第7章 新しい扉 12
「お顔は昔から知っていますよ。侍従長はいつも、公爵さまと一緒におられましたから」
カーラジルトが言う。
「ぼくも知ってる。伯爵が美羽さんと遊んでいたのをよく見てた。初めて顔を見たのは、数百年前かな。でも、話したことはないですよね」
と、ナチグロ=ロビン。
「あっきれた。何百年も前から知ってるのに? 話したことないんだ?」
七都は、思わず呟いた。
「そんなもんだよ、魔神族なんて。時間の感覚を人間と比べちゃだめさ。それに、伯爵は魔貴族だ。たとえグリアモスの血を引いていてもね。ぼくとは違う。お気楽に話しかけることなんて、許されない」
ナチグロ=ロビンは言って、緑が溶け込んだ金色の目で、カーラジルトを見つめた。
「また、そうやってひがむー。悪い癖だよ。じゃあ、ナチグロ=ロビン、これから彼といっぱいお話すればいいじゃない。二人ともわたしの側近なんだからね。あなたは侍従長。アールズロア伯爵とは、何の気兼ねもなしに話せるはずだよ」
「立場上、そうなったのかもしれませんが……」
カーラジルトが、ぼそりと言った。
「な、なんなの?」
七都は、彼のほうを向く。
今度はカーラジルトか。何か問題があるのだろうか。
そりゃあ、少し魔神族の常識を無視したノーテンキなことを言っているというのは、自分でもわかるが。
やはり魔貴族のほうにも、グリアモスと話してはいけないとかいう規則が存在するのだろうか。
「話題がありません。侍従長とお話する題材が」
カーラジルトが、相変わらず無表情に続けた。
「話題? もう、世話が焼けるな。お天気でも、何でもいいじゃない。ここのお花のこととかでも」
「ここの天気は一定なんだ。雨が降るのは、ルーアンが庭園を潤すときだけ。あとは快晴さ。だから天気を話題には出来ない」
ナチグロ=ロビンが言った。
「花のことにしてもそうです。公爵がここに植えておられるのは、異世界から持ってきた名前の知らない花ばかり。『きれいですね』の一言で終わってしまうでしょう。あとが続きません」
カーラジルトも説明する。
「じゃあ、お互いのプライベートなことを話したら? いきなり親しくなれちゃうよ。二人とも、それぞれ複雑みたいだし」
七都は顔をしかめながら、二人を交互に見比べた。
まったく。
何だってわたしが、この二人の話の話題までめんどう見なきゃいけないんだよ?
だいたい二人とも、わたしより何百歳も年上のくせに。
ほんと、大人気ないんだから。
七都は、深い溜め息をつきたくなる。
「そういうことを話題にするのは、まだ早い。もう少し時間がいるよ。伯爵とは、話すのも初めてなんだからね」
ナチグロ=ロビンが、当たり前のように言った。
「そうですね」
カーラジルトが同意する。
「じゃあね。わたしのことを話題にしたら? 二人の共通点は、わたしの側近ってことなんだから」
七都が言った途端、ナチグロ=ロビンが、にぱっと笑う。
「あ、それいいね。七都さんのことなら、話すことがたくさんありそうだ。伯爵に聞いてもらいたいことも山ほど」
「ぜひ聞かせていただきたいですね。私のほうも聞いていただきたいですし」
カーラジルトが、たぶん嬉しそうというか、好ましそうに言った。
「変なことで意気投合しないでよね……。で、何だよ、二人とも。聞いてほしいことって……」
七都は、幾分仏頂面をして呟く。
「手始めに、侍従長。先程ナナトさまがおっしゃった『りある』、それから『ぷらいべーと』とは、何ですか?」
カーラジルトが、ナチグロ=ロビンに訊ねる。
「それはあ。説明するのに時間がかかるかな。七都さん、ごくふつーに元の世界のカタカナ言葉を使うからなあ……」
「『外来語』って言うんだよ!」
七都はナチグロ=ロビンに指摘した。
「現実感があるということ、それから個人的なこと、という意味ですね。ナナトの言葉には、それぞれ、真実味を帯びている、そして私的で親しくない者にはあまり話したくないこと、という意味も含んでいます」
庭園の花々の中から抜け出したように、ルーアンが現れる。
まるで妖精の王が現れたように、彼は気高く麗しく、そしてとても美しかった。
時々反発してしまうとはいえ、やはり庭園にいる彼を見ると、ほっとする。穏やかで安らかな気分になってしまう。
七都の口元に、自然と笑みがこぼれた。
「お久し振りです、クラウデルファ公爵」
カーラジルトが軽くルーアンに頭を下げた。
そうだ、ナチグロ=ロビンとカーラジルトは、ともかくはこれでいいとして、ルーアンとカーラジルト。
この二人が問題だ。仲良くなってもらわなきゃ。
ルーアンは、ちらりとカーラジルトを一瞥し、たぶん挨拶の代わりに頷いた。
その後、二人は黙り込む。
もしかして、気まずい雰囲気?
