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切り取る

翌日の正午ごろ、司令部前の広場でジュリアンが行きかう人の顔を見ながら立っていた。


しばらくしてソムナリアが現れた。ジュリアンはソムナリアのもとに駆け寄った。


「ソムナリアさん、今日はよろしくお願いします」


「よろしくね」


ジュリアンはソムナリアの周囲を見た。


「あの、もう一人の方は?」


「ベルンハルト?彼には待ってもらってるよ」


ソムナリアはジュリアンに背中を向けた。


「試験場に行くよ。ついてきて」


「はい」


ソムナリアが歩き出すと同時に正午の鐘が鳴り始めた。


ネバーベント都市内部でもさびれた地域に魔術試験場がある。試験場はさらに細かい区画に分かれている。その一つに二人は入った。区画の中には、大きな出入口が開いている木造の小屋だけがある。


ジュリアンは区画内を見回している。


「こっちに来て」


ソムナリアは小屋の中からジュリアンを呼んだ。大きく扉が開かれ、中に机と椅子だけが置かれている。


ジュリアンが机に使づくとベルンハルトが物陰から現れた。


「お、来たね」


それだけ言って、ベルンハルトは椅子を二脚、小屋の外に持ち出した。ソムナリアは作業台に向かって座っているジュリアンに近づいた。


「準備はいい?」


「はい」


「机の上の手紙にはトラップがあると思われます。このトラップを外して、司令官に渡します。いい?」


「はい」


ジュリアンがうなずいた。


「さて、まずはどうするかな?」


「マナ感知器で確認します」


「その前に、マナがある可能性があるなら、ウェラが出ないように手袋着用ね」


「あ、そうでしたね」


ソムナリアはジュリアンの口元を見つめた。


「ちゃんとしておかないと爆発しちゃうよ?」


ジュリアンは黙ってうなずいた。


ジュリアンは手袋を着用したうえでマナ感知器を取り出した。


「手紙全体……封蝋……谷折り……」


ジュリアンがつぶやきながらマナ感知器をかざしていく。


「マナは出てます。これは間違いないです。でも……」


「どこから出てるか分かりにくいかな?」


「はい……封蝋からは出てないと思いますが……」


「その考えはダメだよ」


ソムナリアの言葉を聞いて、ジュリアンはソムナリアの顔を見つめた。


「封蝋は分厚いよね?いくらでもマナを隠せるよ」


「あ……」


ソムナリアは薄く笑みを浮かべた。


「それに手紙を開く際に真っ先に封蝋を取り除くから、トラップにしやすいよ」


「はい……」


ジュリアンがうなだれながらへんじをした。


「じゃあどうする?」


ジュリアンは腕を組んで斜め上の空を見た。小鳥がちょうど飛んでいくのが見えた。


「……切り取ります」


「そう」


ソムナリアは表情を戻して返事をした。


「じゃあ切り取って。ただしマナバッグを切らないようにね」


「……はい」


ジュリアンは道具袋から刃物とピンセットを取り出して、封蝋部分を切り取り始めた。ソムナリアは表情を変えずに黙って見つめている。


ジュリアンは封蝋の近くに切れ目を入れ、少し刃物を動かしては止めて、様子を見る。また刃物を動かして、止める。これを何度も繰り返した。


ソムナリアは黙ってジュリアンの手を見ている。視線は全く動かしていない。


「ふうー」


ジュリアンが封蝋の周囲の羊皮紙を切り終えて、大きく息を吐きだした。ソムナリアが一拍置いてかジュリアンに向かって口を開いた。


「大丈夫だね。ここまではいいよ」


「はい。ありがとうございます」


「まだ全く終わってないよ」


ソムナリアは口元を引き上げた。


「これからが本番だよ?」


ソムナリアは手紙を指さした。


「何度も折りたたまれてるでしょ?」


「はい……?」


ジュリアンは首を一度かしげてからうなずいた。


「この谷になっているところを中心に、いくらでもトラップが作れるからね」


「そうですね」


ジュリアンは眉をしかめながらうなずいた。


「ウェラバッグを仕込んでおくの。開いたらウェラが出るよね?」


「はい。なので、ウェラとマナとが接触して発火したらマズいんですよね?」


「そう。気を付けてね」


ソムナリアはジュリアンの肩を軽く叩いた。


ベルンハルトはソムナリアの様子を見ていたが、少し声が出た。


「すこしずつ折り目を開いて、確認して、また折り目を開いて、というのを繰り返すの。いい?」


「はい……」


ジュリアンは口角を引きながらうなずいた。


「じゃあやってみて」


