第30話 私が選ぶ場所
クロウがハルバードの石突を、領主館前の石畳へ立てた。
《領都》
《制圧可能》
表示へ意識を向ける。
クロウが制圧を実行した。
淡い線が、領都全体へ広がっていく。
破壊された西の正門。
高い城壁。
戦いの跡が残る大通り。
中央広場。
倉庫。
井戸。
領主館。
線は建物と街路を順番になぞり、閉ざされた東門まで到達した。
《領都 制圧》
《所属ギルド レイヴン》
領都全体が、ギルド《レイヴン》の管理範囲へ組み込まれていく。
クロウの指示を受けた軽装槍兵が城壁へ上がった。
領主家の旗が下ろされる。
長く領都を支配していた領主家の印が、城壁の上から消えた。
ミオは周辺マップを開く。
エルク拠点。
リード村。
街道沿いに確保した集落と砦。
そして領都。
西から東へ延ばしてきた道が、これまでで最も大きな拠点へつながった。
さらに西側には、レイヴン前哨拠点と西の廃坑がある。
エルク拠点から始まったギルド《レイヴン》の支配地は、もう一つの村だけではなかった。
「広いです」
ミオは領都を見回した。
エルク拠点とは、施設の数が違う。
城壁。
門。
街路。
市場。
作業場。
兵舎。
複数の倉庫。
一つずつ確認していては時間がかかる。
だが、優先順位は決められる。
「先に防衛を整えます」
ミオは領都戦を生き残ったレイヴンの兵士を動かした。
軽装槍兵を西の正門と東門へ。
農民兵を大通りと倉庫の周辺へ。
城壁上の見張り台にも兵士を配置する。
領都に残っている者たちは、まだレイヴンのユニットではない。
ユニット化するまでは、兵士や労働ユニットのように指示を出すことはできなかった。
「東へ逃げた兵士が戻る可能性があります」
ミオは言った。
「避難した人たちと合流して、領都を取り返しに来るかもしれません」
「偵察は?」
「農民兵を一体、東の分かれ道まで確認に出します」
「任せる」
クロウは破壊された西の正門を見上げた。
門扉は内側へ倒れたままになっている。
見張り台の一部も損傷していた。
「門は直せるか?」
「応急修理なら始められます」
完全な修復には、さらに資源が必要になる。
それでも西の廃坑から鉄材は運ばれている。
街道沿いに確保した場所にも、木材や石材を置いてある。
「先に領都の倉庫を確認します」
「それでいい」
領主館の前には、戦いの後に回収された武具が集められていた。
剣。
槍。
盾。
壊れた金具。
折れた柄。
その中には、領主が使っていた剣もある。
ミオは一度だけ、その剣を見た。
領民を逃がすために残った領主。
自分が助かるためではなく、他人が逃げる時間を作るために戦った。
正しかったのだと思う。
少なくとも、弱い一人を差し出して自分たちだけ助かろうとしたエルク村の者たちとは違った。
それでも、ギルド《レイヴン》の前に立った。
そして負けた。
領主の剣をここへ残していても、領主が戻るわけではない。
「回収してください」
ミオが命じた。
労働ユニットが武具を荷車へ積んでいく。
領主の剣も、ほかの武器と同じ場所へ載せられた。
まだ使える物は装備として残す。
壊れた金属部分や木材は、処理できる物を資源へ回す。
その方が、今の領都には役に立つ。
◇ ◇ ◇
領都には、複数の倉庫があった。
市場の近く。
城壁の内側。
領主館の裏。
一か所を失っても全ての備蓄が使えなくならないよう、物資が分けて保管されている。
ミオは倉庫の入口に残された記録板を確認した。
どこに何が保管されているか。
いつ運び込まれたか。
どれだけ使われたか。
古い記録を消さず、順番に書き足してある。
避難の際に、多くの糧食と薬草は東へ運び出されていた。