七都はあせったが、カーラジルトの言葉を思い出した。
ああ、そうか。話題がないって、カーラジルト、言ってたっけ。
もう。ほんと、世話が焼けるんだから。
七都は渾身の笑顔を作って、二人に話しかける。
「二人とも、過去のことは水に流して、仲良くしようよ。ね?」
「過去? 水に流すも何も、そもそも伯爵とは、最初から特に何もありませんが?」
ルーアンが眉をひそめて、冷ややかに七都を見下ろした。
「そうです。公爵とは仲たがいなどしておりませんと申し上げたはずです」と、カーラジルト。
(じゃあ、なんなんだよ、この気まずさは?)
七都は、他人事のように涼しげな表情をしている、二人の美青年を睨んだ。
「なら、いいけどね。それじゃ、改めてってことで、私の前で握手してくれる?」
カーラジルトが、大げさすぎるくらいに首をかしげた。
「我々には、握手などという習慣はありません」
ルーアンが説明する。
「え。そうなの。じゃ、代わりに、何かそういう魔神族なりのコミュニケーション風挨拶をしてくれる? これからもよろしくって意味でね。二人とも、わたしの大切な側近なんだからね」
「かしこまりました。では、リクエストにお答えして」
ルーアンが、すっとカーラジルトの近くに移動する。
「え? え? え?」
七都が唖然としている間に、ルーアンはカーラジルトを抱き寄せた。
カーラジルトも抵抗せずに、その行為をすんなりと受け入れる。
「えーっ!!!」
二人は、七都の目の前で、唇を重ねた。
あまりの意外さ、唐突さ、そしてそのシーンの美しさに、七都の視線は二人に釘付けになる。
自分のよく知っている二人の男性が、今、自分の目の前で口づけを交わしている。
お互いを求め合い、その甘い行為の中に、苦痛めいた快感を秘めて……。
七都は、二人から離れようとしない自分の視線を慌てて無理やり引き剥がし、彼らにくるりと背を向けた。
「だからさ。別にキスしてるわけじゃないんだってば」
ナチグロ=ロビンが七都に言う。
「わ、わかってるよ。エディシルの交換をしてるんでしょ。魔神族が親しい者の間でする挨拶だってことくらい、知ってるよ!」
「そんじゃ、いちいち過剰に反応するなよな」
ナチグロ=ロビンが、顔を赤くしている七都を横目で見る。
「だって……。どう見ても、そうとしか見えないもの。二人とも美青年だし。美しすぎるっ! 目の毒だっ!」
「ま、そのうちに慣れるよ。あのアヌヴィムとキスしてる七都さんも、結構きれいだったよ。正直言うと、ちょっと見惚れた。初々しさが微笑ましくて。何なら姫君、ぼくとキスしてみます? あのアヌヴィムとしたから、少しは慣れたでしょ?」
ナチグロ=ロビンが、ずいと七都のほうに近づいた。
「やめてよ、冗談は、侍従長」
「おや。ぼくは、かなり本気モードなんだけど。ぼくのエディシルは、あのアヌヴィムにはちょっとは負けるかもしれないけど、結構美味だよ。パワーも抜群」
さらに、彼は近づいてくる。
「やめなさい、ナチグロ!!!」
七都は目を吊り上げ、ナチグロ=ロビンが毛を逆立て、耳を塞ぐくらいの剣幕で叫んだ。
「傷つくな。そんなに露骨にいやがられると」
ナチグロ=ロビンが、げっそりとして不服そうに言う。
「ご、ごめんなさい。だからね、わたし、あなたからエディシルをもらいたくないんだ。あなただけじゃなく、誰からももらわない。言ったでしょ」
「そんなワガママいってたら、魔王さまにはなれないからな」と、ナチグロ=ロビン。
「ならないから!」
ナチグロ=ロビンは肩をすくめ、天を支える真似をした。
「侍従長。カーラジルトのお部屋も用意してくれる? 好みの部屋を選んでもらって。きっと彼のお屋敷も、さびれてるに違いないもの。ここのほうがまだましだよ」
「了解。住人が増えて賑やかになるのは、いいことだ。ところで七都さん。侍従長として言わせてもらいたいんだけど」
ナチグロ=ロビンが、七都に言う。
「な、なんだよ。改まって?」
彼は、口づけを交わし続けているルーアンとカーラジルトを指差した。
「七都さんのリクエストで、あの二人はああしてるわけなんだからさ。ちゃんと見とかないとだめだよ。目をそらさないでさあ」
「わかったよ!」
七都は二人のほうに向き直り、遠慮なく、映画よりも美しいそのシーンを存分に鑑賞した。




