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第7章 新しい扉 14

 シャルディン、そして彼に抱えられたストーフィと一緒に、七都はホールがある階に移動した。

 七都がこの城に来たときに降り立ち、また、そこからナイジェルが現れた、魔方陣のような金色の円――。地上から城への転送装置の乗降台として、床に広がる美しい模様。

 その円を背にして、ナチグロ=ロビン、それからカーラジルトも立っている。


 シャルディンは、カーラジルトを見つけて、会釈した。

 カーラジルトは、穏やかな顔をして頷き返す。

 ナチグロ=ロビンは、七都が初めて少年になった彼を見たときと同じ、白い衣装を身につけていた。

 それが彼の異世界への旅支度、あるいはユニフォームらしい。


「で、どうやって帰るの?」

「新しい扉を使うんだよ」


 ナチグロ=ロビンが、わかってるだろと言いたげな顔をして、七都の質問に答える。


「それは知ってるけど。こっちはどこで、向こうはどこなの?」


 シャルディンが、意味がわかりません、と言いたそうに首を振った。


「少し探してみたのですけれどね。伯爵やロビーディアンの意見も聞きながら」


 ルーアンがホールに、すうっと現れた。

 いつものことながら、さりげなく、美しく、そして優雅な現れ方だった。

 おまけに彼は、いつもどおりのゆったりとしたトーガのような衣装を着ている。

 とても旅装束には見えなかった。

 廊下にいるメンバーの中で、彼だけが浮いていた。


「ルーアン……も、一緒に行くんだよね?」


 七都は、思わず訊ねてしまう。


「そのつもりですが? 何か?」


 ルーアンは、首をかしげた。

 当たり前のことを七都に再確認されて、少し気を悪くしたようにも見えた。


「その格好で行くの? 人間の町まで?」

「別に不都合はありませんよ? 歩きもしませんし、走りもしません。戦いもしませんしね。ただ扉を通り抜けるだけですから」


 そういうことか……。

 七都は、溜め息をついた。

 自分は、あの町からこの城までに来るのに、いろんなことがあって、いろんな人に出会って、いろいろ掻い潜って、やっとたどり着いたという感覚があるというのに。

 ルーアンにとっては単に扉を通り過ぎて、別の部屋に行くくらいの簡単なことなのだ。

 だが、それは仕方がないのかもしれない。

 魔神族にとっては、それが当たり前。人間の感覚を当てはめようとしてはいけない。

 アーデリーズだって、恋人がいる隣の都市に行くのに、黒い扉を一回通り抜けるだけなのだから。


「そうだよね。ごめんなさい、くだらないこと聞いちゃった……」

「で、新しい扉のことなのですが」


 ルーアンが七都の呟きを無視し、にこりともしないで続ける。

 <放置!>と言いたげに、ナチグロ=ロビンが代わりに、にやっと笑った。


「やはり作る場所は、あなたの家のリビングに通じている扉の近くにあるほうがよろしいかと」

「うん。そのほうが便利だものね。あの緑の扉のお隣にでも、作っちゃう? 二つ並べて、あの遺跡のお庭に。そうしたら、うちからこの城まで、あっという間に来れるし、とても便利になる。週末ごとに来てしまえたりするかも」


 七都が言うと、ルーアンは首を振った。


「週末ごとにいらっしゃるのは誠に結構なのですが、扉を二つ、至近距離で並べることは出来ません」

「エルフルドさまのお屋敷の扉は、廊下にずらっと沢山並んでたけど?」

「それは異世界ではなく、この世界のどこかに通じる扉だからでしょう。異世界に通じる扉の近くに別の扉を作ることは、禁じられています。もしその扉に事故があった場合、巻き込まれてしまう恐れがありますからね」

