あかい実 後日談その一 ~アミが愛する人~
「アミ。」
ガドラは走りまわる娘を呼ぶ。アミは六歳になった。元気に走りまわるアミが年をとるごとに、ユミに似て、とても美しく、婚姻の話はすでにきていた。
その一人が、隣国の王子だ。ユミの優秀さは伝わっており、その一人娘のアミを嫁にもらいたいと願い出ていた。一方の現国王であるアウリア女王は、アミとの婚姻は、アミの自由であることをガドラと隣国の王子に伝えている。
ガドラは妹、アウリアの言葉をありがたく思っていた。彼女は、長男が今も暴挙に出る可能性を考えていた。精神的に心が落ちていたものの、ユミが亡くなったことを知った頃から、徐々に男爵という名ではなく、元王子という名を使いながら、活動しているらしい。アウリアの危惧を、ガドラも感じていた。
「アミ。」
「はい、お父様。」
綺麗な碧い瞳が父親の顔を映した。
アミはにっこりと微笑みながら、父親が何かを言いたそうな顔しているのに気がついた。
「お父様。アミに何かご用が、ありましたか?」
たどたどしいアミの言葉に、ガドラは、はっとした。
「アミの幸せは、アミが決めると思っている。父親であるから、とかではなく・・・。アミ。お願いがある。」
ガドラはかがみ込み、アミの前で片膝をついた。
「父様はアミとの縁談を、迫られている。兄上の息子と、だ。」
「・・・う、う・・ん!お父様。私の旦那さまは、お父様が知っている人だよ!」
アミは首を傾げ、状況を飲み込んだ。そして、首振った。
アミの婚約者は、ガドラとアウリア女王の望んだように、アミが選んだ男児に決まっていた。将来の夫は領地の魔道士として生活している爵位もない、ただの領民の息子だった。
「あぁ。彼以外、私も考えていない。」
この地に住んで、ユミとの生活も、彼らが守ってきてくれた。そして、アミの命を守った彼らを守ると決めている。
「明日、バルトがくるわ。」
アミは明日の予定を言う。
婚約者のバルトは、学校で魔導を教える先生の息子だ。アミも魔導を習うために学校へ行っており、すでに習得している。そこで出会い、連絡を取り婚約者になった。同い年で、まだ六歳だが、お互いにもう未来の夫婦だと言っている。
この国の結婚は早い。縁談も早い。それは死が身近にあり、若いうちに結婚し、子を残すためでもある。この国の未来のために早くにお見合いをする。
「アミ。兄上の息子がもしも来た場合は・・・」
「魔導で追い払う!」
アミはにっこりと笑った。赤い髪がチリチリと燃えている。
ーあぁ、ユミ。君の娘はとても強いよ。
「追い払って、チリにするわ!」
ーー強すぎる・・・、が。私も、絶対に守る。
アミの魔導でこの土地は何度も救われている。魔物が押し寄せてきたとき、彼女はたった四歳で唱えた魔導が、魔物を焼き払っている。彼女の炎を扱う力は、人に使う時は温かさに満ち、魔物への容赦ない炎の力は狂気と呼ばれた。この領地に住む者は彼女を三つの名前で呼んでいる。
人を愛する炎の魔人。魔物を成敗する怒りの炎。領主の美人娘。
アミは美しい。それは、アミもよく理解していた。母と同じように燃えるような赤い髪。その姿を受け継いだわけではなく、力も受け継いだ。母はこの領地をとても大事にしていた。そして、何かあったときには母の力が人も土地も守った。
アミは母と同じ気持ちをも受け継いだ。領地に住む人との縁は、アミの宝だ。だから、魔物とも戦う。それが、悪害である従弟であっても同じ。自分の宝を傷つける奴は、アミの敵だ。
「お父様が心配することは、よくわかる・・・。」
ロア元王子の息子がロア元王子にそっくりだと聞いていた。一度だけ会い、挨拶したが、上から目線で、自分の身分を大いに勘違いしていた。元王子の父親を誇張し、本人は王子という肩書きを自らも持っているかのように吹聴していた。周りは冷ややかな対応をしているが、自分のことを理解していなかった。
翌日、アミの屋敷にバルトが予定通りやってきた。
「アミ!会いたかった!」
バルトは、やってくるなり、アミを抱きしめた。アミもお出迎えと同時に走り寄った。お互いに想い合う二人を、全員が優しく見守っていた。
その時だった。屋敷に荒々しくもう一台の馬車がやってきた。きらきらと豪奢に彩られた馬車だ。
「失礼する!」
馬車の中から、すぐに声を出して、出てきたのは、ロア男爵だ。男爵領は国の中でも南の方にあり、かなり遠い。それでも急ぎでやってきたのだろう。男爵と友に馬車から降りてきたのは、彼の息子のミルアンだ。彼の身につけている服は身分と不相応なほど豪奢で高価な物を身につけていた。そして、彼は赤いバラを携えている。
「アミ!今日は、僕から素晴らしいことをしてあげようと思う!僕と、結婚をしましょう!」
ミルアンは赤いバラを抱え、アミに押しつけた。
