ポイントカードが埋まる夜
仕事が長引いた。終電の時間が気になりながらも、オフィスを出たのは夜の十時を回っていた。
胃は静かに悲鳴を上げている。体も重い。
それでも足は、知っている道を勝手にたどる。
気づけば、あの暖簾の前だった。
「○○家」。
赤い文字が、夜風に揺れていた。
ポケットの中のカードを取り出す。
白い紙の上に、朱色のハンコが整然と並んでいる。
あとひとつで、満タン。
無料トッピングの権利。
そして――俺の敗北の記録。
ドアを開けると、店主が笑った。
「兄ちゃん、ついにコンプリートだな!」
俺もつられて笑う。
「はい……多め、濃いめ、固めで」
丼が置かれる音。
スープの湯気が眼鏡を曇らせる。
今日の味は、いつもより少しだけ沁みた。
背脂の下に、いくつもの夜が沈んでいる気がした。
疲れた日、うまくいかなかった日、理由もなく寄った日。
全部、このスープの中に溶けていた。
食べ終えて立ち上がると、店主がポイントカードを新しい一枚に差し替えてくれた。
「また、待ってるよ」
俺は笑って受け取った。
――帰り道、カードの端を指でなぞる。
また、最初のスタンプが押される日がくるのだろう。
でも、それでいい。
人生は、何度も“もうやめよう”と思いながら、それでも続いていく。
ラーメンも、後悔も、同じように。
夜風が少しだけしょっぱかった。
それはたぶん、スープのせいだけじゃない。




