第4章 エヴァンレットの秘密 16
七都が無事に瞬間移動を終えて部屋に戻ると、大きさの違う灰色の物体が三つ、部屋の真ん中に置いてあった。
それは、大・中・小の大きさ順に並べられてある。並べたのは、もちろんナチグロ=ロビンだろう。
七都はしばらく腕を組んだまま、その物体を眺めた。
お菓子のような、パンのような形状。四角いアップルパイというか、出来損ないのコルネというか……。
素材は金属で固いのだが、形状はそれに見合わぬやわらかい曲線だった。
「これ……。箱だよね。中に掃除機が入ってるはずだもの」
七都は、いちばん小さな箱の表面を撫でてみる。
蓋とおぼしきものはなく、境い目もどこにもない。
「どうやって開けるんだろうって……そうそう、開け方違うんだよね、元の世界とは」
七都は、箱の上に手を乗せた。
自分の意思を箱に伝える。気負わず、さりげなく。そして、当たり前に。
箱の表面が裂けた。そこに見えないファスナーがあって、それがすううっと開いたようだった。
その細い楕円形の隙間の中で、何かがうごめいている。
「掃除機……?」
次の瞬間、その隙間から、七都に向かって突進するように、掃除機が現れた。
たくさんの、銀色に輝く掃除機が。
「ぎゃああああああ!!!」
七都は叫び声をあげ、バランスを崩して、尻餅をつく。
箱からわらわらと出てきたのは、銀色の虫の形をした掃除機だった。
大きさはネズミくらいで、やはり旧式の掃除機と同じく、七都の大嫌いなあの虫によく似ていた。
平たい体の下に、たくさんの足がわさわさとはえている。
「もう、ジエルフォートさまったら。最新式でも、やっぱりしつこくこの形なんだ。相変わらず趣味悪いったら!」
掃除機たちは、カサコソと機械の足で、床の上を走り回る。
見る見るうちに床は美しくなり、次に虫掃除機は、壁へと場所を移した。
「すごい。さすがに旧式より、はるかに高性能だ。お風呂の掃除もやってもらおう」
七都は、真ん中の箱を開けてみた。
そこからは、猫くらいの大きさの虫掃除機が現れる。
「あ、出てくるのは、少しでいいからっ!」
七都は、あわてて箱を閉めた。
それから魔力を使って、猫くらいの大きさの掃除機を数匹浴室に放り込み、ネズミくらいの小さな掃除機を宙に持ち上げられるだけ持ち上げて、やはりそれも浴室に思いっきりたたき込み、扉を閉めた。
「これで、すぐにきれいになるね。やった。今日はきれいなお風呂に入れる」
と七都は、まだ開けていない、いちばん大きな箱に目を止める。
当然その箱には、いちばん大きな掃除機が入っているに違いなかった。
『中』の大きさの掃除機が猫くらいだとすると、じゃあ、『大』は……。
犬くらいだろうか。ヒツジくらい? いや、もしかするともっと大きな……。
七都は、それをイメージしかけて、ぞっとする。
「いいや。これは開けないで、ルーアンに箱ごとあげよう。超強力パワーの虫さんに違いないから、きっと彼のお屋敷も、すぐにきれいになっちゃうはず」
浴室からは、ガサガサという、掃除機たちが壁や床を這いずる耳障りな音が聞こえていた。
「どうせなら、音なんかしないのを作ればいいのに。作れるのに、わざと作ってなさそうだな、きっと。猫にとっては、魅力的な音ってことなんだ。あ、ジエルフォートさまにお礼を言わなくちゃ」
七都は、猫の目ナビを手のひらの上に乗せた。
「ナイジェルのことも訊こう。きのう聞きそびれたし……」
ナビは特に命令せずとも、七都の意思に反応して、白い光を放った。
七都にとって見慣れた景色が、その光の中に切り取られたように浮かぶ。
ジエルフォートの研究室だった。そして、その白い光景を横切るようにして、赤い髪の人物が、七都を覗き込む。
何かを中断されてむっとしたようなその美しい顔は、呼び出したのが七都だということに気づいて、たちまち機嫌が直ったようだった。
「エルフルドさま!? もといアーデリーズ!」
「あら、ナナト」
少女の姿のままのアーデリーズが、にっこりと笑った。
「ジエルフォートさまに用事があったんだけど……」
何でアーデリーズが出てくるんだろ、と七都は不思議に思いながら呟いたが、ふとその理由に思い至って、顔が赤くなる。
「ここにいるわ。待って。今、少し、体勢がね……」
「あ、いいよ。もう、いい。また連絡しなおす! 邪魔してごめんなさいっ!」
「あらあ。私は全然構わないけど?」
アーデリーズは、にっと笑った。
「何なら、そこから見ていてもいいわよ」
アーデリーズの背後の景色が、ぐるりと回転する。
どうやら彼女は、向こうにある通信の機械を手に持ったようだった。
ジエルフォートの乱れた白い髪が映って、七都は、あせる。
冗談ではない。見たくもないものを無理やり見せられたらたまらない。
「私は構うし、見ませんっ! ちょっとね、ジエルフォートさまに、掃除機のお礼が言いたかったの。それだけだから、じゃ、さよならっ」
「つれないのね、ナナト。もういいの?」
「また改めて。じゃ」
アーデリーズは、ふふっと笑う。
「伝えておくわ。っていうか、たぶん聞こえてると思うけど。ナナト、相変わらず、かわいいわねえ」
七都は、通信を切る。そして、大きく深呼吸をした。
「もうっ。昼間っから研究室で、仲のおよろしいこと!」
それから七都は、うなだれる。
「またナイジェルのこと、訊けなかった……」
浴室からは、掃除機たちの音が活発に聞こえる。
一生懸命、仕事を続けてくれているようだ。
最初は気持ちの悪かったそのカサコソ音も、聞き慣れてくると、それほど我慢が出来ないものでもない。
「形の趣味の悪さはともかく、何せ便利な機械だものね。ほっといてもきれいにしてくれるんだもの」
七都は、ベッドに転がって伸びをした。
「ロビン、昼寝してたのに、荷物が来たから、たたき起こされちゃったかなあ」
軽く目を閉じると、二回行った瞬間移動とテラスの出来事、そしてその前のオサカナゲームも合わせた、けだるい疲れが全身を包んだ。
ルーアン……。
おばあさまのこと、もっと訊きたいのに。
でも、やっぱり訊けないね。
わたしが訊くことで、たぶんあなたを傷つけてしまう。
あなたがそのつらい過去を自分からわたしに話してくれるのは、いったいいつなのだろう。
それにしても、テラスでいきなり白昼夢を見てしまった。
白昼夢というか、過去の残像。
ユウリスさまの姿も見えたし。
ユウリスさまは、わたしは現実と夢の間にいると言った。
やっぱりルーアンの言うように、わたしにはそういう魔力があるのかな。
過去の残像を拾って、見てしまう能力……。
それとも、単に瞬間移動に失敗して、気を失ってただけなのかも……。
(もしわたしに過去の残像を見る力があるなら、他のも見られないかな。例えば、エヴァンレットとユウリスさまとか……)
七都はベッドの上でリラックスして横たわり、意識だけがはるかラベンダーの空を駆け上がっていくイメージを思い浮かべた。
やがて七都の耳に、くぐもったような会話が聞こえてくる。
<ユウリス。あなたなの……?>
<そう。私だよ……>




