第二十話 馬小屋の語らい
レヴィスが自慢するように俺に見せたもの。それは見間違えようもない。父親が俺に与えてくれた唯一の物。母親の形見のペンダントだった。
「お前! それを返せこのドロボウ!!」
「返せ? これは慰謝料としてもらったものだぜ? しっかし便利だよなぁコレ。けがをしても、これを握りめていればあっという間に治る。傷だけじゃなくて疲労回復もできると来た。ぶっさいくな見た目からは想像もつかないぜ」
しげしげとレヴィスがペンダントを眺める。奴が言うようにペンダントは奇妙な形をしているが、強力な治癒の効果がある魔法の品だ。魔物の死が俺に跳ね返ってきた時に早く回復出来ていたのも、あのペンダントの効果が大きい。
だが、俺にとってペンダントはそれだけの便利なアイテムじゃない。大切な、顔も知らない母親の形見なのだ。
「ご主人様。あれは」
「俺の母親のペンダントだ。あの野郎、俺から奪ったあげく汚い手で触りやがって……!!」
「なるほど、かしこまりました。少々お待ちください」
「え?」
いうや否や、エリーの姿が消える。どこに行ったかと俺が周囲を見回した次の瞬間、ドゴッという重たい音とともに何かが吹っ飛び、壁にたたきつけられる轟音が鳴り響いた。
「あっ」
と、俺が声を出した時には、もう手遅れだった。カインが居た場所には今エリーが居る。そして拳を振りぬいた姿勢からもとに戻った彼女の向こうで薄く舞い上がる木っ端と壁に空いたちょうど人一人分の穴に、俺は頭を抱えた。
「おや、気絶したようですね。ではペンダントを……」
「あ、暴れだしたぞ!」
「人間を吹き飛ばすなんて……!」
俺たちを取り囲んでいた者たちが口々に叫ぶ。こちらが先に手を出してしまった以上、もうこの騒ぎは止めようがない。俺は頭を抱えていた手を離すと、すぐさまエリーへと走り寄った。
「エリー飛べ! 逃げるんだ!」
「しかしペンダントが……」
「だめだ! 今は逃げるぞ!! 何なら神獣号令で―――」
「わかりました。今すぐ離脱します」
あくまでペンダントを取り戻そうとするエリーに、半ば脅すように神獣号令をちらつかせる。それでようやくエリーはコウモリのような皮膜の翼を広げると俺を背中に抱えて羽ばたき、酒場の壁にとりついた。
「なんだあの羽は!?」
「ば、化け物だ! 本当に、魔物の軍勢を作ってたんだ!」
恐慌をきたした者たちの叫びが、俺の背中に突き刺さる。これでもう言い逃れはできないだろうが、それでもこの場からは何としても脱出しなくてはならなかった。
「天井を壊して脱出する!」
「かしこまりました。振り落とされないようお気を付けください!」
エリーの手に深紅のメイスが出現した。そして彼女がそれを天井に向かって一振りすると、轟音とともに先ほど吹き飛んだレヴィスが直撃して空いた穴よりもさらに大きな、それこそ外の景色がわかるほど大きな穴が天井に開いた。
「飛べ! エリー!」
「飛翔します! しがみついてくださいませ!」
ビュンッ、と俺の耳元で風を切る音がした。次の瞬間、俺の身体に急上昇した時の重圧がかかり、気が付けば俺とエリーは町の上空へと飛び出していた。幸い今日は曇った夜空。月明かりはほとんど刺さないため、エリーと俺は目立たずに酒場から離れることができた。
「はぁ……」
「ご主人様、本当に申し訳ありませんでした」
酒場からだいぶ離れた町のはずれ。そこにさびれて人気のない馬小屋を見つけた俺とエリーは身を潜めることにした。
もう酒場には戻れない。宿代も食事代も、全てパーである。
「いや、なんで先走ったんだよ」
「ご主人様があのペンダントを奪われたとおっしゃっていたので、盗人を仕留めようと思ったのですが」
「だから相手にするなってあれほど言ったじゃないか。はぁ……」
思わず盛大なため息が出る。だが、エリーをいくら叱ったところで金もペンダントも戻ってはこない。それがわかっていても俺の消沈は収まらなかった。
「しかしご主人様。ご主人様にはわたくしがおります。何者が敵であろうとも、わたくしが蹴散らして御覧に入れますが」
「それじゃあダメなんだってば。明日は朝早く買い物に出かけるぞ。今日のことが町に広がる前に旅の準備を整えて、急いでこの町を出るんだ」
「ですが、それではペンダントは……」
「う……」
エリーの指摘に、俺は声を詰まらせた。あの酒場でレヴィスを殴りつけてしまった以上、この町からは急いで逃げ出さなくてはならない。しかし、あのペンダントを無視して先を急ぐという事実が、俺の思考に待ったをかけた。
俺には家族がない。唯一の肉親だった父親は魔物に殺され、母親は俺が生まれた後、産後の肥立ちが悪くて死んだという。母親の顔を知らない俺にとって、あのペンダントは俺と母親をつなぐ唯一の寄る辺だ。
