第6章 招かれざる客人 2
(ユウリスさま。冠をしてる……?)
彼の額には、金の冠が輝いていた。
ナイジェルやアーデリーズ、ジエルフォート、そして、エヴァンレットが今額にしているのと同じ金の冠が――。
冠は、雪の結晶のような飾りがたくさん付いていた。その飾りがユウリスの額を覆うように並び、尖った先端にも、金色の星のように輝いている。
七都が今まで見た中で、いちばん豪華なデザインだった。
(それが、あなたがしていた冠なんですね、ユウリスさま。でも、わたしの知っているあなたは、冠はかぶってはいない。あなたの冠は、いったいどこに……)
けれども七都は、そこで、ルーアンの目がユウリスを追っていないことに気づいた。
ルーアンは、開け放たれた扉を見下ろしたままだった。
「誰だ……?」
彼は、扉の向こう側に立っている人々に訊ねた。
「時の魔王アストゥールさまの使いのものです」
彼らの中の一人が答える。
「アストゥール……さま……」
ルーアンは、その名前を控えめに繰り返した。
「リュシフィンさまをお連れ致します。時の宮殿へ。よろしいですね?」
幾分きびしい面持ちで、アストゥールの使いだと名乗ったその人物が言った。
ルーアンは、力なく頷いた。
(ルーアン。見えないの? ユウリスさまが見えない? あなたがユウリスさまを無視するわけがない。やっぱり……見えてないんだ……。ということは、この時にはもう、ユウリスさまは既に生霊状態だったってこと……?)
「エヴァンレット……」
金の冠を額にはめたユウリスは、エヴァンレットを抱きしめるように彼女に近づき、その顔を間近から見つめた。
「エヴァンレット。迎えに来たよ。だが、来るのが遅すぎた。許せ……」
エヴァンレットは、答えなかった。
その赤い目は何も映さず、ただ人形のガラスの目のように見開かれたままだった。
「エヴァンレット。私の声が聞こえるか?」
ユウリスはエヴァンレットの目を覗きこみ、絶望的な溜め息をつく。
「きみは……ここにはいないのか? この体の中には? きみはどこに行った?」
ユウリスは玉座の間を見渡したが、その視線はただ虚しく、あたりをさまようだけだった。
「ユウリスは? 彼は……来ないのか?」
ルーアンは、使いの者たちに訊ねた。その声には、非難めいた響きが混じっていた。
使いの者は、諌めるように彼に言う。
「あなたの近くに……リュシフィンさまのそばにおられます」
「なに?」
ルーアンは、玉座のエヴァンレットを振り返る。
その瞬間、ユウリスの姿が白い光で覆われた。
光を背負ったユウリスは、悲しみの満ちた水色の目でルーアンを見下ろした。
「ユウリス……」
ルーアンが、驚いたようにユウリスに視点を定める。
彼にとってユウリスは、突然現れたように見えたはずだった。
「ルーアン。エヴァンレットを連れて行く。彼女と一緒にいるよ。永遠に……」
ユウリスが言った。
「そうか……。それは、エヴァンレットがいちばん望んでいたことだ。きっと彼女も喜ぶだろう。エヴァンレットを頼む……」
「ただ……彼女の意識は、今この体の中にはいない。きみに剣を突き刺されたとき、意識は体に閉じ込められることなく、どこかに逃れて行ってしまったらしい。私は彼女を探さねばならぬ」
ユウリスは、エヴァンレットの頭に手をかざした。
エヴァンレットの額から冠がひとりでに静かにはずれ、ユウリスの広げた手の上にふわりと浮かぶ。
「次のリュシフィンには、きみが……?」
ユウリスの質問に、ルーアンは首を振る。
「私は、リュシフィンを……姉を殺したのだ。なぜ次のリュシフィンになれる?」
「リュシフィンの暴走を止めるのが、きみの役目だ。負い目を感じることなど何もないはず」
それでもルーアンは、うつむいたまま、首を振り続けた。
「では、次のリュシフィンにふさわしい者にこの冠を。魔王は七人。誰かが欠けるのは好ましくないことだ」
ユウリスは、冠を玉座の背もたれの前に浮かべた。
七都がそこで初めて冠を見たときに、そうだったように。
冠はどこか不満そうに、それでも、その場所に当分は落ち着くことを納得したかのように輝いた。
ユウリスは、再びエヴァンレットのそばに、彼女を抱きしめるようにしてかがみこむ。
「ユウリス。きみは今、どこにいる? アストゥールさまのところなのか……?」
ルーアンが訊ねると、ユウリスは顔を上げ、ゆっくりと彼を見た。何かを伝えたいかのように。あるいは、ルーアンに何かを伝えたのかもしれなかった。
ルーアンは、凍りついたように動かなくなる。彼の目が、驚愕で見開かれた。
「そうか……。そういうことなのか?」
ルーアンは、呟いた。夢から醒めたような、おぼろげな表情だった。
「ユウリス。きみには、もう会えないのか?」
「きみがリュシフィンになれば、いつでも会えるよ」
ユウリスが微笑んだ。
「では、さらばだ、ルーアン」
ルーアンは、頭を深く下げた。
ユウリスの姿は光の中に溶け込むように薄くなり、その光自体も小さくなっていく。
光が完全に消えたとき、そこにはユウリスも、そして玉座に座っていたエヴァンレットの姿もなかった。
扉の向こうにいた使いの魔神族たちも、いつの間にか消えていた。
空になった玉座の前に、ルーアンがたったひとり、頭を下げたままうずくまっているだけだった。
(これが、あの夢の続き……。このあとユウリスさまはエヴァンレットを時の都に連れて行き、彼の体はエヴァンレットを抱きしめた。わたしが見たあの場所で。そして、彼の魂はエヴァンレットを探しに出て……リュシフィンになることを拒否したルーアンは、火の都から親戚を連れてきて、次のリュシフィンにした。その何人目かが、わたしのおじいさまなんだ……)
「ナナト……」
誰かが七都の耳元で名前を呼んだ。
懐かしくやさしく、心地よい声だった。




