第十九話 ままならない抵抗
逆立った赤い髪の男……レヴィスが俺を踏みつけにしながらニヤニヤと笑っていた。
「まさか、お前が魔獣の森を抜けてガニーシュカに逃げ込んでいたとはなぁ。反逆者のおっさんよぉ」
「足をどけろ、レヴィス!」
俺は体を起こしながら俺を床に押し付けるレヴィスの足に手をかけた。既に周囲の客たちはこの騒ぎに気付いており、酒も入っているせいかはやし立てる者もいる。
「おういいぜ? どけてやるよ!」
俺の叫びに一瞬意外そうな顔をしたレヴィスだったが、すぐさま余裕を取り戻した。そして、踏みつけにしていた足を上げたかと思うと、そこにかかっていた俺の手を蹴りとばしてそのまま踏みつけにした。それも指先をかかとで狙って踏みつけられたために、俺の指先に激痛が走ったのだ。
「いっづ! こ、のぉ!!」
「ぎゃあ!!?」
しかし、俺の身体はうまくレヴィスの股下に潜り込むことが出来ていた。踏みつけられている手を踏ん張って上体を起こすと、そのまま頭を上げると俺の後頭部に妙な柔らかい感覚。それとともにレヴィスが情けないような悲鳴を上げた。
「て、テメェ。よくも俺の……」
後頭部をさすりながらレヴィスのほうを振り返ると、レヴィスは鬼の形相で俺をにらんでいる。だが、その姿勢がなんだか奇妙だ。腰が引けて、内またになっている。そんなレヴィスの様子に、俺は歳ほど感じた妙に柔らかい感触の正体を悟った。
「うわっ」
「テメェ! クソッタレの魔物使いの癖に……!!」
レヴィスの目が怒りに燃える。見下していた相手に反撃されたあげく股間を強打されて頭にきたのだろう。こぶしを固めたやつがとびかかってきた、その時だった。
「ご主人様!」
「なんだっ!?」
怒りに燃えていたはずのレヴィスの顔に、冷静さが戻って飛びのく。その直後、俺とレヴィスの間にエリーが飛び込んできた。レヴィスに叩き込まれるかと思われたこぶしはそのまま空を切ってぴたりと止まる。が、そのこぶしの風圧によってか、エリーの目の前にいた客の何人かがよろめいて倒れた。
「あっぶねぇなァ。風圧だけで数人の男を倒すこぶしか。何者だ?」
「ご主人様、お怪我は!?」
「大丈夫だ。それよりエリー、そいつにはあまり関らないほうがいい」
有無を言わさず俺は彼女の腕を引いて出口へと向かった。確かにエリーの実力ならレヴィスを叩きのめすくらいは造作もないことだろう。しかし、今ここでそうした場合、後々この町で活動しづらくなるかもしれないのだ。モークアにいたころレヴィスが俺の悪評を流布していたように、ここで奴を殴れば、レヴィスは俺とエリーの悪行を言いふらすだろう
「逃げるのかァー? 女の尻に守られて、いいご身分だなカイン!」
「あのクズ……!!」
「だから相手にするな! 行くぞ!」
いきりたつエリーを抑えて俺は酒場の出口に向かう。しかし、出口まであと一歩というところで酒場に当たらく現れた者たちに邪魔をされることになった。
「あー! カイン!」
「知り合いなの? リンカ」
「うん! こいつは魔物使いのカイン! アタシたちの故郷モークア王国で、魔物の軍団を編成して国家転覆を目論んだ張本人よ!!」
酒場に入ってきたのは女が二人。一人は知らない顔だったが、もう一人はレヴィスにいつも引っ付いている取り巻き女だ。名前は確か……リンカだったか。
リンカの叫びに、酒場のやじ馬たちが色めき立つ。そしてその場にいた者たちの視線が、いっぺんに俺へと突き刺さった。
「魔物使いって……確か……」
「ああ。今度ガニーシュカと同盟を結ぶモークア王国で魔物を操っていたっていう……」
「じゃあ、あいつが反逆者のカイン」
反逆者。そう謗られたとき、俺は立ち止まってしまった。俺の頭の中に、魔獣の森へ突き落されたときのトラウマが再び浮き上がってきたからだ。
そしてよせばいいのに、俺は叫んでしまっていた。
「違う! 全部そいつのでっち上げだ! 俺は反逆なんて考えていない!」
「じゃあ魔物を操って何をしていた!? みんな聞いてくれ! そいつは毎日毎日魔獣の森に入っているくせに、ろくに魔物狩りもしないんだ! 魔物を手なずけられる奴が、魔物の巣窟に入っていったい何をしていると思う!?」
「それはお前が―――」
「みんな騙されちゃだめだ! そいつは魔獣の森で魔物を手なずけて、軍隊を作っていたんだぞーーー!!」
俺の弁明はレヴィスのむやみやたらとでかい声にかき消された。そして酒場の人々は、既にレヴィスの話を真実として受け止めだしている。
「お、おい。本当かな?」