それでも、持ち出しにくい木材や石材、城壁補修用の資材は残っている。
金具や工具もあった。
「よく整理されています」
ミオが言った。
「使えるか?」
「はい」
物資の分散。
井戸の管理。
街路の修理。
備蓄の記録。
カナタと領主が、領都を維持するために整えてきた仕組みだった。
「変える必要のない部分は、そのまま使います」
目的が違っても、使える仕組みまで壊す必要はない。
ミオは労働ユニットへ指示を出した。
木材。
石材。
鉄材として使える金属類。
繊維として処理できる布や縄。
登録できる物は整理し、今後の建設や前線設備へ回せるようにする。
糧食と薬草は現物のまま倉庫へ保管する。
必要になれば、荷車で運ぶ。
領都戦で消費した資源の一部は、残された備蓄で補うことができた。
「西門の修理を始めます」
「見張り台は?」
「石材に余裕ができてから直します。先に門です」
「ああ。任せる」
労働ユニットが西の正門へ向かう。
倉庫に残された物は、領都の人々が長い時間をかけて集めた備蓄だった。
冬に備えた物。
道を直すための物。
城壁を補修するための物。
今は、ギルド《レイヴン》が領都を維持し、その先へ進むために使う。
カナタたちが整えた仕組みは残る。
ただ、その仕組みを使う者が変わった。
◇ ◇ ◇
領主館の大広間には、降伏した領都兵と、領都に残った住民たちが集められていた。
東門から多くの者が避難している。
ここに残った住民は、領都の規模に比べれば多くない。
負傷して避難できなかった者。
東門へ向かう途中で取り残された者。
最後まで領都に残った者。
降伏した兵士たちも、武器を取り上げられている。
重傷者には、死なないための薬草を使わせていた。
殺す必要はない。
生きていれば、ユニット化して役割を与えられる。
ミオは二階の回廊から、大広間へ集められた者たちを見下ろした。
領主の死を受け入れられない者。
東へ逃げた家族を心配する者。
怒りを押し殺している者。
助かる方法を探して周囲を見る者。
それぞれ違う顔をしている。
「配置は?」
隣に立つクロウが尋ねる。
「全員、ユニット化します」
広間から声が上がった。
降伏したのだからやめてほしい。
命令には従う。
領都から逃げない。
東へ情報も渡さない。
ミオは訴えを最後まで聞かなかった。
「ユニット化せずに残す理由がありません」
広間が静まる。
「今は従っても、後で変わる可能性があります」
誰かが叫んだ。
「俺たちは約束する!」
「確認する方法がありません」
それ以上の説明は必要なかった。
説得しているのではない。
領都を管理するための判断を伝えただけだった。
ミオは、必要な役割を順番に決めていく。
盾を扱っていた兵士は盾兵へ。
槍を扱っていた兵士は軽装槍兵へ。
弓を使っていた兵士は弓兵へ。
兵士に回せる住民は農民兵へ。
ほかは労働、採取、厨房へ分ける。
倉庫の整理。
物資の記録。
薬草や糧食の保管。
荷車への積み込み。
門や街路の修理。
そうした仕事は労働ユニットに任せる。
帳簿を扱っていた者も、労働ユニットとして倉庫の記録を続けさせればよい。
領都ほど大きな拠点では、必要な仕事も多い。
「配置を確定します」
ミオはクロウを見る。
「実行してください」
「ああ」
クロウが操作した。
淡い光が、大広間全体へ広がる。
回収した武具と、登録済みの鉄材、木材、繊維が必要な役割へ割り当てられていく。
泣き声。
怒号。
助けを求める声。
離れた場所にいる家族の名を呼ぶ声。
それらが、光の中で消えていく。
姿が変わる。
武器を持つ者。
道具を持つ者。
決められた役割に合わせ、列が整っていく。
領主の名を叫んでいた兵士は、盾を持って無言で立った。
