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第6章 招かれざる客人 15

 ナイジェルは、ルーアンの部屋の窓から庭を見ていた。

 七都とナチグロ=ロビンが現れると、にっこりと七都に笑いかける。

 ぞっとするくらいの美しさだった。

 水色の目は、さらに妖しく透き通り、彼を取り巻くオーラのようなものも、もっと凄みを増している。額の冠は、まばゆいくらいに輝いていた。

 あの遺跡の地下で、ナチグロ=ロビンと一緒に扉の奥に消え、そのあと現れた時と同じように。


「やあ、お帰り。お姫さま」

「ナイジェル……。やっぱりここにいたんだ?」


 ルーアンは、部屋の隅に、控えめに立っていた。

 七都は、ちらりと彼を眺める。

 ルーアンの顔は、骨のように真っ白だった。平然と立っているように装ってはいるものの、かなり気分が悪そうだ。

 ちょと七都が軽く突っついただけでも、かなりの確率で倒れるに違いない。

 そんなルーアンを気遣うかのように、彼の隣にはストーフィが、ぴったりとくっついていた。


「ルーアンといろいろ話が出来て、有意義だったよ」


 ナイジェルが、明るく答える。

 話だけじゃなんだよね……。

 七都は複雑な気持ちで、美しさがさらに増したナイジェルを見つめた。

 先程のこともあるし、何となく彼に近寄りがたい。

 七都のそんな気持ちに気づいているのか、それとも気づかない振りをしているのか、ナイジェルが穏やかに言った。


「ナナト。そろそろ、ぼくは帰るよ」

「え? もう帰っちゃうの?」


 七都は、思わず呟く。

 彼が言った途端に、七都の中である感情が噴出し、めまぐるしい速さで体中を駆け巡った。

 これは、寂しさ……。

 彼がこの前、機械の馬に乗って行ってしまうときに感じたものと同じもの。

 胸を体の中からぎゅうっとつかまれるような、言いようのない寂しさ。せつなさ。

 やっぱり自分はナイジェルのことが好きなのだ、と七都は改めて自覚する。


「残念に思ってくれるの? よかった」


 ナイジェルが微笑んだ。


「だって……寂しいもの……」


 ナイジェルはさらに笑って、七都のそばに立つ。


「きみはぼくを拒否したのに。そういうことを言われると、戸惑うな」

「あれとこれとは別だよ。ああいうことをするナイジェルは、嫌い。信用できなくなる」


 七都は、ナイジェルを睨んだ。


「きみの母上にも叱られたよ。ぼくらしくないってね」

「母上!? 会ったの、お母さんに!?」


 ナイジェルは、いたずらっぽく頷く。


「きみにとても似ているんだね。髪と目は銀色だけど」

「ずるい! わたしにはお母さんは見えないのに!」

「きみがリュシフィンになったら、好きなだけ見えると思うよ。まあ、それはきみ次第だけど」

「お母さんと話したの? お母さん、いつもこのへんにいるの?」

「少しだけ話した。いつもいるのかどうかはわからないけど、母上はきみのことは見守ってくれているみたいだね」

「うん……。お母さんもそう言ってた……」

「でもね、母上が見ている前できみを口説くのは、相当勇気がいるよ」


 ナイジェルは、七都の頭に手をそっと添えた。そして、真面目な顔をして、ささやくように言う。


「リュシフィン……」

「え?」

「いつか、きみをその名前で呼ぶ日が来るのかな」

「ナイジェル……」

「きみがぼくの隣に自然に寄り添ってくれるまで、当面はあせらず、のんびりと待つことにしよう。ナナト、ぼくはまた、ここに遊びに来るよ。ルーアンの庭園がとても気に入ったし。もちろん、まずきみに会うために。ルーアンには歓迎されないかもしれないけどね」


