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第4章 エヴァンレットの秘密 7

 輝く物質が泡だって渦を巻く。

 やがて剣身の部分に、濃い金色の光が集まった。

 ルーアンが柄を握りしめた手を箱から出すと、オレンジ色に光るエヴァンレットの剣がそこに出来上がっていた。

 七都は、その剣身を見つめる。

 出来たばかりの剣はみずみずしく、まるで邪悪な意思を持っているかのように、冷たい光を煌々と放っていた。

 ルーアンは、剣を床に置いた。七都は思わず一歩後ろに退く。


「ちなみに、この補助具がなくとも剣は作れるのですよ」


 ルーアンが言った。


「え?」

「見ておいてください」


 ルーアンは、今度は何も持っていない手を銀の箱の中に突っ込んだ。

 彼は液体の中で手を握りしめる。そこで何かをつかんだかのように。

 やがてルーアンが握りしめた手の先に、オレンジ色に輝く剣が現れた。

 ルーアンの手には柄などなかったが、先程彼が補助具を使って作った剣よりもさらに長い剣身が、彼の指から少し離れた位置に、そそり立つように伸びていた。

 彼が手を動かすと、剣身は彼の意思通りに宙で舞う。

 その華麗な剣さばきに、七都は思わず見惚れた。

 きっとルーアンも、かなりの剣の達人だ。七都は思う。

 ルーアンはそれから、七都の目の前にその剣をかざした。


「剣は、仕上がったばかりのもののほうが、より力が強いのです。時間が経つにつれて、効力は薄れていきます。ですから、もし魔王さまに対して使わなければならない場合は、新しく作らねばなりません。よく覚えておいてくださいね、ナナト。もし私に何かあれば、あなたはおひとりでここに来て、この剣を作らなければならないのですよ」


 ルーアンが言った。


「何かあればって……。ひとりでって……。なんでそんな不安にするようなことを言うの?」


 七都が呟くと、ルーアンは微笑んだ。


「私は、そんなに若くはありませんから」

「そんなの……そんなのひとりで背負うなんて、無理だよ」

「だいじょうぶですよ。少なくとも私は、あなたが大人になるまでは生きていますから。二人で背負いましょう」


 ルーアンは、作ったばかりの剣を銀の箱の中に落とした。

 それはオレンジ色にきらめきながら液体の中に溶け込み、やがて同化して区別がつかなくなってしまう。


「大人になるまでって……。あと5年くらいじゃない」

「魔神族として大人になるまで、という意味です。まだ当分はあなたのおそばにいますから。そんな悲しそうなお顔をしないでください」


 ルーアンは、くすくすと七都の顔を眺めて笑う。


「昨日もあなたは、そういう顔をされましたね。私がこの城から去りたいと申し出たとき……」

「だって……。あなたはたったひとりのわたしの身内だもの。お母さんはああいうことになっちゃてるし、あなたがいなくなったら、わたしはこの異世界で、本当にひとりぼっちだ……」

「私が怖いのではなかったのですか?」


 ルーアンが訊ねる。


「夢のせいだよ。あんな夢を見てしまったから……。夢の記憶は、きっとすぐになくなる」

「でも、あなたの夢は事実ですよ。私は自分の姉を剣で刺し貫き、封じてしまったのです」

「あなたは、あなたのつらい役目を果たしただけだよ。たまたまそれが、運の悪いことにお姉さんだっただけだ」


 ルーアンは微笑んで、一瞬ためらった後、七都に向かって手を伸ばした。

 その手は、そっと七都の頭に触れる。

 七都は、目を閉じた。

 さっきまで感じていた恐怖の、最後の残骸を感じなくて済むように。

 そう。ルーアン。わたし、こうやってあなたに撫でてほしかったの。

 ずっとそれに憧れて、それを心に励みにして、ここまで来たの。

 けれども、ルーアンは暗い顔をして、すぐに手を七都から離してしまった。


「ルーアン、初めてわたしの頭を撫でてくれた」


 七都が言うと、彼は、そうしたことを後悔したかのように呟く。


「あなたにこんなことをするのは、許されないことです」

「許されるよ。だって、あなたはわたしの保護者なんだし、たったひとりの親戚の大おじさまなんだし」

「あなたはリュシフィンさまになるべき姫君。私はあなたの臣下なのですよ」

「だったら、あなたがリュシフィンさまになって、わたしを思う存分、なでなでしてくれたらいいじゃない」

「お断りします」


 ルーアンが、にっこり笑って七都に言った。

 七都は、深呼吸をする。

 それから七都は気を取り直し、ルーアンが床に置いた出来立てのエヴァンレットの剣を拾い上げた。

 その柄は、少し熱を帯びていた。

 剣身の中に閉じ込められた金色の回路は、この上もなく神秘的なものに思える。じっと見つめていると、吸い込まれそうなくらいに。


「これ……。壊してもいい? もう必要のない剣だもの」

「どうぞ」


 ルーアンが頷く。


「この中に戻してください。壊さなくても、溶かせばいいのです」

「あなたはこの剣、壊せる? カーラジルトはこれを壊すと寝込んでしまうって言ったけど……」


 七都は、彼に訊ねた。


「彼よりはましですが、でも、あまり積極的には破壊したくはないですね。やはりエネルギーを消耗してしまいますから」

「そう。じゃあ、やっぱり、これを壊すのはわたしの役目だね。わたし、結構平気なの」

「それは頼もしいですね」

「ここから流出した剣は最後の一本まで見つけて、全部破壊する」

「期待しています。出来れば、私が生きているうちにすべて終わらせてくださいね」


 ルーアンが、悲しいくらいに美しく微笑んだ。


「あなたは、まだ当分死なないの! 結構しぶとそうだもの」


 七都が睨むとルーアンは、吹き出しそうになるのを抑えたようだった。


 七都は、箱の中の液体に突き刺すように剣を入れた。

 剣身は液体に同化し、七都の手には回路が浮かんだ柄だけが残される。


「カーラジルトが持っているエヴァンレットの剣は? あれもここから持って行ったもの?」

「彼が持つ剣は、ミウゼリルが与えたものです。彼が生きるための糧を得られるように。そして、あるいはミウゼリルは、自分が狂ったときのためにあれを彼に持たせたのかもしれません。なぜなら、あの剣はミウゼリル自身が新しく作ったものだからです。私では無理だと……。私は姉にあの剣を使ったことを未だに引きずっていますからね。ミウゼリルが心もとなく思うのも当然です」


 カーラジルトは何も教えてくれなかったけど……。

 お母さんがカーラジルトに剣を渡したのは、そういう理由もあるの? 魔神狩人をするために必要なだけじゃなくて。

 自分を見失って暴走したときのため。そうなったら、彼にあの剣で自分を止めさせるため……。


「でも、結局使わずに済んだわけだよね。お母さんは、もうリュシフィンさまじゃなくなったもの」

「そうですね。ミウゼリルの場合はね。けれども、魔王さまは他に六人おられますから。私たち風の魔神族は、これを守っていかなければなりません。たとえあなたがリュシフィンさまにならなくとも、これは背負って伝えていかねばならぬこと。魔王さまが我を忘れて暴走してしまうと、もう誰にも止められません。おそらく、ご自分でも制御できなくなってしまうのでしょう。そうなると他の魔王さまにもどうしようもなくなる。そのときのために剣は存在するのです」

「……重い役目だね……」

「重いですね。でも、大切な役目です」


 ルーアンが、厳かに言った。

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