第二十五話 壊れ果てた村
「ご主人様。ここが……?」
「ああ。地図によれば、ここが村の位置……らしいけど」
エリーの背におぶさりながら、俺は呆然と目の前の光景を見ていた。
そこに広がっていたのは村ではなく木片が散らばる廃墟だった。どれもこれもすでに深く雪の中にうずもれている。人の気配はすでになく、おーいと叫んでみても返事はおろか反射音一つ帰ってこない。
「ひどいな……」
「かなり厚く雪が積もっているようです。という事は、このような状態になってからずいぶん経っているのでは?」
「エリーもそう思うか。参ったな。人がいないんじゃあ情報収集は難しいぞ……」
あまりのことに俺はため息をついた。ここでの情報収集が現状で唯一のアテだったのだが、それが潰れたとなると他に何ができるだろうか。
「他に村があればいいんだが……エリー、まだ飛行は難しそうか?」
「はい。申し訳ございませんが、やはりきちんと治療を施さない限りは飛翔しても墜落してしまうかと思われます……くしゅん!」
「エリー、だいじょうぶ―――ぶあっくしょい!!」
エリーがくしゃみをした直後、俺も続けて盛大なくしゃみと身震いをした。おかしい。人間の俺が寒さのあまりくしゃみをするならともかく、神獣であるはずのエリーまでくしゃみをするのか?
「え、エリー。なんだか寒くないか?」
「確かに、そうでございますね。わたくしですら寒いと、感じます」
「エリーでもか? だとすると、やっぱりこの寒さは……」
廃墟となった村。高い能力を持つエリーですら凍える極寒の雪。やはりこの惨状を引き起こしたのはラファなのだろうか。そんな予感が頭をよぎった俺は、襲撃した何者かの手掛かりはないかと俺はエリーに周囲を見て回るように頼んだ。だが
「ご主人様。やはりこの村がこのような状態になったのは少なく見積もっても二年か三年前です。直接的な手掛かりが見つかるとは思えません」
「でも……」
「それに、これほどの異常気象を引き起こせるのは神獣ラファを置いて他にありえません。やはりセッチ山へ行き、ラファを成敗するべきです」
いつになく語気を強めて主張するエリー。しかし、俺はラファと一度直接話し合いたいと思っていた。彼女の事はハーディン王であったころのおぼろげな記憶と、図書館で得た知識でしか知らない。ゆえにこそ、一度話し合って彼女が本当はどんな思想の持ち主なのかを知りたいのだが―――
「ラファをどうするかはさておき、夜になる前にどこか寒さと雪をしのげるところを見つけよう。エリーもこの寒さで外にいたら明日の朝には氷漬けになっているぞ」
「はっ、そうでした。お待ちくださいご主人様。廃墟の木材を拝借してテントを補強すれば、寒さをしのげるはずです」
今の俺にできることといえば、話を逸らして問題を先送りにすることくらいだった。だが、エリーのラファに対する心証は最悪。肝心の俺はラファの人格に関してはほぼ何も知らないから擁護しても説得はできない。
「十二の神獣がそろってやっと魔王と互角なんだろ? こんな調子で大丈夫なのか……ん?」
前途多難を予感した俺がため息をついた時だった。俺は視界の端に奇妙な物があることに気づいて言葉を切った。
「ご主人様?」
「エリー、ちょっと向こうのほうに歩いてみてくれ」
そう考えながら歩いていると、俺は廃墟の中で妙なものを見つけた。建物が軒並み破壊されたまま放置されて雪をかぶっている中で、石が積まれている場所がある。平たい石を五つに分けて積み、その中心には変な形の石が配置されていた。
「これは……何でしょうか?」
「ずいぶん丁寧に作られているな。それにこれだけ雪をかぶっていない。きっと誰かが毎日これを掃除しているんだ。でも、いったい誰が……」