 ナイジェルがルーアンを見ると、ルーアンは具合の悪さを押し込めたまま、幽霊のように黙って会釈する。


「わたしも水の都に行ってもいい? あなたに会いに」


 七都は、ナイジェルに訊ねた。


「いいよ。でも、キディにつかまらないようにね」

「そうか。キディアスか。彼のことがあった」

「彼は、きみが水の都に来たら、あまりにも嬉しくて調子に乗って、薬なんかを使ってきみを無理やり発情させるとか、やりかねないからね」

「うわ。それ怖い。脅さないでよ」


 ナイジェルは、笑った。そして七都の顔を覗き込む。


「ナナト。魔王に向かって、『あなたに恋してる』とか『あなたが好きだ』なんて軽々しく言ってはいけないよ。間違いなく、城の奥深くに連れて行かれてしまう」

「でも、あなたは魔王さまだけど、わたしを連れて行かない。わたしのことを大事に思ってくれているから。あなたは、自分よりもわたしのことを先に思ってくれてるから」


 七都は、ナイジェルの機械の手を取って、その冷たい銀色の金属に唇をつけた。

 それから、ナイジェルの頭を引き寄せて、彼の唇に軽くキスをする。シャルディンにした時よりも、もっと丁寧に。

 ルーアンが目をそらし、顔をしかめて呟いた。


「ナナト、なんということを。シルヴェリスさまに自ら口づけをするとは……」


 やはり、魔王に自分から口づけをするということは、魔神族にとっては、とんでもなくはしたない行為だったらしい。

 もちろん七都は気にしなかった。

 自分にとって、ナイジェルはナイジェルなのだ。たまたまシルヴェリスとかいう名前の魔王だっただけで。

 初対面から彼は、『シルヴェリス』ではなく『ナイジェル』という本名のほうを自分に教えてくれた。

 それに、今回、彼はお忍びでここに来たのだ。彼に対する態度は、多少砕けたものでもいいのではないだろうか。

 そう思った七都だったが、少し改まった口調になって、ナイジェルに言ってみる。


「シルヴェリスさま。わたしにはまだ、これくらいの口づけで十分です。先ほどあなたにいただいたものは、好きではありません」

「悪かった。許せ。食事以外の口づけは、あまり慣れていないのでね。次回からは、今きみが教えてくれた通りにしよう」


 ナイジェルが微笑みながら言う。

 七都は、ナイジェルに勢いよく飛びついた。

 それを見たルーアンが再び顔をしかめ、額に手を置いて溜め息をつく。


(ルーアンったら、いちいち反応が大げさなんだよ)


 七都は、ナイジェルにしがみついたまま、横目でちらりとルーアンを見た。


「またね、ナイジェル」


 ナイジェルは七都の体に両腕を回し、七都の体を強く抱きしめる。

 ずっとこのままでいたい。

 目を閉じて七都は思う。

 安心する。やっぱりあなたに抱きしめられると、とても安心する。

 たとえ、あなたが魔王さまでも。たとえ、あなたの一面しか知らなくても……。


「本当は、このままきみを連れて帰りたい。そして、どこか引き出しの奥にでも、大切にしまっておきたいよ。それか棚に飾って、毎日眺めるのもいいかな」


 ナイジェルが言った。


「そういう趣味があったの、ナイジェル?」


 七都は、一抹の不安を少し覚えて、彼に訊ねてみる。

 まさか、ナイジェル。フィギュアとか好きだったり?


「単なる例えだよ。ご心配なく、姫君」


 彼が、あははっと笑う。


「うん。そうだと思ったけど」


 でも、フィギュアが好きだったら、お父さんやルーアンと趣味合うかも?


「では、ナナト。名残惜しいけど、行くよ」

「うん。本当に名残惜しい」

「ほら、また泣きそうな顔になってる。だいじょうぶ、これから、何度でも会えるんだからね」


 ナイジェルは、耳に唇が触れるくらいに、七都を引き寄せた。そして小さく、けれども鋭い口調でささやく。


「ユウリスには気をつけるほうがいい」

「え?」


 七都は驚いてナイジェルの顔を見上げたが、彼はそれまでのように、穏やかに微笑んで頷くだけだった。


「では、行く。また会おう」

「……はい」


 七都は、腰をかがめた。そして、丁寧に頭を下げる。キディアスが、地の都でたたきこんでくれた通りに。

 今回も、優雅に上手く出来た。

 本当にキディアスに教わっておいてよかった。

 教え方はともかく、しっかりと身についてるもの。やっぱりキディアスってすごいかも。

 七都は、頭を下げながら思う。

 だけど、やっぱり寂しいよ。

 あなたと別れるのはつらい。涙がこぼれそうになってる。

 でも、また会えるものね。

 今回は無理だけど、きっとまたあなたに会いに行くよ。

 ナイジェル。わたしの親愛なる魔王さま。

 最高のお辞儀をあなたに。

 

