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第3章 風の城の住人たち 9

 七都が部屋に戻ると、部屋の中は花だらけだった。

 淡い色のたくさんの花たちが、殺風景だった部屋を見違えるような華やかなイメージに一変させている。

 花をバックにして、黒猫の姿のナチグロ=ロビンが、ベッドの上でグルーミングをしていた。

 前足を舐めるたびにチラチラと見える舌の赤が、その部屋の中では、花を押さえていちばん目立っている色になっていた。


「お帰り」


 猫のナチグロ=ロビンが、七都にちろりと顔を向けて言う。

 彼を見て七都は、また「うわ、猫が喋った」と呟きそうになった。

 やっぱり、まだ慣れない。どうしても元の世界の、ただの猫のナチグロのような気がしてしまう。


「この花、どうしたの?」


 七都は、壁沿いに並べられた花々を眺めながら、彼に訊ねた。


「扉の前にあったから、とりあえず中に入れといた。たぶん、ルーアンだろ」

「ルーアンが?」


 七都は、もう一度は花たちをじっくりと観察した。


「これ、庭園に咲いていた花……?」

「プレゼントしてくれたんだよ。ウエルカムフラワーとかさ」


 七都は嬉しくなった。

 自然に笑顔になってしまう。

 こんなにたくさんの花、もらったことがない。

 というか、小さな花束だって、まだ誰からももらったことがないかもしれない。

 誕生日のプレゼントは花束などではなく、高校生である七都にふさわしい雑貨や衣類なのだ。

 それにここにある花は、庭園に咲いているものを適当に持ってきたのではない。よく吟味されて摘まれたものであることがわかる。

 色も香りもそんなにきつくはなく、抑え気味のもの。心が穏やかになるような、やさしい雰囲気のものが選ばれている。


「あ、それから、薬草とカトゥースのお茶も。これはぼくが持ってきたんだけどね。持ってけって言ったのはルーアンだから」


 テーブルの上には、白い陶器のティーセットが一式、乗せられている。ティーポットは二つあった。


「ありがとう」


 彼がさっき言っていた、疲れが取れるというお茶なのだろう。カトゥースの熱いお茶があるのも、七都にはありがたかった。


「ほうら。そんなに嬉しがっちゃって。やっぱりルーアンにぼーっとなってるじゃん。」


 ナチグロ=ロビンがグルーミングを中止して、冷ややかに言う。


「なってないっ!」


 七都は、彼を睨んだ。


「だいたいあなたがあんなことを言うから、よけいにおかしなふうに意識しちゃうんじゃない。暗示にかけるようなこと言わないでくれる?」

「最初に忠告しとかないと、自覚出来ないだろ。気がついたときには、感情がコントロール出来ないくらい重症化してたらまずいし。だけど、おかしなふうに意識しちゃってるってことは、ルーアンが気になり始めてるってこと?」


