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瀬々市、宵ノ三番地  作者: 茶野森かのこ


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9. ミモザと楓3



バスを降りて向かったのは、閑静な住宅街だった。

建ち並ぶ家々は立派な佇まいだ、愛が会いに来たのは、一体どんな人なのだろう。恋人がいた頃、愛の様子がおかしくなったと凛人(りんと)は言っていたが、愛が会いに来たのは、その人なのだろうか。

多々羅(たたら)がちらりと後ろに視線を向ければ、愛は下を向いたまま、大人しく多々羅の後を着いてくる。


今更ながら、本当に自分は着いてきて良かったのだろうかと、多々羅はまた別の不安を抱いていた。恋仲だった人と話をするのに、自分なんかが着いてきて変に思われないだろうか。

多々羅は恋人と拗れて別れた事がなかった、それは円満にお別れしたから、というのではなく、大体が自然消滅だったからだ。もし、恋人と拗れて別れたとして、愛の場合、もしかしたら一般的な拗れ方とは違うのかもしれない。多々羅が思うのは、その瞳に関する事だ。


多々羅がそっと表情を窺えば、愛は不安と戦っているような顔つきをしている。多々羅は声を掛けようとしたが、何と声を掛けて良いのか分からず、結局、口を閉じてしまった。


「あ…」


そんな時、愛から小さな声が聞こえ、多々羅は振り返った。愛は足を止めて、とある家を見上げている。その家も、瀬々市(ぜぜいち)邸には及ばないが、白亜の豪邸と呼べる建物だった。


「…ここですか?」


多々羅が住所の書いてある紙の住所を確かめつつ尋ねると、愛は緊張した面持ちで頷いた。


その家は二階建ての戸建てで、大きな黒い門が聳え立つように見下ろしていた。表札には時野(ときの)とあり、家の中からは優しいピアノの音が聞こえてくる。門には、この家とはどこか不釣り合いな、木の枝を組み合わせて作られた札が下がっており、そこには“ピアノ教室”と書かれていた。色とりどりの、手作り感満載の可愛らしい札だった。


それにしても、さすが血の繋がりはないとはいえ、瀬々市の人間だ。付き合う人も立派な人なんだろうなと、多々羅はぼんやり思い、愛へと視線を向けた。

愛は、じっとその家を見上げて立ち尽くすばかりだ。そんな愛を見て、多々羅は迷いながらもインターホンを指差した。


「インターホン…押します?」

「待って!…ごめん、ちょっと待って」


愛は、インターホンを指差した多々羅の手を咄嗟に掴み、その瞳を揺らした。まだ心構えが出来ていないのか、ぎゅっと掴む手の強さに、多々羅は愛の気持ちをせめて落ち着かせないとと、口を開いた。


「愛ちゃん、」


しかし、何を言えば良いのか。躊躇いに、ふと、多々羅は自分の手を掴む愛の手に目を止めた。その手首には、結子(ゆいこ)達から贈られた腕時計がある。

それを見て、多々羅は自分が背中を押された気分になった。瀬々市の皆から、愛の事を任されたのだ、それが多々羅には力になる。


「大丈夫だよ。ゆっくりで良いから」


優しく多々羅は言う。焦る事も揺れる事もないその声に、愛は幾分落ち着きを取り戻したのか、ゆっくりと多々羅を見上げた。眼鏡越しで見る愛の瞳は黒に染まり、多々羅には何だか愛ではないみたいで、少し寂しかった。

その恋人との間で起きた事も、やはり愛の瞳と関係があるのだろうか。

どうして隠さないといけないのだろう、あんなに綺麗な瞳なのに。

物の前では恐れられ、人の前では気味悪がられる。この瞳の美しさが分からないなんて、勿体ない。


「…ありがとう」


表情を緩めた愛に、多々羅は緩く首を振る。

この家に誰がいて、愛にとってそれがどんな意味を持つのか多々羅には分からないが、向き合う事すら避けていた場所だ、ここまで来れたのだって十分意味があるのではないか。

無理はして欲しくなくて、多々羅は気分を変えるべく、明るく声を掛けた。


「ちょっとこの辺歩いてみませんか?近くにお店とかあるのかな」


好奇心を携え明るく振る舞う多々羅に、愛は安堵した様子でその後に続いた。




適当に歩いていると、木々で囲まれた公園が見えてきた。入り口脇にある看板を見ると、アスレチックやプール、ふれあい広場もあるようだ。高級住宅ばかり見ていたので、突然現れた、“ふれあい広場”という心和む文字に、多々羅の心は動かされた。多々羅の実家も立派なのだが、自身のコンプレックスもあるせいか、瀬々市邸は別にして、高級住宅地は場違いな気がして落ち着かないようだ。


「動物でも居るのかな、行ってみましょうよ」


なので、思いの外、浮き足立った声が出てしまった。愛はきょとんとしていたが、多々羅のどこかはしゃいでいるようにも見える姿に、やがて肩の力が抜けたように表情を緩めた。



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