 ナイジェル――水の魔王シルヴェリスは、七都のお辞儀に満足するように頷き、やがてその姿は周囲の空気を震わせて、部屋から消えた。


 ナイジェルがいなくなった途端、ルーアンが耐えかねたように、くずおれる。

 ナチグロ=ロビンが、慌ててルーアンを支えた。

 ストーフィは、混乱したのか、わけがわからなくなったのか、なぜかルーアンの肩の上に乗っかってしまう。


「ルーアン。大丈夫?」


 七都が声をかけると、ルーアンは顔を上げた。

 けれどもその顔はさらに白く、とても具合が悪そうだった。


「大事ありません。エディシルを補えば、すぐに元に戻ります」


 彼が言う。


「シルヴェリスさま。ルーアンのエディシルを、またおもいっきり……」


 ナチグロ=ロビンが、あきれたように溜め息をついた。


「やっぱりシルヴェリスさまってさあ、Sっぽいよね」

「そうかもね。最初はMな人なのかと思ったんだけど」


 七都も同意する。


「SとかMとか、二人とも、魔王さまに何ということを。私は王族ではない。そのことを改めて示してくださったということだろう」


 ルーアンが呟く。


「ぼくたちの会話の意味がわかるのが、ちょっとコワいよね、ルーアン」


 ナチグロ=ロビンが、ぼそっと言った。

 途端にストーフィが、無表情なオパール色の目でナチグロ=ロビンを見上げる。

 まるで、<自分にもわかるんですけど>と訴えているかのようだった。


「つまり、それがいやなら、さっさと冠をかぶってリュシフィンになれってことだよ、クラウデルファ公爵」


 七都が言うと、ルーアンは顔をしかめた。


「リュシフィンになるのは、あなたです、ナナト。そうすればあなたはミウゼリルといつでも会えるのですよ、シルヴェリスさまがおっしゃったように。早くシルヴェリスさまにそのお名前で呼んでいただけるようになって下さらなければ」

「またそうやって、外堀を埋めようとする。そうだ、ルーアン。あなたは私を助けに来てはくれなかったよね。窓から見てたのに。侍従長は来てくれたのにね。ナイジェルは、あなたが冠をかぶって助けに来ることを期待してた。ほんと頑固なんだから」

「ああいうことは、お二人の責任においてなさってください。私は何も申し上げることはありませんし、何をする権限も義務もありません」

「その割には、怒ってたようだけど?」

「私が、ですか……?」


 ルーアンが、ワインレッドの目を見開いた。


「そのこともあって、ナイジェルはあなたのエディシルをたっぷりと食べちゃったんだと思う」

「七都さんをめぐって、お互いにジェラシーしてるわけだね」


 ナチグロ=ロビンが言った。


「ジェラシー? そんなことはあり得ません」


 ルーアンが、弱々しく呟く。


「あり得ちゃってる。さて、と。ルーアンには、これからぼくのエディシルを食べてもらうけど。七都さん、そこでしっかり見てる?」


 ナチグロ=ロビンが、七都を振り返って訊ねた。


「み、見ない! 自分の部屋に帰る! そうだ、ドレス、花がくっついて汚れちゃったから、着替えなきゃ。サリアに新しいの出してもらおう」

「だから、別にキスするわけじゃないのにさ。相変わらず変な想像するんだから」

「してないよっ。じゃ、私、行くね。そうだ、ストーフィ。きみも一緒に来なさい!」


 七都は、ナチグロ=ロビンとルーアンが唇を重ねるのを横目で見ながらストーフィをひっつかみ、慌ててルーアンの部屋から移動した。

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