第4章 エヴァンレットの秘密 14
「無理やりここに連れてこられたの? おばあさまは、魔神族じゃなかった。人間だったのでしょう? だって、泣いていたもの。太陽に溶けない魔王を作るために、人間の女性が必要だったの? おばあさまは、おじいさまに無理やりあなたと引き離されて……。そして、おじいさまに無理やりお妃にされて、無理やり妊娠させられ……」
ルーアンが、七都の唇に、すっと指をかざす。
それ以上言ってはなりません、とその手は諌めているようだった。
「でも……。そういうことなんでしょ。だったら、お母さんもわたしも、おばあさまの不幸の上に生きてる。だから、お母さんは言ったんだ。私はお母さまに愛されなかったって」
「ミウゼリルが、あなたにそう言ったのですか?」
ルーアンが訊ねる。
「夢の中でね。わたしの」
「夢?」
ルーアンが微笑んだ。あきれたように。
「だって、あの夢は、きっと本当のことだよ。過去に起こったあるシーンなの。この風の都にいっぱいある、残留映像みたいに」
「たとえ事実だったとしてもね。あなたもミウゼリルも、望まれて生まれてきたのですよ。この世界に、この宇宙にね。そして、あなたはご両親に、ミウゼリルは父上に、そしてもちろん、私にも望まれて……」
「おじいさまはあなたに酷いことをしたのに? あなたは、そのおじいさまと、あなたの婚約者だったおばあさまの娘であるお母さんを受け入れることが出来たの?」
「もちろんです。彼女は、リュシフィンになられる方だったのですから。そういうお方として大切に思い、お慕いし、また、私なりに愛していました。私は、あなたのおじいさまに酷いことをされたなどとは、思ってはいません。ただ、あなたのおばあさま……王妃さまには、気の毒な、とてもむごいことをしたと悔やんでいます。私に出会いさえしなければ、彼女は幸せな一生を送れたに違いないのですから」
<あなたもリュシフィンも大嫌い!>
テルレージアは――祖母は、そう叫んだ。
あれは、何を意味するのだろう。
引き離されたルーアンを、彼女はなぜ嫌ったのか。未練を持って慕うのではなく?
「しかし、たとえどういう過去や事情があったとしても、今、あなたはここにいる。そして、私もここにいるのです。ですから、私はあなたを全力で守ります」
ルーアンが言った。七都を真っ直ぐ見つめながら。
守ります?
たったひとりの風の王族であるわたしの臣下として、わたしを?
もちろん、そうなんだろうけど。
七都は、遠慮がちにルーアンを見上げる。
そういえば彼は、あの剣の部屋でも気になることを言った。
剣の作り方を教えてくれたとき。
<二人で背負いましょう>
彼はそう言ったのだ。二人で背負いましょうと。
それって……。
まさか、やっぱり、ルーアンって……。
さらに、アヌヴィムの女性たちが言ったことも、七都の頭に重なった。
<姫さま、自然な流れですわ>
加えて、ナチグロ=ロビンの言葉も。
<そうするのが当然だって、普通は思う>
まさか、まさか。
ナチグロ=ロビンは、でも、ルーアンにはそんな気はない、とも言った。
だけど。
本人がどう思ってるかなんて、誰にもわかんないじゃない。
疑問を感じたら、はっきりさせておかないと。
でないと、今夜からいろいろ、うじうじと考えて、悩んで、寝られなくなる。
そんなの絶対にいやだ。
七都は、深く息を吸った。そして、ルーアンに言う。
「ね。ルーアン。質問があるんだけど。いいかな?」
「どうぞ。何でしょうか?」
「もしかして、あなたは……。いずれ、将来的にだけど。わたしと結婚しよう、とか思ってる?」
「……」
ルーアンは目を見開いて、まじまじと七都を見つめた。
え?
あ。びっくりしてる。
ものすごく、びっくりしてる……?