東へ逃げた家族の名を呼んでいた者は、労働ユニットとして次の命令を待っている。
逃げたいと訴えていた男は、農民兵として列へ加わった。
光が消えた。
大広間に残ったのは、役割を与えられたユニットだった。
誰も命令を拒まない。
領主の身体がどこにあるのか尋ねる者もいない。
東へ逃げた者を追いたいと訴える者もいなかった。
ミオは配置を始める。
「盾兵と弓兵は城壁へ」
兵士の列が動く。
「軽装槍兵は西の正門と東門へ。農民兵は大通りと倉庫周辺を巡回してください」
次の列が広間を出る。
「労働ユニットは、西門と街路の応急修理へ」
さらに指示を出す。
「別の労働ユニットは、各倉庫の整理と物資の記録を始めてください」
「厨房ユニットは、兵士と作業ユニットの食事を用意してください」
止まっていた領都の各所で、ユニットが動き始める。
領主の命令ではない。
領都の者たちの話し合いでもない。
ギルド《レイヴン》の指示と、ミオの配置に従って。
◇ ◇ ◇
領主館の執務室は、レイヴンが領都を管理するための指揮所として使うことになった。
領主が使っていた机には、各地の紙地図や帳簿が残っている。
周辺の村。
街道。
騎士団の配置。
交易先。
各地から届いた書状。
カナタが作った改善案もあった。
壊れた井戸。
補修が必要な街道。
地域ごとの収穫量。
薬草の保管方法。
倉庫の分散。
一枚ずつ、丁寧に記されている。
「情報量が多いです」
ミオは紙地図と帳簿を照らし合わせた。
自分たちが使ってきた地図へ、新しい街道と地名を書き加えていく。
自動的に周辺マップへ取り込まれるわけではない。
どこに何があるのか。
どの道がつながっているのか。
紙の記録を読み、自分で整理する必要がある。
それでも、以前のミオなら理解できなかった情報が、今は用途ごとに見えた。
領主が治めるために集めた地図。
カナタが人々の暮らしを良くするために残した記録。
ミオには、次にどこへ進めるのかを考えるための資料に見えていた。
「領主館は、このまま指揮所に使えます」
「広場は?」
「兵士の集合と部隊編成に使います。兵舎も残します」
倉庫は物資の保管。
治療所は薬草の保管と負傷兵の処置。
市場周辺の作業場は、装備や必要な道具の整備。
井戸と排水設備は、労働ユニットに維持させる。
新しい施設を一から作るより、残った物を使う方が早い。
「もう初心者じゃないな」
クロウが言った。
ミオは紙地図から顔を上げた。
「クロウさんが教えてくれたからです」
「俺は基本しか教えてない」
「それで十分でした」
画面の開き方さえ分からなかった。
資源の意味も。
兵士の動かし方も。
拠点化も。
何も知らなかった。
今は、領都ほど大きな拠点でも、最初に何をするべきか判断できる。
兵士をどこへ置くか。
労働ユニットへ何を任せるか。
採取ユニットをどこへ送るか。
厨房でどれだけの食事が必要か。
どの倉庫に何を置き、何を前へ送るか。
一つずつ決めればいい。
「内政を任せて正解だったな」
クロウが言った。
その言葉は、村で聞いたどんな言葉よりも重かった。
村では、何もできないと決めつけられた。
最後には、山賊へ差し出された。
クロウだけが、ミオをプレイヤーとして見た。
内政を任せた。
そして今も、その役割を必要としている。
「これからも、内政は私が見ます」
ミオは言った。
「クロウさんは前へ出てください」
「ああ」
「拠点と兵士の配置は私が決めます。必要な物資も前へ送ります」
「頼む」
クロウは迷わず答えた。
優しい言葉ではない。
ミオが役割を果たすと知っているから、任せている。
それで十分だった。
◇ ◇ ◇
夕方までに、西の正門の応急修理が始まった。