 ナチグロ=ロビンが、緑が溶け込んだ金色の目で七都をじっと見上げる。


「結婚のこととか、おばあさまの婚約者だったとかいう話を聞かされたら、やっぱり気になるよ」

「気にしなくていいよ。アヌヴィムのオバサマたちはおもしろがっているだけだし、婚約者の件は過去のことだ」

「おばあさまが恋するくらいだもの。素敵な人だってことは、正直に認めるよ」

「じゃあ、『素敵な人』で止めとくんだね。とにかく、ルーアンはだめだからね」


 ナチグロ=ロビンはそう言って、グルーミングを再開させた。

 その時、ばさっという音が、扉の外でした。

 ナチグロ=ロビンは飛び上がり、せっかくグルーミングして整えた毛が、けばけばに逆立ってしまう。


 七都は、扉を開けてみた。

 扉のそばに、カトゥースの花がいっぱい入った大きなかごが置かれていた。

 カトゥースの回りには、あの透明な蝶たちが、ひらひらと飛び回っている。


「ルーアン?」


 七都は廊下を眺めたが、そのどこにも人影はなかった。もちろん彼は、魔力を使ってすぐに移動してしまったのだろう。

 七都がカトゥースのかごを部屋の中に入れると、蝶たちも残らずくっついてきた。


「へえ。やっぱり気がきくね、ルーアン。蝶も付けて」


 ナチグロ=ロビンが、背中を舐めながら言った。

 それから彼は、カトゥースの束を抱きしめている七都を横目で見て付け加える。


「ほら。さっきよりももっと頬が染まって、さらに嬉しそうだ」

「いろいろと気遣ってくれる彼の心が嬉しいの! やっぱり彼もいい人みたいなのが嬉しいんだったら!」


 七都は言い訳がましく、グルーミングを続けるナチグロ=ロビンに叫んだ。


「あっそ。ならいいけど。ところで、それ、さっきから光ってるんだけど?」


 ナチグロ=ロビンが、猫にしては不自然な人間っぽいジェスチャーで、テーブルを示す。

 そこには、猫の目ナビがあった。浴室に入る前に、七都がはずして、テーブルの上に置いたのだ。

 ナビの金色の目が、ちかちかと光っている。呼吸をするように、あるいは蛍が発光するように、ゆっくりと規則的な青色の光が、猫の目の奥に瞬いていた。


「メールでも来てるんじゃないの?」


 と、ナチグロ=ロビン。


「あれはケータイじゃないからね。単なるナビだよ。そんな機能はないの!」


 七都は、ナビに手を伸ばした。


「でも、何で光ってるんだろ。今までこんな光り方したことないのに」


 七都がナビを覗き込んだ途端、光の色が変化して拡大した。

 銀色がかった白い光の中に、映像が浮かび上がる。

 ナチグロ=ロビンが、ベッドから転げるように床に移動した。


「エルフルドさま! ジエルフォートさまっ!!」


 光の中に、アーデリーズとジエルフォートが寄り添って立っていた。

 額に金の冠を輝かせた二人は、驚く七都を楽しげに見つめている。

 アーデリーズは、七都と別れたときの美少女の姿のままだった。冠も、七都が変えた童話の中の王女さま風の冠だ。


「どこに行ってたのよ、ナナト。どれだけ待たせるの」


 アーデリーズが不満そうに、けれども微笑みながら言う。


「ナナトも自分の都に帰ったのだから、いろいろと忙しいのだよ。ね?」


 ジエルフォートがフォローしてくれる。

 七都は、二人の魔王に丁寧に頭を下げ、お辞儀をした。


「ジエルフォートさま! このナビ、こういうことも出来るんですか? 立体映像付きの通信が出来るなんて……!」

「この間、こういう機能も追加しておいた。何かと便利だと思ってね」


 七都は、思わず手のひらの上のナビを見下ろした。

 やっぱり、知らないところがバージョンアップしている。


「ありがとうございます。びっくりしました」

「だろう?」


 ジエルフォートが、ははっと明るく笑う。


「ナナト、無事に風の都に着いたのね。よかったわ。反応しないから、心配したのよ」


 アーデリーズが、少し眉を寄せて言った。


「ごめんなさい。これ、部屋にずっと置きっぱなしだったの。でも、アーデリーズ。その姿って……」


 七都は、アーデリーズをじっと眺めた。彼女は、はずかしさをごまかすように肩をすくめる。


「気に入ったから、あれ以来ずっとこのままだわ。この人も、そんなに嫌がらないから」

「そうなんですか、ジエルフォートさま? わたしくらいの年齢の女の子は、苦手だったんじゃ……」


 七都がジエルフォートに訊ねると、彼は決まり悪そうに頷いた。


「いや。案外いいもんだね。新鮮で。私も気に入ったよ」


 ジエルフォートの言葉にアーデリーズは、少女らしい輝くような愛らしい笑顔を見せる。

 それから彼女は、気品に満ちた真面目な顔をして、七都に質問した。


「ナナト。リュシフィンには会えたの?」

「支障がなければ、私たちも会いに行こうかと話しているところなのだが」


 ジエルフォートが言う。


「それが……。いないんです。風の魔王リュシフィンは、今はいません。玉座は空です」

「どういうこと?」


 七都は、手短に二人に説明した。

 玉座には冠だけが浮かんでいること。七都の母が前のリュシフィンだったこと。今は時の魔王の宮殿にいるらしいこと。

 そして、ルーアンに次期リュシフィンが七都なのだと言われていること。

 けれども、七都はルーアンがなるべきだと思っていること……。


「あなたがリュシフィンになるの? なんて素敵!」


 アーデリーズが嬉しそうに言った。

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