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018 いつまでも続くとは思っていないよ

 風呂から上がった俺と裕美は、慌て気味に服を着る。

 時刻は18時になろうとしていた。


「いよいよ雲行きが怪しくなってきたな」


 家の外に出て、空を眺めながら呟く。

 言葉とは裏腹に、茜色の空に雲は見当たらなかった。


「どうやら問題なかったみたいだよ」


 裕美が村の東側を指す。

 目を向けると、戻ってくる4人の姿があった。

 重そうな瓶ケースを抱えている。


「あのケースを持ち帰るのに時間を食ったみたいだな」


「だね」


 ほどなくして、吉井たちが村に到着した。


「重かったー!」


 若葉が勢いよくケースを置く。

 ドンッと派手な音が鳴り、中の瓶が揺れた。


「牛乳か」


 中には牛乳瓶が詰まっていた。

 他のケースも同じだ。


「牛乳じゃなくて、ヤギのミルクだよ」


 瀬奈が言った。


「ほう、ヤギとな」


 若葉の置いたケースから瓶を1本取り出す。

 ラベルには「ヤギミルク」と書かれていた。


「ここから30分ほど東へ行ったところにヤギ牧場があるんだ」


 吉井が話し出す。


「すごくハイテクな牧場で、ヤギの世話から搾乳、果てには加工や瓶詰めまで全自動だ。眺めていると勝手に完成する。全自動牧場だ!」


「それはすごいな」


 牛乳には劣るが、ヤギのミルクも貴重だ。

 魚や牛肉と同じで、ミルクも調達が難しいから。


(トラブルの種になりそうだな)