「でも勇者レヴィスって言ったら、モークアじゃ魔物狩りの英雄って讃えられてるんだろ? たくさんの魔物を討伐したって話だけど」
「じゃあ、もしもレヴィスさんの言うことが本当だとしたら……」
人々のざわめきに恐れと懸念の色が混じる。そしてそれはいつしか、俺に向かう敵意になっていた。
「ま、まずい。エリー! 急いでここを離れ―――」
「おい君! あんたはそいつの仲間なのかい!? もしそうじゃないなら早くこっちへ……」
エリーに呼び掛けてこの場から逃げようとしたその時だった。俺たちを取り囲む人々の中から、若い男が一人、エリーの腕をとって俺から引き離そうとしたのだ。
おそらく、彼としては完全な善意のつもりだったのだろう。だが、今ははた迷惑でしかない。
「エリー! こっちへ!」
「危ないぞ! 抑え込め!!」
「君! 早くこっちへ―――」
俺が手を伸ばすが間に合わない。背後から抑え込まれた俺はなすすべなくエリーが連れていかれるのを見るしかなかった……かに思われた。
「放しなさい」
「え? うわ!?」
エリーが片腕を一振りすると、若い男はまるで放り投げられたボールのように宙を飛んだ。そして彼女は、一度だけしりもちをついた男を冷たく一瞥すると同じ眼差しのまま周囲の人間すべてをにらみつけた。
「エリーダメだ! ここで暴れちゃいけない!」
「ご安心ください。ご主人様の顔に泥を塗るような真似は致しません。わたくしが呆れたのは、この者たちがどれだけ無礼な真似をしているかまるで分っていない事です」
「え?」
この意外な言葉に、周囲の人間や更にレヴィスまでもがあっけにとられて彼女に注目した。俺も彼女の言わんとするところがわからない。
そして衆目を集めたまま、彼女は高く宣言した。
「この方は古に栄えた偉大なるウラル王国のハーディン王が生まれ変わり! 現世での名はカイン! あなた達、だれに向かって無礼を働いていると思っているのですか!」
そう、大声で宣言してしまった。
ほんの一瞬だけ、酒場が沈黙に包まれる。そしてその次の瞬間、どよめきが酒場を満たした。
「な、なに言ってるんだ? あの子」
「さあ? ウラル王国って、確か魔獣の森にある遺跡の事だよな?」
「魔物使いがそこの王様の成り上がりって……つまり、どういうことだ?」
どよめきの大半は、エリーの発言が意味不明なことによる困惑の声だ。それはそうだろう。俺だって初めて彼女の言葉を聞いた時は訳が分からなくて混乱したのだ。はたから聞けば、彼女は訳の分からないことをいうヤバい女だろう。
「おいおい。お前の女ヤクでも決めてるのか? そろいもそろってロクでもないな」
「なんですって?」
「いいからかかわるなエリー! 行くぞ!」
目をむいてレヴィスをにらみつけるエリーを引きずるようにして酒場を出ていこうとした。しかし
「おい、待てよお前」
「なんだ!」
「お前が魔物の軍団を編成したっていうのは本当なのか?」
「あいつのでっち上げだ! あいつは嘘を―――」
「なら証拠を見せろよ! 証拠がないなら騎士団に突き出してやる!」
複数に取り囲まれて思うように身動きが取れなくなる。おまけに反逆者でない証拠を見せろだと? 俺が本当に反逆者だっていう証拠だってないのに!
「証拠はないが……だが俺が反逆者だって証拠もない! 信じてくれ!」
「こいつ滅茶苦茶な事を言ってるぞ!」
「やっぱり怪しいな。捕まえろ!!」
しびれを切らし、俺たちを犯罪者だと断定した連中が俺とエリーを捕まえようと手を伸ばしてくる。俺とエリーは慌てて下がるが、あっという間に敵意をむき出しする酒場の人間たちに取り囲まれてしまった。
だが、そんな彼らの態度が頭にきている人がもう一人。俺の隣にいるエリーがいきりたちながら一歩前に出た。
「わたくしにお任せくださいご主人様。蹴散らしてまいります」
「だからダメだって言っているよな!? 頼むからこらえてくれよ」
「ではどういたしましょうか。冷静に話を聞くような連中にはとても思えませんが」
もう少し、エリーには我慢を覚えてほしいと切に願う。なぜなら、今の相手を見下したようなエリーの余計な一言で、俺たちの周囲は一気に殺気立ってしまったのだから。
どうしたものか。穏便に切り抜けられればと思っていた俺の考えに反してこの場はもう既に一触即発の状態だ。今後どうやってもこの町では活動しづらくなってしまうのなら、もういっそのこと少し暴れて無理やり脱出するべきじゃなかろうか。
俺がそう捨て鉢な考え方をしだしていた、その時だった。
「おうそうだカイン。お前からもらったあのぶっさいくなペンダント。割と役に立っているぜ。ありがとな?」