「お断りしますわ!」
アミはバラを払いのけた。
「私の結婚相手はバルトただ、一人。頭の可笑しい人はお帰りください!」
彼女は燃える炎をミルアンの顔の左側に向けた。チリリ、と髪が少し燃える。
「うわわわあっっああああ!!!!!」
ミルアンは後ずさり、父親のロアは顔を青ざめて自分の顔左分を手で押さえた。叫ぶことはないものの、思い出す過去を頭から振り払おうとした。
ミルアンの無様な叫び声が響いた屋敷の門前に、ガドラがやってきた。ガドラは屋敷の裏にある庭にいたのだが、騒がしい声と、執事が慌てて呼びに来たので、やってきたのだ。
「これは・・・。ロア男爵。失礼にも程があります。」
ガドラはロアを兄として扱わなかった。それは、アミへの無礼も起因しているが、もとから兄が敬える対象ではないからだ。
「な、な、ななななんだと!」
ロアは、弟が来て、放った言葉に顔を真っ赤にする。
「息子のミルアン子息も、貴方が教育してください。こんな無礼極まりないこと、ふつうはしません。」
ガドラの冷たい視線が、ミルアンにも注がれる。ミルアンはタジタジになって後ずさりしていく。
周りがハラハラしていたが、バルトがアミを守るように後ろへと下がらせ、
「男爵家ミルアン。あんた、俺の大切なお嫁さんを傷つけようとしただろう?あんたのそのバラ。魔法が混じっている。拘束魔法だ。アミに防護魔法してなかったら、捕まっていたかと思うとぞっとする!」
バルトは、彼の父親に似て魔力量が多い。そのため、彼も魔道士として学び、アミと同じぐらいの能力があった。
「ふ、ふざけるな!僕は王族の血を引く・・・」
「ミルアン子息。君は王家の許しなく、王族の名を騙ることは許されていないことを知っているね?」
ガドラが男爵子息にたたみ掛けるように言う。
「それに、いまは、ただの男爵。それを理解してくれないと。ロア男爵。貴方もお帰りください。この領地に無断で侵入したのなら、貴方も拘束できます。」
ガドラはにっこりと笑った。
その後、ロアとミルアンは大人しく帰って行った。男爵領に戻れば、彼らの愚行を聞いた激怒した妹が用意してくれた罰が待っているはず。
ガドラはロアも妻と二人で、幸せになればいいのにと考えているのだが、ロアの妻は子供を出産した後、引きこもるようになったという。なんでも、ロアが自宅に閉じ込めているとのこと。ロアの心のよりどころとなった奥方は家を一歩も出られない環境になったらしい。
周りの心配をよそにロアは奥方を一時たりとも離さない。しかし、今回息子の嫁をとりにくるために遠方へ出かける事になり、これ幸いと、アウリア女王がその奥方を王都に招いたのだ。ロアにとって苦痛だろう。ただ、ロアの奥方は心が広く、ロアの側を離れることに心を痛めているという。
二人は愛し合っていることが分かる一方、アウリアは、ロアの奥方にはっきりとロアへの対応を吟味するように伝えたという。
そんなことをガドラがアウリアに聞かされたのは、ミルアンとロアがアミを誘拐未遂を起こしてひとつき立った頃だ。騒動も静まりかえり、ガドラが領地を少しだけ離れられる時間があったこともあり、できたお茶会のようなもの。二人は家族なので、周りの視線もない。
「アウリア。お前の結婚式の日取りは決まったのか?」
「わたくしの?そうね・・・。式は来年の柊のまつりと共に行う予定よ。」
「だいぶ、先だな?」
「それは仕方ないわ。わたくしのヴェダが隣国に一時帰宅しているの。」
アウリアの言葉に、ガドラは一瞬眉を寄せた。
隣国はこちらの国と違い、愛を信念としない国。代わりに儀礼や忠誠心を重んじ、結婚も、恋愛感情抜きで、強さを求める。
隣国の王子がアミを婚約者の一人と定めようとしたのも、強さを求めてだった。式の日取りも一方的に決めようとする節がある。
そして、隣国では一夫多妻制が導入されている。三人の女性までは婚姻を認めている。隣国の王子はすでに二人も妻を娶っている。まだ幼いから子供はいないが、三人の女性を娶れば、それだけ強さを誇示できるため、国王として指名される可能性がある。
隣国に、王子は五人いる。それがぞれ、上から順にラドワー、グリグ、ヴェダ、スフィット、レイゼルの五人。三番目のヴェダはアウリアに嫁ぐ予定だが、一時帰宅したということは、隣国で近いうちに何かあるのかもしれない。
アミに婚約を申し込んだのはレイゼルだ。アミより二歳上の王子だ。アミの夫になるのはバルトしかいないとアミはいつも言っている。二人を婚約させたのはガドラだ。ガドラにとって、アミに不都合なことはなにも起こされるつもりはなかった。
ただ、隣国で起きていることが、今後こちらの国に影を落とすことになる。
これは、隣国とシェイア国を巻き込んだ、アミとガドラの新たな物語。




