第二十八話 視界共有
「ここです」
夕日が沈みそうなころ、ようやく俺たちは先端をとがらせた丸太を並べたらしい急造の壁に覆われた村に到着することができた。さらにその壁を取り囲むように鋭くとがらせた杭が無数に突き立てられている。
「ずいぶん防御を固めているんだな」
「前に住んでいた村は、魔物の襲撃で壊滅したんです。なので、こうして防御を固めて救援を待っているんです」
「救援を呼んだのか。ここからコレスクまでは一週間はかかるから、それまでの辛抱だな。それで、どこから入るんだ?」
そう尋ねた俺をよそに、チルダは鋭く伸びる杭をよけながら壁を回り込む。それに続いていくと、あるところでチルダがしゃがみこんで壁の一部を押し込んだ。すると、がぽっという音とともに木の板が正方形に外れたのだ。
「そんな穴があるのか」
「私たちが切り出したの。どこにも出入り口がないから」
「出入口がない?」
俺の疑問にリズがぼんやりとした目のまま答える。その様子に「ああ、なるほど」と納得したのはエリーだった。
「救援が来るまで籠城するつもりなのですね?」
「せいかーい。だから私たちはこっそり裏口からでなくちゃならなくなったの」
「ちょっとリズ。おしゃべりしていないで早く来て」
チルダに呼ばれたリズが壁の中に潜り込む。そのあと顔を出したチルダが俺たちに向かって言った。
「いい? 私たちはこれからお父さんたちに事情を話してくるから、そこで大人しく待っていて」
「どうするんだ?」
「いきなり見ず知らずの人を村の中に入れるのは無理がある。でもお父さんとお母さんに話を通して、誰にも知られないようにこっそり入るのなら、もしかするとできるかもしれないでしょ?」
「そういうことか。わかった、頼むぞ」
二人の姿が壁の中に消え、正方形の板が再び嵌めなおされる。そうしてしばらく待ち続けた俺達だったが、壁の中からは何も反応がないまま、日が沈もうとしていた。
「……なんか、何もないな」
「このような秘密の穴を使って外に出ていたくらいなのです。おそらく村の大人たちには何も言っていなかったのでしょう」
「となると……ま、まさか、俺たちはこのまま外に放置か!? チルダー! リズー!! 早く入れてくれー!!」
ガンガンと丸太の壁を殴る。だが、乾いた板を叩くのとはわけが違う。丸太を殴ったところで音はしないし、当然中にいる人が気づくとも思えなかった。しかし
「あれ……?」
「どうかなさいましたか?」
「なんか……中が騒がしいような……?」
ふと、村の内部が人の声で騒がしくなっていることに気が付いた。それもただ忙しいという雰囲気ではない。村の奥からどこか刺々しい空気を感じる。耳を澄ませてよく聞くと、どうやらもめごとが起きているようだ。
「チルダとリズが何かしくじったのかもしれないな……エリー、飛べるか?」
「かしこまりました。どうぞおつかまりください」
心配になった俺はリズに頼んで上空から村の様子をうかがうことにした。エリーに羽ばたきの音が聞こえなくなる高さまで上昇してもらい、そこから村の真上へと移動する。すると、村の中央、広場のような開けた場所に人が集まっている様子が見えた。
「どうして人が……?」
「ご主人様、失礼いたします」
急に、エリーが俺の身体を片方の腕でしっかりと掴んだままもう片手で俺の目を覆った。すると、真っ暗な視界が急に開けて俺が見ていた景色よりも少しだけ高く、鮮明な光景が見えるようになった。
「エリー、これは?」
「ご主人様に私の視界をお見せしています。それよりも、広場の中央、縛られている方々が見えますでしょうか?」
「え……あ!!」
やっと気が付く。俺のそれよりも鮮明で遠くまで見渡すことのできるエリーの眼は、広場で人々に取り囲まれるチルダとリズの姿をはっきりととらえていた。




