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第4章 エヴァンレットの秘密 15

「じゃあ、別にわたしの中に、おばあさまの面影を見ているわけでもないんだね」

「ミウゼリルもあなたも、なぜかエヴァンレットに似てしまいましたから。残念ながら、と言うべきなのか、それとも幸運にと言うべきなのでしょうか」


 ルーアンが言った。


「しかし、もしかして、そういうことで悩んでおられたのですか?」

「悩むところだったかもしれない。だって、あなたがそんなつもりでわたしに接しているのだとしたら、とてもやりにくいもの。いろいろ考えて、意識しすぎて、普通に話したりするのさえおっくうになっちゃうよ」

「では、よろしかったですね。私の本音が聞けて。これで悩まなくても済みますね」


 あっけらかんとルーアンが言う。

 七都は彼の態度にあきれたが、何となくむかっ腹が立ってきたのも事実だった。

 くやしい。何か言い返さなくちゃ。


「だけど、もしわたしが発情してあなたに迫ったら? あなたは拒否できないのでしょう? たとえわたしがエヴァンレットそっくりだったとしても」


 ルーアンは、少し真面目な顔をして頷いた。


「もちろん、そういうことになりますね。でも、あなたはきっと、発情はしませんよ」

「なんでわかるの?」

「あなたには、人間の血が濃く混じっているからです。発情する確率は、極めて低いかと」

「それは……おばあさまが人間だったから? お父さんも人間だし、わたしは人間により近いからってこと?」

「そう……。そういうことです。だからあなたは、安心して私に接してくださっていいのですよ」


 ルーアンが微笑んだ。

 七都は、再び彼の腕をつかむ。


「そこまできっぱりと拒否されたら、かえって気持ちがいい。何の遠慮も引け目もなく、あなたと関わりあえると思う」

「それはよかったです」


 七都とルーアンは、しばし見つめ合った。

 でも……。

 本当は、ほっとしてるんじゃないの、ルーアン?

 あなたは、何か大切なことをわたしに隠しているような気がする。

 そして、それをわたしには決して言うつもりはないことも、何となくわかるの。

 七都の視線とルーアンの視線が、絡み合う。

 彼が何かを心に閉じ込めて取り繕っている、強力な視線。

 でも、わたしは負けないものね。

 あなたの視線をしっかり受け止める。


「あなたはとても素敵だと思う。実は正直なところ、ちょっと憧れているんだよ」


 七都は、彼に言った。

 それは素直な気持ちだった。

 お互いに恋愛感情など持っていないことを知っているからこそ言える、くすぐったいような、けれども、相手に対する尊敬と親愛が混じった、真っ直ぐなセリフ。


「それは光栄です」


 ルーアンが、あくまでオトナとして、魅力的に微笑んだ。

 未成熟な男子たちが、そういうセリフを聞いて思い描くような、期待や妄想、勘違いなど微塵もない態度だった。


「でも、わたしも、やっぱりね。わたしのところまで降りてきてくれる人がいいな。高いところからわたしを見てるんじゃなくて」


 少し皮肉を込めて、七都は呟いてみる。

 さっき、『私にも、好みというものがありますので』と七都に言ったルーアンに対する、お返しでもあった。


「では、そういう、あなたのそばまで降りてきてくれる、あなたにふさわしい方を見つけてください。もちろんそれは、私が納得できるような方でなければなりませんよ。私はこの世界での、あなたのたった一人の身内であり、保護者であり、側近であるのですから」


 ルーアンが言った。


「うん。見つけるよ」


 それがナイジェルだったら?

 ルーアン、納得するのかな。

 七都は、ちらっと思う。


「あのー。邪魔して悪いんだけどさ」


 いつの間にか、ナチグロ=ロビンがテラスに立っていた。

 彼は決まり悪そうに、七都とルーアンを見比べる。


「いや、別にきみが誤解するようなシーンでもないからね」


 ルーアンが、にこやかにナチグロ=ロビンに言った。


「なら、いいけど」


 ナチグロ=ロビンは、一瞬、疑り深い目つきをして、ルーアンを眺める。


 それから彼は、七都に向かって言った。


「七都さんに、荷物が届いてるよ」

「荷物? 荷物って? ここに?」

「言っとくけど、宅配便のにーちゃんが持ってきたわけじゃないからな」


 と彼は、七都が質問しそうなことに先回りして答えた。


「そ、そりゃあそうだろうけど。ここに宅配の人が来たら、シュールすぎる。つまり、やっぱり機械でスマートに届いたわけなんでしょ?」

「むろん、そのためにも転送装置はある。長いこと使われてなかったから、びっくりだ。他の都から荷物が届くなんてさ」

「他の都? どこから」

「光の都。しかも、ジエルフォートさまからだ。魔王さまからなんて、それにもびっくりだ」

「あ。掃除機だ! ジエルフォートさまが送ってくれたんだ、最新式の掃除機! よかった。お風呂の掃除、しなくてすむかも。あ、ルーアン、代金はいらないよ。わたしの帰還祝いの贈り物だって。きっとあなたの分も用意してくれたと思う。お屋敷、きれいにしてね」

