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016 それは沈子だ

 二人一組に分かれて、周辺の探索を開始した。


「まさか私を選んでくれるとはね」


 俺と一緒に森の中を歩いている女子が言う。


「女子を選ぶ必要があったとしても、瀬奈か里依に拘る必要はないからな」


 隣に目を向ける。

 そこにいたのは――裕美だ。


 瀬奈と里依のどちらを選ぶか?


 この問いに対する回答が裕美だった。

 どちらかを選んだ場合はあとが怖いし、吉井という選択肢もない。

 そうなると、裕美か若葉のどちらかから選ぶのが正解だ。


「裕美もそうだが、若葉もすんなり承諾してくれて驚いたよ」


 俺が裕美と行動することについて、若葉は文句を言わなかった。

 裕美も二つ返事で「別にいいよ」と快諾した。


「風斗の指示に従うのが加入の条件だったから」


「そうだけど、若葉とは常にニコイチだったろ?」


「小学校の頃からの仲良しだからね。でも、皆が思ってるような関係じゃないよ」


「皆が思ってるようなっていうと?」


「同性愛的なものじゃないってこと」


「なるほど」


 裕美と並んで道を歩く。

 獣道にしては広すぎるし、おそらく林道だ。

 この森には、このような人の整備した道が多く存在している。


「私を選んだのは面白い判断だと思うけど、二兎を追う者は……って言葉の通りにならないといいね」


「誤解がないように言っておくが、瀬奈や里依とは恋人関係じゃないからな」


 裕美は「うんうん」と軽く流す。


「それにしても、どうして私を選んだの? 若葉を選ぶ気はなかったよね?」


「簡単なことさ」


 俺はニヤリと笑う。


「裕美と吉井の組み合わせだと話が弾まない気がしただけさ」


 裕美は「あはは」と笑った。


「たしかにそうだね。若葉は誰とでもハイテンションで喋れるからなぁ」


 今頃、若葉と吉井は楽しくやっているはずだ。

 若葉に振り回される吉井の姿が目に浮かぶ。


「おっ」


 俺たちの視界に小屋が映った。


「お宝が眠っていることを期待するぜ」


 小屋を見るとテンションが上がる。

 ゲームで宝箱を見つけた時のような気分だ。


「さぁ来い!」


 引き戸を豪快に開ける。

 中を見て「おお」と声を弾ませた。


「当たりだった?」


 裕美が覗き込むように見てくる。


「なかなかの当たりだ」


 小屋の中には海で使える道具がたくさんあった。

 特に目を引いたのが漁網(ぎよもう)だ。


「この網は建網漁法なんかで使うんだ」


「名前は知っているけど、どういうものかは分からないな」と裕美。


「簡単に言うと海の中に網を張って、そこを泳いでくる魚群を一網打尽にするってものさ」


「簡単に言いすぎだよ。そのくらいは私にも分かる」


 裕美が笑った。


「ひとえに建網漁法といっても種類はいくつかあるけど、俺たちがやるなら潮の満ち引きを利用した方法になるだろうな。網を陸に向かって袋小路の形に張るんだ。そうすると、潮が引いた時に、多くの魚が網の中に引っかかる。あとはそれを、そこにある〈たも網〉ですくい取ればおしまいだ」


「おー、今のはすごく分かりやすかった」


「この小屋にある物だけで今すぐにでも漁を始められるぞ」


 漁網やたも網の他に、ウェットスーツやゴーグルなども目に付いた。

 銛を作れば、素潜りをして魚突きを楽しめるだろう。


「これはなに?」


 裕美は漁網についている黄色の塊を手に取った。


浮子(あば)だよ。浮き輪の“浮”に、子供の“子”で、浮子。名前の通り浮きとしての役割がある」


「ならこっちはおもり?」


 浮子と反対側にある陶器のようなものを掴んでいる。


「その通り。それは沈子(いわ)だ」


「いわ? どんな字を書くの?」


「沈黙の“(ちん)”に、子供の“子”だ」


「…………」


 裕美の顔が赤くなっていく。


「む? どうした?」


「……いや、なんでも」


「顔が赤いぞ、大丈夫か?」


「う、うん、大丈夫だよ。面食らっただけ」


「よく分からないが、大丈夫ならいいか。ここにある物を持って帰ろう」


「持って帰って漁をするの?」


「その予定だ。そろそろ野菜と米以外も食いたいだろ?」


「そうね」


 背負っていたバックパックを床に置く。

 その中に漁網以外を詰め込んだ。

 漁網は入りきらないので、手で持って帰る。


「ウェットスーツとゴーグルが二人分しかないのは残念だったな。全員分あったら、網を張る作業が快適なのに」


「ゴーグルはともかく、ウェットスーツは着なくても問題ないんじゃない? 見られるのが恥ずかしいというのを除けば、下着姿や裸で海に入ればいいわけだし」


「それはオススメできないな」


「どうして?」


「ウェットスーツは防水効果が高く、保温性に優れているんだ。着用することによって体温の低下を軽減できる」


「着用しなかったら風邪を引くってこと?」


「そういうことだ」


 裕美と手分けして漁網を抱え、来た道を戻っていく。


「風斗って、本当にインフラが止まっても大丈夫そうだね」


「苦労はするだろうけど、死にはしないだろうな」


「スタート村を出る時に言っていたあのセリフ、本当だったんだね


「……どんなセリフだったっけ?」


「サバイバル術を心得ているからインフラが停止しても困らない、みたいな」


「なんか言った気がするな」


「あの時は虚勢を張っているだけかと思ったよ」


「もしかすると虚勢かもしれないぜ?」


「そうなの?」


 裕美がクスッと笑う。


「俺は本気で言ったつもりだけど、実際にインフラが止まっても大丈夫かは分からない。原始的な生活をした経験とかないから。頭でっかちだ」


「それでも頼りになるよ」


「ありがとう」


 話していると、あっという間にポテチ村が近づいてきた。

 ヘトヘトになるはずの距離を移動したのに、それほど疲れていない。

 会話に集中していたせいだろう。


「荷物を適当な家に放り込んだら休憩しよう」


「了解」


 村に到着すると、俺と裕美は安堵の息を吐いた。

 だが、次の瞬間、緩んだ表情が引き締まることになる。


「やっと帰ってきたかー、おかえりー」


 誰もいないはずの村に、誰かがいたのだ。

 使っていない家の引き戸が音を立てて開く。


 そこから出てきたのは――糸原だった。

絢乃です。

なろうで連載している作品

「ガラパゴ ~集団転移で無人島に来た俺、美少女達とスマホの謎アプリで生き抜く~」の

書籍版が本日発売します。


ウェブ版だけでも結構ですので、よろしければ読んでやってください!

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