第二十七話 村の疑惑
「うおああああああああ!?」
「きゃああああ!」
俺と姉妹が悲鳴を上げる。エリーがしっかりと抱きしめてくれなかったら、簡単に吹き飛ばされそうだ!
あまりの強風が体感時間を引き延ばす。ようやく爆風が収まったと思った俺が顔を上げると、なぜか足元が冷たくないことに気が付いた。
「お姉ちゃん」
「な、なに。どうしたの」
「雪が消えちゃった」
「え? わっ! 本当だ。雪が……」
俺たちの足元には、雪の中に埋もれていた地面が露出していた。先ほどの爆風で、くるぶしほどまで降り積もっていたはずの雪が全て吹き飛んでいたのだ。
さらに周囲を見渡せば、そこには粉々になったナダレオオカミたちの死体が散乱していた。離れていた俺達にもあれだけの爆風が襲ったのだ。直撃を受けた連中が粉々になっていてもおかしくはない。
「よ、よくやったぞエリー」
「おほめ頂きありがとうございます。お怪我はございませんか?」
「ああ。俺も子供たちも大丈夫だ。とりあえず、この場はしのいだらしいな」
エリーをねぎらった後で、俺は姉妹の方を向いた。二人の表情を見ると、助かったという安どよりも何が何やらわからないという困惑の色が強い。たぶん、頭の中でパニックになっているのだろう。
「二人とも、もう大丈夫だぞ。俺はカイン。こっちは従者のエリプマヴ、エリーって呼んでくれ。それで、二人の名前は?」
「あ、はい。チルダって言います。ほら、リズ」
「えと、リズです。おじさん、助けてくれてありがとう」
チルダとリズの姉妹は、そろって頭を下げるとお礼を言った。そうすると、今度はじっと俺たちの顔を見つめてくる。妹のリズは物珍しげといった様子であるが、姉のチルダはというと、どこか俺達に警戒心を抱いているようだ。
緊張しているのだろう。そう考えた俺は二人の緊張をほぐしてやろうと、笑顔で接することにした。
「どういたしまして。それで、二人はどこから来たんだ? この近くに人が住んでいる所があるのか?」
「それは……」
「あるよ。あたらしい村なの」
「こらリズ!」
ペラペラと喋るリズを、チルダがたしなめる。なぜだろうか、姉は自分たちの事を隠したがっているように見える。
とはいえ、このままいけば俺達も宿なしだ。それは困るので、何とか泊めてもらえないかと俺はチルダへの説得を試みた。
「チルダ。実は俺達、今晩の宿に困っていてな。君たちの住む村で、物置か飼育小屋でもいいから一晩泊めてもらえると嬉しいんだが」
「あの……でも……」
「頼むよ。な? 一晩だけでいいんだ。なんだったら、さっきのナダレオオカミを撃退したお礼は、それだけで手打ちにするからさ」
だが、チルダはいい顔をしなかった。村一つ壊滅に追い込むような魔物の群れを撃退した報酬としては破格の条件を提示したつもりだったのだが、どうやら村の場所を明かすという事自体に忌避感を覚えているらしい。
困ったな。もし交渉が決裂したからと言って、この子たちを二人きりにするわけにもかない。どうすれば説得できるかと考えていたその時、助け船は意外な方向からやってきた。
「おねえちゃん、泊めてあげようよ。この人たち、私たちをたすけてくれたんだよ?」
「リズ。でも、私たちは……」
「そこだけナイショにすればいいんだよ。おとうさんとおかあさんには先にくちどめすればいいよ」
「うーん……」
「それに、私たちが泊めてあげなかったら、二人とも雪山にポイだよ? かわいそうだよ」
姉のチルダに対してリズはぼんやりとした口調だが、かなり強い押しで姉に迫っていた。そしてとうとう折れたのか、チルダはため息をつきながら「ついてきてください」とぽつりと言ってきた。
「泊めてくれるのか!?」
「いいです。でも、私たちがいいっていうまでは村に入ってこないでください。それでよければ」
チルダの提示した条件に対して、俺は即答で頷くと二人を追って歩こうとした。だが
「はぐぁ!」
「な、なに!? どうしたんですか!?」
「ぎ……ぎっくり腰を忘れてた……エリー、負ぶってくれ……」
「ご主人様! 気をお確かに!」
戦闘の興奮で忘れていたが、俺の腰も爆弾はあった。エリーに背負われた俺は、彼女の頭越しに胡乱げな目を向けるチルダと不思議なものを見るような目をしたリズを見るのだった。
