な声が聞こえてくる。広場を覗くと、うさぎにモルモット、ヤギやアヒルがいて、まるで小さな動物園だ。その動物達に、スタッフに手解きを受けながら、子供達がご飯をあげている。親子連れが一番多いが、カップルや仲間内で遊びに来ているグループもいて、ここにも休日の賑わいが感じられた。
「多々羅君、動物好きだよな」
「だって可愛いじゃないですか」
柵越しに、目の前を横切るアヒルやヤギの気ままな姿を見ていれば、多々羅の強張っていた心もゆるりとほどけていく。ほっと安らげば、不意に懐かしい記憶が頭を過った。こんな風に柵に手を掛けて、色々な動物を前に目を輝かせた事がある、子供の頃の記憶だ。
「そういえば、よく連れて行って貰ったな動物園…」
「…親父さんに?」
ぼんやり呟いた多々羅に、愛が控え目に尋ねれば、多々羅はそっと頬を緩めて頷いた。
大きなゾウも、かっこいいライオンも、可愛いカピバラも、多々羅の瞳を輝かせる全てを、優しい笑顔で受け止めてくれる父が隣にいた。
数少ない、多々羅と家族の優しい思い出だ。
「うん。瀬々市の家と、動物園だけは楽しい思い出だよ」
「だけ?」
「だけ。俺は出来損ないですから」
多々羅は苦笑って、柵越しながら側にやって来たヤギに「餌はないぞー」と、笑って声をかけている。愛には、今の多々羅はどう映っただろうか、笑ってはいるが寂しく映ったかもしれない。
「…お前は、出来損ないじゃないよ」
ぽつりと聞こえた愛の言葉に、多々羅は「え、」と、愛を振り返った。
「出来損ないが、俺なんかの面倒見られないだろ」
愛は、まだ目の前をうろついているヤギを見つめている。ぶっきらぼうな言葉と、どこか不機嫌そうな表情では、ヤギを睨みつけているだけに見えるが、その言葉がいい加減なものではない事は分かる。急に照れくさくなったのだろうか、それでも、その声からはちゃんと信頼が感じられて、多々羅はなんだか泣きそうになった。
「…はは、自覚あったんですか?」
「出来ない訳じゃないけどな!」
「すぐ強がる」
笑って、安心する。何よりも、愛が必要としてくれている事が、こんなにも心を強くしてくれる。
多々羅にはまだ、自分でいられる瞬間がある、多々羅として見てくれた人がいる。
それで、十分だ。
**
それから小一時間ほど。
愛と多々羅は、なんだかんだ子供に混じって楽しんでしまった。あれほどまで熱視線を注いでいたヤギは、いざ餌を手に近寄れば、興味なさそうに目の前を通り過ぎていく。お腹がいっぱいになったのか、つれない姿に二人して顔を見合せ笑ってしまった。
それでも、ウサギは大人しく撫でさせてくれたし、アヒルの機嫌を損ねたのか、何故かくちばしでつつかれ始めた多々羅は子供達の笑いの種となっていたが、愛も楽しそうに笑っていたので良しとする事にした。
愛の気持ちも、幾分は軽くなったようだ。当初の目的をすっかり忘れ、笑い話をしながら公園を出ていくと、その直後、愛の体に何かが飛びかかった。
「うわ!」
「わ、ごめんなさい!こら、ショパン!」
「え、」
少し離れた場所から慌てた声が飛んできた。愛は、その声の主よりも、ショパンという名前を聞いて、足元に視線を向けた。愛の足元にいたのは、真っ白なポメラニアンだった。愛の足に何度も前足を掛けては愛を見上げ、嬉しそうに尻尾を振っている。その愛らしい姿を前に、愛は瞳を揺らし、戸惑っているようだった。
「愛ちゃん、大丈夫?」
子供の頃の愛は苦手な犬もいたが、犬自体は好きだと言っていた。足元でじゃれつくポメラニアンからは攻撃的な感情は見られないし、懐いてきて可愛いばかりだ。
それなのに、どうしたのだろう。多々羅は不思議に思いつつも心配そうに声を掛けると、愛は戸惑う瞳のまま多々羅を見上げた。
どうしよう、愛がそう言っている気がして、多々羅は困惑しながらその視線を受け止めた。単純に、ポメラニアンにじゃれつかれて困っているのではないように思う、だが、多々羅にはその理由が分からない。




