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017 もう人間同士で争う時代じゃない

 糸原の登場には驚いたが、警戒はしなかった。


 コイツは雑魚だ。

 度胸もなければ実力もない。

 金魚の糞という言葉がお似合いの存在だ。


 そんな人間が単騎で乗り込んできている。

 どこにも怖がる要素はなかった。


「裕美は鷹野チームに入ったのかー、ということは若葉もそうだな!」


 糸原が軽い調子で話す。

 前に見た時よりも背筋が伸びているように感じた。

 弱った大我を絞め殺したことで一皮剥けたのかもしれない。

 それでも、やはり、警戒するには値しなかった。


「そんなことより、何のようだ?」


 無駄話をする気はないので急かす。


「まーまー、そうツンケンしないでくれよ。昨日、ここを攻め込んだのは、大我に命じられて仕方なくだったんだ。裕美や若葉がいるなら聞いたと思うけど、大我(アイツ)は俺が殺したから!」


 糸原は家に戻り、土間にある冷蔵庫を開く。

 そして、中から鶏卵の入ったパックを取りだした。

 パックは5つあり、どれも未開封だ。


「今日は鷹野たちと仲良くなりたくて来たんだ」


 糸原が鶏卵のパックを渡してくる。


「これは友加里からのプレゼントだ。大我の時と違って敵意はない。裕美や若葉がいるなら嘘じゃないことは分かるんじゃないか?」


 糸原の視線が裕美に向かう。


「そうね。友加里はチームメンバーが他所へ移籍することも認めているし、風斗と争う気がないことは私がいる時から言っていたわ。ただ、『今のところは』って言葉がセットになっていたけど」


「嫌味な言い方だなぁ。大丈夫だって。もう人間同士で争う時代じゃない」


 糸原は「俺が証拠さ」と胸を叩く。

 単身で乗り込んできているので信じろ、とのことだ。

 説得力はないが、友加里に敵意がないのは分かった。


「ま、争うにしても、相手は俺たちじゃなくて二階堂になるだろうしな」


 現状だとポテチ村を得るメリットは何もない。

 だからこそ、俺たちも安心して周辺を探索できている。


「とにかく、卵はしっかり渡したからな! 気が向いたらスタート村まで遊びに来てくれ。騎士長として歓迎させてもらうぜ」


「騎士長!?」


 素っ頓狂な声で反応してしまう。


「友加里のチームだと、男は騎士扱いだからな。俺は大我を殺した功績で騎士長だ」


「そ、そうなんだ……」


 肩書きだけは立派だな、と思った。


「じゃ、またな! 元気でやれよ!」


 糸原は颯爽と去っていった。


「……すげぇな」


 小さくなっていく糸原の背中に向かって呟く。


「何がすごいの?」


「糸原の奴、かつてないほどイキイキしていたぜ」


「たしかに」


「アイツにとって、今がまさに人生の絶頂期だ」


 糸原に対する評価を改めよう。

 今の彼は、雑魚ではないのかもしれない。

 だが、警戒するには値しなかった。


 ◇


「完成だ。思ったよりサクッとできたな」


「これで今日の晩ご飯は魚料理を堪能できる?」


「そうなるように祈っておいてくれ」


 裕美と二人で、持ち帰った漁網を海に仕掛けた。

 現在は潮が満ちているので、網の大半が海の中だ。

 浅瀬の海底に突き刺した無数の支柱に括り付けられている。


 漁網を設置したあと、着替えてシャワーを浴びた。

 海の中が想像以上にいい感じだったので、いずれ素潜りをしたい。

 そんなことを考えながら、ウェットスーツのもみ洗いも終えた。


 そして、家の外で裕美と合流する。


「他の連中はまだのようだな」


「遅いね」


 時刻は16時30分だというのに、他の4人は帰ってきていなかった。


 瀬奈と里依、吉井と若葉はそれぞれ東側を探索中だ。

 瀬奈たちが北東、吉井たちが真東に向かっていた。


「何か問題でもあったのかな?」


 裕美が不安そうな顔をする。


「心配し過ぎるのもよくない。とりあえず18時まで待って、それでも帰ってこなかったら捜索しよう」


「子供の帰りを待つ親ってこんな気分なのかな?」


「だろうな」


 俺は何をしようか考える。

 中途半端な時間が余ってしまった。


 疲れからか微睡んでいる。

 肉体労働をしようという気にはならない。


「突っ立っているのも間抜けだし、家でテレビでも観て待つか」


「そうね」


 俺たちは裕美の家に移動した。

 居間で並んで座り、テレビをつける。

 何年か前のドラマが放送されていた。


「去年まで、この時間は相撲だったんだよね」


「そうなのか? 俺、テレビは観なくて」


「今年は新型感染症の影響で中止らしいよ」


「なるほど。相撲よりはドラマの再放送ほうがマシだな」


「私たち的にはね」


 感染症の影響で相撲が中止になった。

 そんな事情だからか、ドラマの内容は明らかなミスチョイスだ。


 なんと若者向けの恋愛物である。

 恋愛ドラマが好きな若い層は、16時台にテレビなんて観ない。

 その時間は本物の恋愛にうつつを抜かしているだろう。


「日本の恋愛物って、思ったよりガッツリした描写があるんだな」


 それが俺の感想だ。

 面白いとも、面白くないとも思わなかった。

 そもそも途中からだから、内容がさっぱり分からないのだ。

 少し年上の男女がイチャイチャしているだけにしか見えない。


「このドラマはN○Kがテレビの限界を攻めたって話題になったからね」


 裕美は放送されているドラマについて知っているようだ。

 内容も理解しているのかして、俺よりも楽しそうに観ている。


『タカシさん……もっと……!』


 俺でも知っている女優が、物欲しそうな目でねだった。


 ケチのつけようがないイケメン俳優が下卑た笑みを浮かべる。


 次の瞬間、二人は三度目のディープキスを始めた。

 二人の顔がズームされ、舌と舌の絡まりが鮮明に映される。

 両者の唾液が混ざり、糸を引いていることまで分かった。


「この男が実は悪い人で、女誑しなんだよね。カオリちゃんの他にも二人の女と付き合ってるの。あ、カオリちゃんってのはキスしてる女の子ね」


「ドロドロした話なんだな」


 昼ドラのような設定だと思った。

 だが、そんなことよりも、気になったことがある。


(なんか……距離が近くなってないか?)


 いつの間にか、裕美は俺に密着していた。

 意図的なのか、それとも無意識なのか。

 とにかく、俺たちの肩がピタッと触れている。


「こういうの観てると、なんか変な気になっちゃうよね」


 裕美が上目遣いで俺を見る。

 テレビに映る女優と同じ目をしていた。


「それって、つまり、そういう、ことだよな?」


 裕美は頬を真っ赤にして、コクリと頷く。

 それから目を瞑り、唇を俺に向けてきた。


「裕美……」


「んっ……」


 テレビに感謝しながら、裕美の唇を貪るようにキスした。

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