「ところでエリー。さっきナダレオオカミを吹っ飛ばしたあの攻撃は何だったんだ?」
「地穿の羽搏という技でございます。たくさんの風を集めてひと塊にし、狙ったところで爆発させる技で、文字通り大地にすり鉢状のくぼみを作る威力があります」
「風? エリー、お前風を操る魔術なんか使えたのか?」
それは初耳だった。というか、よく思い出してみればエリーの能力をきちんと確認した覚えがない。この機会にちゃんと聞いておこうと思って俺は彼女に尋ねた。
「いえ、人間の使う魔術ではなく、神獣として備えた権能です。パイアを撃退するときに用いた巨牙の鉄槌も、体中に風を纏って突撃し、相手を押しつぶす技ですが……ご主人様、もしやまだ記憶が?」
「……ごめん。その辺もまだあやふやなんだ」
正直なところ、十二の神獣が誰だったかという事や、どんな能力を持っていたかも俺は思い出せずにいる。あまり積極的に記憶を漁らなかったという事もあるが、実のところ理由はそれだけではない。
「でもほら。前みたいに夢で見るかもしれないし、少しずつ思い出していけば―――」
「いいえ、いずれこのウラル地方をもう再統一し、十二の神獣を従えるときになって、忘れてしまったではご主人様のためになりません。僭越ながら、このエリプマヴがご主人様の記憶を復元するお手伝いをして差し上げます」
ヒエッ、という小さな悲鳴を俺は慌てて飲み込んだ。
そう、これなのだ。彼女は俺のサポートを、それこそ身の回りの全てに至るまでやろうとする。だが、結構な頻度でその熱意は暴走しているのだ。レヴィウスと酒場で遭遇した時も、俺の制止を振り切って殴っちゃったし。
「あはは。まあお手柔らかに頼むよ……うん?」
村に着いたらお勉強徹夜コースもありうるぞと冷や汗をかいた時だった。何やらすぐ近くから視線を感じる。その方向を見ると、そこには俺たちの事をじっと見るリズの姿があった。
「どうした? リズ」
「おじさん、神獣って、ラファ様のこと?」
「知ってるのか!?」
思わぬ情報の糸口に俺は思わずエリーの背から身を乗り出した。が、当然のように腰に激しい痛みが生じ、俺の身体は彼女の背に引き戻される。
その様子に驚きつつも、リズは姉が見ていないのを確認してこっそりと耳打ちしてきた。
「あのね。ラファ様は雪山に住んでるの。そうして、みんなに雪を降らせて困らせているの」
「雪を、降らせて?」
「うん。そのうち雪崩が起きて、村が埋まっちゃったの。でも誰も助けてくれなかったから、新しい村を作ってそれで―――」
「こらリズ! なに喋ってるの!!」
またもチルダがリズを止める。ここまでかたくなに村の事を隠そうとするからにはよほどの事情があるのだろう。
だが、その事情とは何なのだろうか?
「なあチルダ。リズは親切で俺達に教えようとしたんだろ? そんなにきつく言う事はないんじゃないか?」
「あなたには関係ないでしょ。黙っていてください」
「いいや、今晩世話になる村の事だからな。関係ないとは言わせないぞ」
低く、真剣みのある声が恐ろしかったのかチルダはビクリと身を震わせた。怖がらせてしまったのは申し訳ないが、一晩過ごすことになる村の事だ。何があるかわからないなんてことは、正直なところ避けたい。
「リズ。さっきの話の続きを聞かせてくれないか?」
「いいよ。私たち、みんなで助け合って生きてるの」
「みんなで? それって、村の中でだけってことか? 雪山を降りて、町に向かおうとは思わなかったのか」
村一つを壊滅に追い込むような魔物が現れたのなら、普通は真っ先に町の魔物狩りを頼るだろう。大きな町であれば、魔物狩りの組合に要請して討伐隊を派遣してもらうことだってできる。
だがリズによれば、村人たちはそうせずに雪山のふもとに新しい村をつくったようだ。しかも、わざわざ住みにくい環境になっているこの雪山を選んだ。一体なぜ?
そう問いかけた俺に、リズは珍しく困った様子で答えた。
「誰も助けてくれないの。たぶん」
「たぶんって……そんなことは」
「ううん、ないの。ラファ様も町の人も助けてくれないの。だから、みんなで生きていくしかないんだ」
姉のチルダと違い、ぼんやりとしているリズの瞳には、どこか諦観の色が見えた。