いったいこれは何なのだろうか。首をかしげながら俺が眺めていると、ふと首筋にピリピリするような嫌な感じを覚えた。魔物の気配だ。だが魔獣の森でよく感じたようなむき出しの牙のようなそれとは違う、むしろギリギリまで殺気を押し込めているような気配だ。
「後ろか?」
「はい。ですが、どうもわたくしたちを狙っているようには思えません」
「だよな。少なくともこっちには―――」
向いていない。そう言おうとした瞬間だった。俺たちの後方から、子供の悲鳴が響いたその瞬間、俺は魔物が俺たちを狙わなかった理由を悟った。
「子供がいたのか! すぐに向かわないと!」
「急行いたします!」
いうや否や、エリーは俺を背負ったまま足元の雪を煙のように巻き上げて飛び出した。猛スピードで村の跡地を飛び出すとそのままぐんぐんと加速していく。そして十秒にも満たないような時間の後、俺たちは狼のような魔物に襲われている女の子二人が見えてきた。
「居た! すぐに止めないと!」
二人の目の前には、雪の中に溶け込むような白銀の体毛を持つオオカミの魔物が居た。オオカミ、と言っても体の大きさは小型の牛ほどもある。赤い舌がのぞく口には鋭い牙がずらりと並んでおり、よだれが牙と牙の間に糸を引いている。今まさに、二人にその牙が突き立てられようとしていた。
「かしこまりました。まずご主人様を下ろして―――」
「いやこのまま突っ込む! あの狼どもを吹っ飛ばすんだ!」
「え? きゃああああ!?」
いうや否や、俺は荷物の中から号令の杖を引っ張り出すと俺とエリーを魔力パスで接続した。その瞬間彼女は驚いた声を上げると、積もった雪を巻き上げるように加速しながら狼へと体当たりをお見舞いした!
「キャウウゥン!!」
甲高い悲鳴が尾を引きながら狼が吹き飛んでいき、子供たちは突如として現れた俺達に驚いたまま固まる。まずは一安心と胸をなでおろした俺だったが、ふとエリーが何やら怒っているらしいことに気づいた。号令の杖を解して、エリーがラファに抱いたものとはまた別種の、怒りというよりは不満のような感情が伝わってきたのだ。
「エリー? 何か怒っているのか?」
「怒っているというか……急な魔力強化はおやめくださいご主人様。驚きますから」
「え、そうなのか? パイアとやりあった時にエリーと俺が一心同体になっているみたいな感覚がしたし、お前がラファに怒っていることも分かったから、てっきり俺があの狼に向かって突っ込もうとしているのもわかっていたのかと」
「思考のみでの意思疎通が可能なのは、魔力パスでお互いをつないでいる間でございます。普段はご主人様が一方的にわたくしたちの心を知るだけなのですよ?」
「え、なんだそれこわ……」
初めて知った事実に思わず背筋が凍る。確かに号令の杖を手にしてからなんとなくエリーの考えていることがわかるような感覚はしていたが、これ俺の前世だと神獣たちは内心穏やかじゃなかったんじゃないか?
「あの……」
と、俺が緊張感のない声を出してしまったせいか、背後から困惑する声がこちらに呼び掛けてきた。振り向くとそこには、さきほど狼の魔物に襲われていた二人が雪の上にへたり込んでいる。よく見ると顔立ちが似ているようだ。姉妹なのか?
「助けてくれてありがとうございます。それでその……あなた方は?」
「おじちゃん、お姉ちゃん、だれ?」
二人のうち、妹さんが俺に訊く。声には困惑と不安が入り混じり、今にも泣きだしそうな目で俺とエリーを見上げている。
「通りすがりだ。もう大丈夫だぞ。俺とお姉さんであの悪い魔物をやっつけてやるからな」
「ほんと?」
「ああ、本当だ。行くぞ、エリー」
「ご下命のままに」
俺とエリーが目の前の魔物に向き合う。背後の小さな女の子たちを、守るために。




