あかい実 六話
ユミが産まれた国では夫婦がお互いにリスペクトしているとは思えないことが多かった。家と家も代々継いできた土地や領民を守ることを重視した。母の家は貧しく、そのために稼ぎを得るために公爵家に雇い入れてもらい、女中として働いた。母は見目が良かった。それが当主であり雇い主だった旦那様の目にとめられ、ユミを出産した。ユミの赤い髪は弱小の家の色だった。その髪の色を持つ公爵家の娘というのは客観的に公爵家の娘としてはよろしくないはずだった。しかし、義母はユミを受け入れた。義母にとって、ユミに憎しみを当てることがどれほど罪深いことなのか、他の家の者と違い、悟っていた。義母はユミを愛した。それが憐れみからきたのは間違いない。でも、成長していく娘を愛せないほど人間をやめていなかった。愛情をかけられていたことを、ユミが悟ったのは、だいぶ遠くに来てから。
「わたくしには、二人の母がおります。一人は身勝手で、それでも辛い思いをした本当の母親。もう一人は夫の傲慢さが招いて生まれたわたくしを慈しんでくれた、愛をくれた母です。」
ユミはどこか幸せな気持ちを胸に抱きながら語り始めた。両手を胸に当てて。
「やがて、世界の主が消失するその瞬間、わたくしは家を飛び出しました。愛をくれた母を裏切り、逃げ出しました。愛してくれたと思い込んで平民の家に行こうとしました。実際は、わたくしの勘違いでした。その方には妻もおりましたし、わたくしは家にも帰ることが出来ず、迷いながら歩き続けていました。そこに、『流れ星』が降ってきました。」
ユミはグランドオーブを見つめた。
「多世界の侵入が始まり、その際にグランドオーブの欠片が降ってきたのです。『彼』はわたくしを助けてくださいました。第一世界が終わるとき、本来はわたくしも、この世を去ったはずです。ですが、『彼』はわたくしの命を守ってくださいました。『彼』はわたくしを多世界へと旅立たせてくれた。」
ユミはふとガドラの視線に気がつき、ガドラを見て微笑んだ。
「わたくしは、『彼』が何故そうしたのか、今わかりました。『彼』が還る場所へ、わたくしを連れてきた。わたくしは『彼』を元の場所に還すことができました。『彼』はわたくしの望むことを知っていた。そのために、わたくしを選んでくれた。『愛の結晶』だった彼は、本当に愛せる者の場所へ連れてきてくださった。ガドラ様。わたくしは、貴方を愛しております。それが何に誓う必要もないほど。わたくしは貴方の側にいたい。それだけが、すべてです。」
ユミは、ガドラの前で美しく笑った。ガドラが求めた答えをユミは正しく答えた。
「ユミ、私も貴方のことを愛しています。貴方の抱き留めてきた者はグランドオーブの欠片だったのですね。」
ガドラがユミの中にあった者が去ったことに気がついていた。それを大切にしていたユミがそのことを少しもおそれていなかった。
「・・・愛を、愛することを一時的に許してくださいました。異能である『愛の結晶』がこの地の一部だったと知ったとき、安堵したのです。彼がこの地に還れたことを。元の住処に・・・。」
ユミは頷いて微笑んだ。ガドラはユミの手を握り、片膝をついた。
「私と、共に居てくださりますか。」
ユミその手を握り返し、ガドラを立ち上がらせた。
「わたくしと、共に居てください。いつまでも、いつまでも。」
ユミはガドラを引き寄せて、抱きしめた。ガドラも強く抱き返した。
「ふふふ、丸く収まりましたわね、ラスドア。」
クラリエ王妃は嬉しそうにラスドア王に声をかけた。
「そなたははじめから、ユミとガドラを見ていたな?」
「それはそうです。二人は愛を語らっていましたもの。誰が見ても、こうなると分かりますでしょう?」
「そうだな。次期国王が末娘になることも、決まっていたか。」
ラスドア王は小さく笑い、ため息をついた。