「ふうん。いろいろ難しいんだね。決まりごとがたくさんあって」

「私たちは、私たちが住むこの魔の領域を守らねばなりませんからね」


 七都は幾分皮肉を込めて言ったが、ルーアンは、にっこりと微笑んでそう答えた。


「それで、先程も申し上げました通り、適当な場所を探してみたのですよ、ナナト」


 ルーアンが続ける。


「適当な場所? じゃあ、そこに今から新しい扉を?」

「実は、もう作ってしまいました。お忙しそうだったので」


 ルーアンが、相変わらず微笑みながら言った。

 七都は、思いっきり顔をしかめる。

 ケーキ教室にケーキ作りを習いに行ったら、いきなり出来上がったケーキを渡されて、代わりにケーキを作っておいてあげたよ、と笑顔で言われたような気分だった。


「何でもう作っちゃったわけ? 扉を作るところ、見せてくれてもよかったのに。待っててくれてもいいじゃない」

「特に珍しいことでも、たいしたことでもありませんよ。機械で座標を合わせるだけですから」


 ルーアンが、平然と答えた。


「わたしにとっては珍しいことだし、たいしたことだよ。剣の作り方は教えてくれたんだから、扉も教えてほしいんだけど」


 わたしにとっては、ここでのことは何でも新しくて勉強になることだって、ルーアン、思わないのかな。

 七都は、不満に思う。


「本質が違います。扉は機械があれば誰でも作れます。私でなくとも、他の魔神族から教えてもらうこともできます。でも、剣の場合は、扱えるのはあなたと私だけ。緊急性を要しますからね。私に何かあれば、あなたしかいなくなる」

「何もないってば」


 「これは、じゃれ合いですか?」というふうに、シャルディンがカーラジルトとナチグロ=ロビンを交互に見る。

 カーラジルトは、猫っぽく首をかしげた。ナチグロ=ロビンは肩をすくめる。


「ご自分でされたいというナナトさまのお気持ちもわかりますよ。では今回は、新しい扉は公爵さまからナナトさまへの贈り物、ということにされてはいかがです?」


 カーラジルトが言う。

 じゃれ合いでなければ止めなければならないという使命感を抱いたのかもしれなかった。


「私は構いませんよ」と、ルーアン。

「う、うん……。そうだね。それなら納得できるかな」


 七都は、思いもかけず側近たちをはらはらさせてしまっていたことに気づいた。

 まずい……。

 ルーアンと仲が悪いのかと思われてしまう。

 ちらっとルーアンを横目で見て、七都はうつむき加減にぼそりと呟く。


「ありがとう、ルーアン」

「どういたしまして」


 ルーアンが、嬉しそうに微笑んだ。


「では、参りましょうか」


 ルーアンは廊下を移動し、七都たちを導いた。

 一行は、ぞろぞろとルーアンのあとに続く。


「嬉しいな。これでもう、あの扉からここまで、飛んで来なくてもよくなるもんな」


 ナチグロ=ロビンが、機嫌よさそうに言った。


「毎回、飛んで来てたんだ?」

「もちろん、テレポーテーションとかと組み合わせながらね。往復したら、へとへとさ」

「それで、紀州のとれとれマグロ・ムース仕立て、か」

「そういうこと。その名前を出されると、食べたくなるじゃないか」

「もうすぐ食べられるよ。そういえば魔神族のくせに、何で向こうで猫缶が食べられるの? ずっと疑問に思ってたんだけど」

「そりゃあ、あっちでは猫になってるからさ」

「でも、中味は魔神族じゃない。人間の生体エネルギーを食べたりはしないの?」


 ナチグロ=ロビンは、むっとした顔つきになる。


「吸血化け猫じゃないか。そんな目立つこと、するわけないだろ。見張り人が飛んでくる。あれだよ。平たく言えば、猫の毛皮だよ」

「毛皮?」

「適当に見ばえのいい猫を見つけて、その体を乗っ取ったのさ。外側だけきれいに残して、中味を食べて同化させてね。いつもは体の中にしまってるけど、向こうに行くときは、ひっくり返して、毛皮を表にして猫になる。こっちに帰ってきたときは、またひっくり返して、中味を……」

「も、もういいよ。表現が何となくグロだし……」

「聞いたから、答えてやったのに」


 ナチグロ=ロビンが、じろりと七都を睨んだ。


 ルーアンは、ひとつの扉の前で立ち止まった。

 それは、あの魔方陣のような金の円とは、それほど距離は離れていない壁にはめられていた。

 その扉が以前からそこにあったのか、ルーアンが今回新しく作ったのかは、七都にはわからなかった。

 けれども、扉だけが新調されたような雰囲気ではない。

 それは、周りの壁の時間の進み具合に合わせて、そこの景色に溶け込んでいた。元からあったのかもしれない。

 城の中では、ごく普通に見かけるような、美しいレリーフの入った、半透明の白い長方形の扉だった。

 もちろん、七都の住む元の世界では、豪華で洗練された凝った扉ということになり、それこそ金持ちの家や外国の建物でしかお目にかかれないような扉だったが。


「これが、新しい扉?」


 七都は、その扉の前に立つ。


「開けてごらんなさい」


 ルーアンが言った。

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