「それはとても嬉しいのですが。光の都の魔王さまからの贈り物が、掃除機ですか」


 ルーアンが、溜め息まじりに呟く。


「即物的というか、なんというか。ジエルフォートさまも、女性に贈り物をするなら、もっと気の利いた……」

「アーデリーズと同じこと言わないの! ジエルフォートさまもわたしも、それで納得してるんだから」

「アーデリーズとは?」と、ルーアン。

「地の魔王エルフルドさまの本名。本名で呼ばないと、怒られるの」

「エルフルドさまのご感想は、真っ当ですね」


 ルーアンが呟く。


「でも、アーデリーズは結局『あなたたちらしいわ』って、言ってくれたよ」

「ならば私も、もう何も申し上げられません」

「荷物は、七都さんの部屋に置いといたから」


 ナチグロ=ロビンが言った。


「ありがとう。さっそく開けてみる。それじゃわたし、部屋に戻るね、ルーアン」


 ルーアンは、丁寧に頭を下げた。


「ここからあの部屋まで、瞬間移動できるかな。おばあさまにも出来たんだから、出来るよね」


 七都は距離を測るように、天辺の部屋に向かって手を伸ばす。

 すぐに七都の姿は、テラスからかき消えた。



「ナナト。あなたはテルレージアによく似ていますよ」


 ルーアンが、七都が今までいた場所に語りかけるように呟いた。


「あなたは確かにエヴァンレットにとても似てはいるが……。あなたの何げない仕草、笑顔、後ろ姿。そこにテルレージアを見つけて、私はいつも凍りつきそうになる……」

「ルーアン。まさかとは思うけど……」


 ナチグロ=ロビンが、遠慮がちに声をかける。


「七都さんに対して、恋愛感情みたいなものなんて……持っていないよね?」

「私がナナトに?」


 ルーアンが振り返る。

 彼は、先程七都が<わたしと結婚しようとか思ってる?>と訊ねたときと同じように驚いて目を見開き、それから笑い出した。

 けれどもナチグロ=ロビンは、眉をひそめたままルーアンをじっと見つめる。

 そのやけに明るい大笑いが、ごまかしや取り繕ったものではないことを見定めるように。


「まったく、ナナトにしても、きみにしても。そんなことを考えて、悩んでいたのか?」

「悩むっていうか。もしかしてって思って。アヌヴィムたちも変なふうに噂してるしさ」

「彼女たちの習性は、よくわかってるだろう」

「じゃあ、全然思ってないわけだね。七都さんを……」

「そんなことなど出来ないのは、きみがいちばんよく知っているだろうに」


 ルーアンが、真面目な顔をする。


「なら、いいんだ。ごめんなさい」

「でも、あるいはいい考えかもしれないね。そういう例は、今までなかったわけではない。私は花嫁を探す手間が省けるし、ナナトも、自分がリュシフィンにならなくて済む。私たちの子供は、理想的に強い魔力に恵まれた魔王になるだろう」

「そんなの絶対にだめだ。許されることじゃない! ぼくは、断固阻止する!!」


 ナチグロ=ロビンが叫んだ。


「では、全力で阻止したまえ。もしナナトが発情して私を選べば、私は抵抗できない。きみだけが頼りだ。まあ、そんなことは起こらないだろうけどね」

「それにね、ルーアン。七都さんには好きな人がいるんだからね」

「好きな人?」


 ルーアンが首をかしげた。ワインレッドの透明な目に、幾分鋭い光が宿る。


「ほら、やっぱり気になるんじゃないか」


 ナチグロ=ロビンが、口を尖らせる。


「この世界での唯一の彼女の身内として、彼女の保護者として、側近として、むろん気になる」


 ルーアンが言った。


「それ、言い訳じゃないよね。好きっていうか、お互いに好意を持っている段階、かな。まだ付き合ってるとかじゃないみたいだけどね」

「……誰なんだ?」


 ルーアンに見つめられて、ナチグロ=ロビンは顔をしかめた。


「ほらあ、やっぱり態度が違ってきた。ルーアン、怖いったら。もし央人さんが、七都さんに彼氏が出来たって聞いたとしても、そんなに怖くはないと思うぞ」

「そんなことはない。で、誰なのかな?」


 ルーアンは、にっこりと微笑んで、ナチグロ=ロビンにやさしく訊ねた。


「ルーアン、目が笑ってないじゃん」


 ナチグロ=ロビンは、ルーアンに聞こえないくらいの小さな声で呟き、それから覚悟を決めたように言った。


「シルヴェリスさまだよ。水の魔王さま。七都さんは、シルヴェリスさまを本名の『ナイジェル』って呼んでる」

「シルヴェリスさま……か。それでナナトの額には、シルヴェリスさまの口づけの印があるのか」


 ルーアンが呟いた。


「だが、エルフルドさまでもジエルフォートさまでもなく、シルヴェリスさまなのかい? エルフルドさまとジエルフォートさまの印も、額にあったが」

「エルフルドさまは、女性だよ。で、たぶんジエルフォートさまとくっついてる。だからあのお二人は、恋愛感情とか何とかで、七都さんに口づけをくれたわけじゃないと思う」

「そうか……。シルヴェリスさまがお相手か……。しかしナナトの存在を知れば、水の王宮も黙ってはいまい。少しやっかいなことになるな……」


 ルーアンは、溜め息をついた。

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