幼少期から問題児だった長男と、末娘なのによく長男に噛みつき、喧嘩していたアウリア王女。彼女は長男と距離をとり、勉強と隣国との対話を行うほど、国に必要な存在として力を得たのはクラリエ王妃の慧眼が光ったからだ。クラリエ王妃は、アウリア王女に隣国との橋渡しを含め、勉強させた。国が国として成り立つために、人と人とが必要だとアウリア王女に言って聞かせた。一方の長男はアウリア王女の行動を馬鹿にしていた。その時点で、王位を継がせることはなくなっていた。
そのあいだにいたガドラはアウリア王女を補佐していた。ガドラから映る長男は一人相撲をしている独りよがりの男にしか見えなかった。彼が望む生き方を王と王妃がさせていることですでに、道は決まっていたと理解していた。
「ガドラよ。ユミの横で連れ添い、彼女の領地とその横にある元ラドル公爵領を治めなさい。そなたとユミとの婚姻は・・・、必要ないだろう。このグランドオーブが認めている。そなたらの領地が今まで以上の発展を望むだけだ。」
ラスドア王が、ユミとガドラに言葉を贈った。二人の愛は、もう何者も、阻まない。
ユミとガドラは二人の愛を誰かに認めてもらうことも、強制されることも、奪われることも、ない。二人が、二人を愛し愛され続けることが何かに問われることも、ない。二人が求めていることは誰かを介される必要はないのだ。
ユミとガドラが領地に戻ってくると、たくさんの領民に囲まれ、帰りを待っていたことを報告された。彼らはユミとガドラに何かあったと直ぐに分かった。話を聞きたがり、質問はずっと続いた。二人は領民とおおいに語らい、質問を拒むことはなかった。
ガドラがユミと過ごす時間を、領民が奪わないようにしていた。それは、ユミの命の期限を知ったから。ユミはもちろん領民のことも大事にした。それは領民も同じ事。ユミの命が限られていることを知ったからこそ、ガドラという最愛の隣にいることを、なるべく邪魔をしない。
ユミの命がもう少なく、それでも生きようと笑うユミの腕には、赤い髪の女の子が抱かれていた。彼女はガドラの瞳と同じ碧く、輝いていた。
「ガドラ。」
「どうした?ユミ。」
ユミの声にガドラは即座に返事をした。直ぐ隣に、必ず居た。ユミはガドラに子供を抱かせた。
「ガドラ、わたし、貴方と出会えて良かった。」
ユミは子供の頬を撫ぜた。
「わたし、この子を授かって、貴方とわたしとの血を残せて、良かった。」
「ああ。」
ガドラはユミの頬にその手で触れた。彼女のあふれる涙をとめることは、できない。
「わたしは、貴方を愛してる。この子も愛している。でも、もう。もう、行かなくては。」
ユミはどこか虚空を見つめた。黒いシルクハットをかぶったステッキを持つ存在が映る。死を司る存在。死に誘う存在。命を確実にその先へ送る存在。彼らを、ユミはよく知っていた。
「私も、愛している、ユミ。君と出会えて、幸せだ。この子は大切に育てるよ。だけど、もう少しだけ・・・。」
ユミは焦点をガドラに向けた。泣く彼にユミは、キスをした。
「ずっと、愛している。愛はどこにいても、消えないの。」
ユミの声は反響して消えた。その場に居たはずのユミは何もかも、消え失せた。
ガドラの腕にはユミとの愛の結晶がいる。愛した証。あかい、実。
「アミ。君のお母様は、君を愛しているよ。私も、愛し続けるよ。」
ガドラは泣きながら、アミを抱いた。アミは笑ってガドラの指を握った。
第四世界のグランドオーブは世界を安定させ続けた。国の主が何代変わろうと、『愛』を国に根ざして平和を守っていた。赤い髪の女性は平和を象徴する女神として石碑が建った。
ガドラとその子供の物語は、誰かが書き連ねて、その物語の続きを子々孫々が次の代へと受け継いだ。この物語が終わらぬ物語として語られるために。
あかい実 六話 一話~六話 完結