完全には閉じられない。
城壁にも、まだ戦闘の傷が残っている。
それでも、最低限の防衛と物資の管理は始まっていた。
城壁では盾兵と弓兵が見張りに立つ。
大通りでは農民兵が巡回する。
労働ユニットが倉庫の物資を整理する。
厨房ユニットが食事を用意する。
別の労働ユニットは、壊れた門と街路を直していた。
領都は、以前とは違う形で動き始めている。
家族を探す声はない。
領主の命令を待つ者もいない。
全員が与えられた役割どおりに動いていた。
ミオは領主館の窓から街を見下ろした。
高い城壁。
広い街路。
多くの建物。
複数の倉庫。
兵士を置ける兵舎。
大量の物資を受け入れられる施設。
ここを本格的に使えば、これまでより大きな兵力を維持できる。
前線へ送る物資も増やせる。
領都を取ったことで、ギルド《レイヴン》はさらに遠くまで進めるようになった。
「悪くなかったな」
背後でクロウが言った。
黒い鎧に残った傷を確認しながら、ハルバードの斧刃を拭っている。
「領都戦ですか?」
「ああ。門も防衛線もあった。兵の数も多かった」
倒した領主を悼む声ではない。
難しい攻略を終えたプレイヤーの声だった。
「カナタさんは?」
「格下だ」
クロウは迷わず答える。
「けど、手札は多かった。もう少し育ってれば面白かったかもな」
勝敗が危うかったわけではない。
カナタが何を考え、どのように戦うのかを見る価値があっただけだ。
「次は、もっと強い相手がいるといいな」
クロウは手入れを終えたハルバードを肩へ担ぐ。
領都戦は、すでに終わった戦闘だった。
興味は次の相手へ移っている。
「次はどうするか」
領主が使っていた大きな机へ、広域地図が広げられていた。
ミオは地図の前へ立つ。
領都の周囲だけではない。
さらに遠くの地域まで記されている。
北には、別の領主が治める地域と、騎士団の本部。
南には、大きな宗教勢力の拠点。
東には、関所と宿場を通って王都へ続く主要街道。
南東には、交易船が集まる港町。
北東には、複数の鉱山が記された地域。
それぞれの場所には、人が暮らしている。
領主がいる。
騎士がいる。
信仰を持つ者がいる。
家や仕事を守ろうとする者がいる。
以前のミオなら、最初にそう考えただろう。
今も、それが分からなくなったわけではない。
リード村では、レンとサヨが死んだ。
領都では、領主とカナタが死んだ。
東へ逃げた者たちもいる。
この先へ進めば、また抵抗する者が出る。
クロウが戦う。
敵を倒す。
残った者たちに、自分が役割を与える。
そして、制圧した場所を次へ進むための拠点に変える。
同じことは、これからも続く。
ミオは地図を見つめた。
それでも。
視線は北東で止まった。
複数の鉱山。
領都から続く街道。
鉄材と石材を増やせる可能性。
そこを確保すれば、兵士の装備を増やせる。
前線設備も作れる。
さらに先へ進むための資源も集められる。
そこにも、人が暮らしている。
取られることを拒む者もいるだろう。
戦う者もいる。
逃げる者もいる。
それでも、ミオが最初に考えたのは、そこを取った後のことだった。
どれだけ資源が増えるか。
どこへ兵士を置くか。
どうやって物資を運ぶか。
次は、どこまで進めるか。
クロウが前で戦う。
自分が後ろで、兵士と物資を配置する。
制圧した場所を整え、次へ進める形に変える。
それが今の自分の役割だった。
そして。
もう、次に進む場所をクロウに決めてもらう必要もない。
ミオは地図の北東へ指を置いた。
鉱山がいくつも記された地域。
その先には、まだレイヴンが支配していない土地が広がっている。
ミオは指を置いたまま、クロウへ告げた。
「次は、この鉱山地帯を取りましょう」




