表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

誰もいない教室

魔術教室の生徒は、みな帰った。


茜色の光が教室の中に差し込んでいる。窓辺に吊るされたドライフラワーが、かすかに揺れた。


外から足音が近づいてきて、ドアの前で止まった。少しの静寂。


トントン。


ノックの音がする。中からは何の返事もない。


しばらくして、またノックがあった。


トントントン。


それでも、教室の中は静まり返ったままだ。


ドアの外で、男が直立していた。男はドアノブに手を掛ける。


ギイッ。


ドアが、少しだけ開いた。


「ソムナリア、いるかな?」


男は教室の中をのぞき込んだが、見えるのは机と椅子だけだった。


「……入るよ?」


返事を待つが、何も返ってこない。


ギイーッ。


ドアが開き、男が足を踏み入れる。


机の近くに、足とスカートが見えた。上半身は机の影に隠れて、よく見えない。


「ソムナリア……」


男は下を向いて声をかけた。しかし、女は動かない。


「ソムナリア……起きてるよね?」


影の中で、女がかすかに瞬きをしたようにも見えた。


風が吹き込み、机の上の書籍のページがめくれる。


ソムナリアが、ごく小さな声を漏らした。ゆっくりと上半身を起こす。顔、首、胸元が、少しずつ夕日に照らされていく。


男は言葉を探した。そして、小さく口を開く。


「……やあ」


「ソムナリア、こんにちは……」


ソムナリアは、その挨拶にうなずいて応えた。


沈黙。


男が、もう一度口を開く。


「こんにちは」


ソムナリアは首をかしげた。


「……そうだよね。挨拶、二回目だよね……」


男は視線を落とし、しばらく黙ったあと、また顔を上げた。


「ソムナリア……いや、なんでもない」


ソムナリアは、男の足元を見つめていた。


再び、沈黙が落ちる。


男は眉をしかめ、話し始めた。


「俺、ベルンハルトだよ」


ソムナリアは黙ってうなずいた。


「近くに寄ったからさ。魔術教室って、どんなところなのかなと思って」


ソムナリアは、また首をかしげる。


「……昼に来るべきだよね」


ベルンハルトは、うなだれた。


沈黙。


ベルンハルトは小さく息をつき、再び口を開いた。


「あのさ……手紙を運ばないといけないんだ……」


ソムナリアは、ぼんやりとベルンハルトを見ている。その視線に押されるように、ベルンハルトは言葉を継いだ。


「……関係ないと思うよね。でも、ソムナリア……君に同行してもらえたらなって……」


ソムナリアは、窓の外へ視線を遣る。


ベルンハルトは、少し上気した様子で言った。


「手紙を運ぶ任務なんだ。魔術士の同行が必要でさ」


ソムナリアが、急に顔を向けた。


「……手紙なのに?」


「そうなんだ。手紙を運ぶだけなら、俺一人で行ける。でも……魔術士なんだ」


ソムナリアは右の掌を顎に当てる。


「手紙と、魔術士……やっぱり、おかしい……」


ソムナリアはベルンハルトを一瞥し、すぐに壁へ視線を戻した。


「……おかしいと思うよね?」


ベルンハルトが尋ねると、ソムナリアは壁を見たまま、うなずいた。


しばらく、静寂が辺りを支配する。


ベルンハルトは、ソムナリアの様子をちらり、ちらりと何度か窺った。


「……どうしたの?」


ソムナリアは、首を横に振る。手を下ろし、視線を床に落とした。


ベルンハルトは少し間を置き、ゆっくりと話し始める。


「ファラリス年代記中巻というのが……」


その言葉に、ソムナリアはすぐ顔を上げた。目が大きく開かれている。


夕日が、ベルンハルトとソムナリアの影を引き伸ばし、教室の床に落としていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