ソムナリアの声に合わせて、ジュリアンは右手にピンセットを持ち、左手に細い木製棒を持って、作業を開始した。


ソムナリアは傍らに立ってジュリアンの様子を見ていた。


「ちょっと待って。動かないで」


ソムナリアが言うと、ジュリアンは言われた通りに手を止めた。ソムナリアが近づく。


「右手のピンセットはもう少し立てて」


ジュリアンは言われた通りにした。続いて、ソムナリアは中腰になって、ジュリアンの左手に手を伸ばした。


「左手の抑え棒は、人差し指と親指で挟むの……」


ソムナリアはジュリアンの左人差し指と親指に軽く触れた。


ベルンハルトは咳払いをしつつ右下に視線を移した。


「いい?」


「あ、はい……」


「ちゃんとして」


「はい!」


ジュリアンが元気よく答えた。ソムナリアが立ち上がった。


「じゃあ続けて」


「はい!」


ジュリアンの手が再び動き出した。


ソムナリアは表情を崩さずにジュリアンの動きを見続けている。ベルンハルトはソムナリアの集中しているまなざしを見ている。


「ふう……」


ジュリアンが一つの折り目を開き切って、大きなため息をついた。


「よし。いいよ。あとは最後の折り目まで来たら呼んでね」


そういうと、ソムナリアはベルンハルトの近くに引いた。


「この椅子、座っていいよね?」


「いいけど」


ベルンハルトは、ソムナリアに視線を合わせないでつぶやいた。ソムナリアは腰かけた。


「もう見なくていいの?」


「ん?もういいよ」


「爆発したりとかしないの?」


ソムナリアは薄く笑って見せた。


「最後の折り目までは絶対に爆発しないよ」


ソムナリアはそこまで言うと、あくびが出そうになったが、かみ殺した。


「起きてなきゃ……」


それからしばらく、ベルンハルトは、ソムナリアの身体の揺れを見ながら、倒れないように手を差し出そうとしたり止めたりを繰り返した。


ジュリアンは、ゆっくりと、でも確実にトラップの探索を進めている。


「あれ?ウェラ袋がある……?」


ジュリアンの手が止まった。最後の折り目を開く直前である。ソムナリアが呼ぶように言いつけていた箇所まで来ていた。ソムナリアの方を見ると、彼女は寝ているように見えた。


「ソムナリアさんは寝かせておいてあげよう……」


そうつぶやくと、ウェラ袋の除去に取り掛かった。


「ん……あれ?」


ピンセットでウェラ袋をつまもうとすると、今にも破れそうに感じた。


「これ、どうしたら……」


ジュリアンは何度もちらちらとソムナリアを見た。そしてようやく、ソムナリアがジュリアンの視線に気づいた。


「ん?」


ソムナリアはジュリアンの表情で状況を悟った。勢いよく立ち上がったが、ゆっくりとジュリアンのもとに歩いた。


「最後の折り目まで行ったんだね」


「はい。呼ぶように言われてたけど、ソムナリアさんが寝てたから、自分でどうにかしようと……」


ジュリアンの声がうわずっている。


「分かった。とにかく動かないでね」


そう言うと、ソムナリアは極細い金属棒を取り出した。


「このウェラ袋は、これですこしずつはぎ取るの。ちょっと左手いい?」


ソムナリアはジュリアンの左手に手を添えた。


「左手は絶対に動かさないでね。ここは私がするから。右手もあまり動かさないで。」


ソムナリアは金属棒で少しずつウェア袋の付近の羊皮紙の繊維を浮かせていった。


ジュリアンはソムナリアの手元に視線を移し、彼女の手の動きをぼんやりと見ていた。


ほどなくしてウェラ袋が取り外された。


「申し訳ありません。最後は全部ソムナリアさんにまかせてしまいました」


ジュリアンがウェラ袋を見つめながら小声で言った。


「仕方ないよ。まだ一人でできるところじゃないんだから。」


ソムナリアの言葉にジュリアンが視線をさらに落とした。


「それよりも、判断が甘かったのが気になった。」


ジュリアンは黙ったまま目を閉じた。


「魔術士に必要なのは技術力よりも、冷静な判断。できないことをできると思わないこと。いい?」


「……はい」


ジュリアンの返事を待ってから、ソムナリアはジュリアンの手を取って立ち上がらせた。


「今日はこれでおしまい。お疲れ様。」


ソムナリアはジュリアンの肩を叩いた。ジュリアンは泣きそうな顔になりながら笑みを見せた。


「じゃあ片付けましょう。ベルンハルト……」


ソムナリアが振り返ったが、ベルンハルトは二人に背中を向けていた。


「ベルンハルト、片付けよう」


「あ、うん」


ベルンハルトは背中を向けたまま立ち上がった。


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