こういう顔って、前にもされたっけ。別の人たちに。イデュアルとアーデリーズに。
<あなたは、エルフルドさまの恋人?>
イデュアルにそう訊ねたとき。それから、
<あなたはエルフルドさまの恋人なんですか?>
アーデリーズにもそう訊ねたとき。
二人ともこんな感じのびっくりした顔をして、それから吹き出したんだ。
ルーアンの端正な顔が崩れた。
それから彼は七都に回していた腕をほどき、くるりと後ろを向く。
彼の肩が、小刻みに震えていた。
「え?」
七都は、一瞬彼が心配になったが、すぐに、それが笑うのを我慢しているせいだと悟る。
「は?」
次の瞬間、後ろ向きのルーアンから、あーはははははという、はじけた笑い声が漏れた。
とうとう我慢できなくなったらしい。
笑い声は、次第に大きくなっていく。
(やっぱり……)
七都は、憮然としてルーアンの後ろ姿を眺めた。
イデュアルはびっくりした顔のあと、七都をはたいた。
アーデリーズは、大笑い。
けれどもルーアンは、アーデリーズよりもひどかった。
馬鹿笑いだ。
この人、こんな馬鹿笑いが出来るんだ。
いつも冷静なのに、なに、このギャップ。
だけど、こんなに笑われてるってことは、私はやっぱり見当はずれなことを質問したってことなのかな。
わたしと結婚しようなんて、考えてもいなかったってこと?
「そんなにおもしろいこと訊いたっけ?」
七都は、ルーアンを睨んだ。
ルーアンは、無理やりその馬鹿笑いを収めようとしながら、七都のほうを向く。
どことなく子供っぽい少年のようなその表情は、今まで七都が見たことのないものだった。
でも、こういうのも、やっぱり素敵かもしれない。
七都は、素直にそう思う。
「おもしろいですね。まさか、そのような質問をされるとは」
「だって、アヌヴィムの女の人たち、私に訊いたんだもの。あなたとの結婚式はいつかって」
馬鹿笑いをようやく収めたルーアンは、穏やかに微笑む。
「話に尾ひれをいろいろつけて楽しむのは、彼女たちのレクリエーションでしょう」
「じゃあ、全然考えてもいなかったの? そういうことって」
「私にも、好みというものがありますので」
あくまでも、にっこりと微笑みながら、ルーアンが答えた。
(好み? 好みって……)
七都は、愕然とする。
つまり、彼は拒否したのだ。きっぱりと。
<あなたは私の好みの女性ではありませんから、そんなことは全く考えられません>
そういうことなのだ。
「わたしは、あなたの趣味じゃないってことか」
七都は、ちょっぴり嫌味をこめて呟く。
ルーアンは、七都を見つめた。七都と同じワインレッドの目で。
「そこまでは言いませんが。そういう対象としては意識できないということです。あなたはね、ナナト。私の姉に、とてもよく似ているのです」
「あなたのお姉さま。エヴァンレット?」
「そうやってエヴァンレットの衣装を着て立っていると、本当にそっくりです。昨日、初めてエヴァンレットの衣装に身を包んだあなたを見たとき、彼女がよみがえったのかと思いましたよ。それとも、幽霊でも現れたのかと」
やっぱり、ごまかして取り繕っていたんじゃない。冷静を装ってはいたけれど。
七都は、涼しげな笑みを浮かべたルーアンをじろっと睨む。
「だから? 結婚相手の対象じゃない?」
「あなたを抱いている最中に、あなたがどうしても姉に思えてきてしまいそうですから」
ルーアンが、さらりと言う。
七都は、あんぐりと口を開けた。
もしかして、おちょくられてる?
「い、今のセリフ! 品がない! あなたには似合わないっ!」
七都は、わなわなと震える指でルーアンを指差した。
ルーアンは、上品に微笑んだ。
「これは失礼。では、あなたを愛している最中に……」
言い直そうとするルーアンを七都は手で止めた。
「もういいよ。よくわかった」
七都は、溜め息をつく。
やっぱり、おちょくられてる……。