 牧場が近くにあるのは大きい。

 友加里が知ると、この村に興味を示すことは確実だ。


 かといって、ミルクの存在を隠し続けるのは難しい。

 先ほどの糸原みたいに不法侵入されたら防ぎようがない。

 隠すのではなく、有効活用する方向で考えるべきだろう。


「鷹野たちは何をしていたんだ?」


「漁だよ。小屋で漁網を見つけてな」


 すまし顔で答える俺。

 それに対して「おお!」と反応したのは吉井だけ。

 女子たちはジーッと俺を見てきた。


「他には?」


 瀬奈が怪訝そうに言う。


「それだけじゃないよね?」と里依も続く。


「裕美は分かりやすいなぁ!」


 若葉がゲラゲラ笑う。


 俺は素早く裕美の顔を確認する。

 そして、「あちゃー」と苦笑い。


 裕美は顔を真っ赤にしていた。

 吉井の問いに対して、別の回答を想像したようだ。

 俺とキスをしていたとか、風呂に入っていたとか。


「漁のあと時間が余ったから、まぁ、ちょっとな」


「鷹野っちって、見かけによらず女垂らしなんだなー!」


「なにぃ!? よくないぞ鷹野、そういうのはよくない!」


 吉井も状況を把握したようだ。

 ひたすらに「よくない」と喚いている。


「そ、それよりさ、漁の成果を見に行こうぜ」


 網を設置してからしばらく立つ。

 設置が完了した時点で、潮は引き始めていた。

 なので、既にそれなりの成果が期待できるはずだ。


「上手く誤魔化したね」


 瀬奈のおっかない眼差しを無視する。

 瓶ケースを適当な家に置いてから、海に向かった。


「おっ、上手くいったようだぞ」


 多くの魚が網に掛かっていた。

 選り取り見取りの取り放題だ。


「あとはたも網で乱獲するだけだ。今日は魚にありつけるぞ」


 皆の口から「おおー!」と歓声が上がる。

 先ほどは無反応だった女子たちも、今回は興奮していた。


 ◇


 里依と若葉が晩ご飯の準備に取りかかる。


 吉井と裕美は、里依に頼まれて田畑の世話をしていた。

 特に力を入れているのは米の田んぼだ。

 しばらくは米俵で凌げるが、長引けばいずれ底を突く。

 そうなった時に備えて米俵を補充していきたい。


 俺と瀬奈は、土間で干物を作ろうとしていた。

 量が多いので、全ての魚を食べ尽くすのは不可能だ。

 そこで、食べきれない分は干物にする。


「毎日この作業をしていたら魚屋になれそうだよね」


 瀬奈が石包丁で魚を捌く。

 干物にするには、開いて下ろす必要があった。

 二枚で下ろすか三枚で下ろすかは魚によって異なる。


「数をこなす内にペースが上がってきているよな」


 魚を捌く技術が急激に向上しているのが分かった。

 何事もそうだが、成長を実感できている時は気持ちいい。


 俺たちは競うように魚を下ろしていく。

 少し間隔を開けた状態で横並びに立ち、石包丁を振るう。

 下ろし終えた魚は、二人の間にあるバケツへ放り込まれる。


「私ね、後悔しているの」


 瀬奈は手元に目を向けたまま話す。


「後悔って?」


「風斗と深い仲の友達になったこと」


「俺が他の女子とも深い仲になったからか?」


「うん」


「軽い男って言いたいわけか」


「そうじゃない。風斗は優しいだけだよ」


「ふむ」


 危うく指を切りかけた。

 会話に集中するべく、作業のペースを落とす。


「深い仲の友達じゃなくて恋人だったら、風斗を独占できたでしょ」


「恋人がいるのに他の女子とイチャイチャするのは浮気になるからな」


「だから後悔しているの。風斗が他の子と仲良くしていると、モヤモヤした気持ちになるから。今まで意識したことなかったけど、私って独占欲が強いっていうか、嫉妬深いっていうか、そういう女みたい。そんな自分が嫌になっちゃうよ」


「そっか」


 それしか言いようがなかった。

 もう少し気の利いた言葉を言いたいが閃かない。

 恋愛経験の浅さが如実に表れていた。


「ごめんね、気にしないで。この話は忘れて」


「忘れるのは無理だけど、気にしないでおこう」


「あはは、ありがと」


 会話が終わると同時に作業が終わった。


「ここからどうするの?」


 バケツの中を眺めながら、瀬奈は尋ねてきた。


「20分ほど塩水に浸けて、それから干せば完成だ」


「干すための道具は? 洗濯用の物干し竿でいいのかな?」


「いや、もっと便利な物がある」


 瀬奈を連れて使っていない家に行く。

 そして、窓に備わっている網戸を取り外した。


「この網戸を使う」


 外に出て、適当な木で作った台に網戸を寝かせる。


「あとはこの網戸に魚を並べて、虫除けに別の網戸を重ねたら終了だ」


「網戸だったら通気性もいいし、面白い発想だね」


 サバイバル生活において、干物は非常に優秀な食料だ。

 作るのに手間が掛からない上に日持ちする。

 絶望的な程に人手不足な俺たちにとって尚更にありがたい。


「うわー、すごい量!」


 調理を終えた里依が、家から出てきて声を弾ませる。


「これだけあればしばらく魚に困らないじゃん! じゃんじゃん!」


 里依に続いて、若葉も家から出てきた。


「残念ながら、俺たちの取り分は半分しかないけどな」


「えっ、どういうこと?」


 瀬奈が首を傾げる。


「残り半分は友加里と二階堂のチームにくれてやる予定だ」


「えー! なんでなんで!? なんでさー!?」


 喚く若葉。


「鶏卵のお礼でしょ」


 俺の背後から答えたのは裕美だ。

 吉井と共に近づいてきた。


「いや、鶏卵に関係なくあげるつもりだったよ」


「そうなんだ?」


「友加里が糸原を遣わせたのと同じ理由さ。友好関係を深めるという建前のもと、他のチームを偵察しようって考えだ。他所の環境が分かっていれば、いざという時に安心できるからな」


「いざという時って、もしかして……」


 裕美の言葉に、俺は頷いた。


「今のような平和がいつまでも続くとは思っていないよ、俺は。ちょっとしたことで争いに発展するのがこの島だから」


 争いはいずれ起きるだろう。

 明日か、一週間後か、一ヶ月後か。

 いつになるかは分からない。


 だが、その時は必ず来る。

 島での生活が長引けば避けられない問題だ。


 俺は既に、そうなった時のことを考えていた。

お読みくださりありがとうございます。


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