先を急ぐなら、これの奪還はあきらめなくてはならない。ジレンマだ。
「い、今は考えても仕方ない。エリー、お前も疲れているだろ。もう寝よう」
「かしこまりました。では、家の中に―――」
「待て待て。家の中はどう考えても人がいるだろ。馬小屋の中でこっそり寝るから、藁を集めてくれ」
エリーを引き留めて俺はそこらに敷き詰められていた藁をかき集めた。エリーも手伝い、どうにかして二人分が寝られるだけの藁をかき集めることに成功する。
そうして藁に潜り込もうとしたところで、今度はエリーが俺を引き留めた。
「あの、ご主人様。臭いが……」
「え? ああ、やっぱりきついか? 割ときれいな藁をそっちに集めたつもりだったんだけど」
「いえ、そうではなく。ご主人様をこのような悪臭の漂う寝床でお休みさせるわけには……」
エリーに言われて再度俺は集めた藁を確認した。確かにところどころ、泥と馬糞が混ざって黒く汚れているところがある。というか、そうでなくともここは馬が飼育されていた場所なのだから、馬の体臭が染みついている。
しかし、俺にとってそれらの匂いは不快ではなく、むしろ懐かしさすら覚えるものだった。
「俺なら平気だ。魔物狩りとして駆け出しの頃はいつもいつも馬小屋を貸してもらっていたしな。匂いが付くのは、明日早く起きて近くの川で水浴びをすればいいわけだし。それよりもエリーは平気か?」
「わたくしは平気です。それに、ここより良い寝床があったとしてもご主人様を差し置いてわたくしだけそこで寝るわけにはいきません」
そう宣言するとエリーは俺に続いて藁の中へと潜り込む。俺も眠ろうと目をつむるが、レヴィスに遭遇したことやペンダントを諦めなければならないかもしれないことが俺の気を高ぶらせているのか、なかなか寝付けなかった。
「なあエリー。まだ起きてるか?」
「ご主人様よりも早く寝ることはございません。どうかなさいましたか?」
「なんだか寝付けなくってさ。少し話し相手になってくれないか?」
「かしこまりました。何をお話しいたしましょうか」
エリーにはそう言ってもらったが、情けないことに特に話題が思いつかない。そもそも俺は彼女が神獣であることや前世から自分と契約していたこと以外何も知らないのだと今更に気づいた。
「そうだ。エリーの両親はどんな人だったんだ?」
「はい? 両親、でございますか?」
そう質問した後で、しまったと俺は歯噛みした。エリーは人間ではなく神獣だ。両親が居るのかとか、どんな人なのかとか。何を訳の分からないことを言い出しているんだ俺は!?
「い、いや済まない。エリーはもともと人間とは違う生き物だったんだよな。その、なんだ。人格も人間の姿になってから得たものだから―――」
「いえ。両親は健在ですし、この性格は元からですよ」
「え、そうなのか?」
はい。と俺に応えるとエリーはそのまま神獣の事について話し出した。
「わたくしたち神獣の出自は各々異なりますが、全員が人間や普通の動物にはない力を持ち、知性もまた人間並みかそれ以上であるという点が共通します。ですので、人間の姿を得る前から各々きちんとした自らの性格を持っていたのです」
「そうだったのか。じゃあ、エリーは?」
「わたくしは……なんと申し上げましょうか、古い神の末裔のようなものです」
古い神様といえば、このウラル地方で最も信仰を集める女神アステナがエリーの親に当たるのだろうか。
だが、普段はスラスラと受け答えをしてくれるエリーが、両親の話になるとなかなか口を開かない。彼女がやっと自分の両親について話したのは、たっぷり十秒ほどかけた後の事だった。
「はい……わたくしの親にあたるのも女神アステナでございます」
「どうしたんだ? なんだか言いにくそうだけど」
「ご主人様が教会で過ごしていたというのを思い出したのです。なので、女神教を信仰されているご主人様の前で、女神が親ですというのはいかがなものかと思ったのですが」
「なんだ。そんな事か。別に俺は熱心な女神教徒じゃないぞ」
教会で育った俺だが、週末の礼拝をするくらいでそこまで敬虔ではない。女神教は女神アステナをウラル地方の守り神とするのが教えだが、俺自身は毎週ちゃんと礼拝してるんだからもっとご利益があってもいいのにと思うくらい俗な信じ方をしている。
「さようでございましたか」
「ああ。最近は忙しくて全然礼拝できてないけど……ふぁ」
話しているうちにとうとうあくびが出てきた。俺は藁の中に深く潜りこむと目をつむりながらエリーにも寝るように言った。
「お休みですか。ご主人様が就寝されている間は、『帳の加護』でお守りいたしますので、安心してお休みください」
「ああ。おやすみ……」
うつらうつらとまどろんでいく。藁の心地よい温かさを感じながら、俺は眠りの中に落ちていった。




