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瀬々市、宵ノ三番地  作者: 茶野森かのこ


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9. ミモザと楓2



電車に揺られて辿り着いたその街は、多々羅(たたら)にはあまり馴染みのない街だった。

商業施設が建ち並ぶ駅前は、休日の賑わいに満ちている。駅には絶えず人が行き交い、人々の話し声に混じって聞こえてくる音楽は店舗のBGMだろうか、それを、通りを行く車の走行音がまた掻き消していく。それでもこの街は、不思議と急かされるような騒がしさはない。

広々とした駅前の通りには、綺麗に舗装された煉瓦の道が続き、脇の街路樹も花壇も丁寧に手入れがされている。続く店舗の外観も、白い壁が綺麗なものばかりで清潔感に溢れていて、ショーウインドウだってお洒落だ。宵ノ三番地とは大違いである。

だが、清潔感と上品に溢れた街並みは、多々羅には少し近寄りがたい印象を持たせた。同じ歌舞伎の名家の生まれだって、弟の穂守(ほがみ)ならこの街にも馴染んだであろうが、自分はもっと雑多でごちゃごちゃした街の方が気が楽だ。


「多々羅君?」


そんな事を頭の片隅で考えていた多々羅は、不意に愛に声を掛けられはっとする。


「どうした?」

「あ、いえ!今、道を確認しますね!」


変な所でコンプレックスを感じている場合ではない、街は街だし人は人、自分がこの街に似合うか似合わないかは単なる被害妄想だ。勝手に街に呑まれそうになっている自分に、多々羅は、今は何より愛の事が優先だと喝を入れ、ひとまず愛と共に道の端へと移動した。


「やっぱり休日は人が多いですね…」


不安定な気持ちを誤魔化すように多々羅は笑い、目的地に向かう為、その行き方を確認しようと、スマホと一枚のメモ用紙を取り出した。そのメモには、時野(ときの)という人の自宅の住所が書かれていた。


「えっと、ここからだとバスに、」


バスに乗った方が良い、そう愛に伝えようとして、多々羅は不意に言葉を止めた。愛は視線を俯けたまま一点を見つめており、その瞳は頼りなく揺れている。


多々羅はその様子を見て、それから手元のメモ用紙に再び視線を落とした。

この住所は、店の応接室にあるキャビネット、その中に収めれたファイルから愛が書き写したものだ。それを手に、「ここに連れて行ってほしい」と、愛は多々羅に頼んだ。

いつもなら、「これくらい分かる」と、例え道に迷っても迷ってないと言い張る愛が、素直に多々羅を頼った。その姿は、いつもの威勢も鳴りを潜めて頼りない。


緊張と不安がない交ぜになっているのか、まだ迷いや恐れがあるのだろうか。それでも、躊躇いながらもここに止まっているのは、逃げずに立ち向かっている証だろうか。


そんな愛を見て、多々羅はきゅっと唇を噛み締めた。

自分まで気負ってどうする、何より、今日は自分の事など二の次で良いのだから。多々羅は本日何度目か分からない気合いを入れ直し、そっと息を吐いて愛に向き直った。


「愛ちゃん」


声を掛けると、愛ははっとして顔を上げた。その表情を見て、多々羅は努めて明るく振る舞った。


「バスに乗った方が良いみたいですよ、行きましょうか」

「…あぁ、分かった」

「バス停、あっちですね。ちゃんと着いてきて下さいよ」

「分かってる、子供じゃない」


そうむくれた愛はいつも通りで、多々羅は少しほっとした。



一体、愛は過去に何を置いてきてしまったのか。聞きたくても、今は聞けない。いっぱいいっぱいに見える愛に、自分は少しでもその負担が和らぐように、愛が望むなら、その背中を押すだけだ。


そして、ずっと落ち着かない気持ちになっている理由が、今、分かった。

愛が過去を乗り越えた時、自分はいよいよ愛の側にいる意味を失くすのではないのか、それが多々羅には怖かった。もし、愛が他の誰かに心を開けるようになったら、物の化身が見える力を隠しても、素直に誰かを頼れるようになってしまったら、世話を焼く人間は自分じゃなくても良い。

愛にまで必要とされなくなる、それが怖い。でもそれは、多々羅のエゴでしかない。



素直に後ろを着いてくる愛をそっと振り返り、それでも多々羅は笑って声を掛けた。

何でもないような事を話すくらいしか出来ない、ただ愛の隣にいる事しか出来ない自分がもどかしくもあったけど、今出来ることを精一杯務めるだけだ。

自分の事はいい、愛にはやはり笑って過ごして欲しい。諦めないで欲しい、自分の瞳を、自分の事を悪く思わないで欲しい。

多々羅にとって愛は、どうしたって大事な存在だ。友達で、弟のようで、自分にないものを持っている眩しい人だ。



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