心の葛藤
あの教養書によれば『保元の乱』が起こるのは七月十一日。あと二日足らずで……
「……私も、お祖父様の元へ……」
「若様……」
小助の困惑は無理もない。お祖父様は心を決めてしまわれている。仰った言葉から、それが伝わって参った。いくら私を可愛がってくださろうとも、進言を聞き入れてくださるというのは、また別の話だ。
現に、父上のご説得にも応じていらっしゃらぬ。長が次期長の進言を聞き入れぬとなれば、後は誰が何を申し上げても同じこと。
……頭では、わかっているのだ。童の私が馳せ参じたところで、状況は変わらぬと。次期長の嫡男として、ふさわしいふるまいをすべきだと。だが何もせずにはおれぬ。
次期長の嫡男としての私と、ひとりの孫としての私が、私の内でせめぎ合う。
私はただ、お祖父様に生きていて欲しいだけなのだ。熱田のお祖父様の分まで。
持てる術を役立てることができなかった──命尽きるのを、ただ見ていることしかできなかったあの日々が、私を苛む。あのようなことを繰り返さぬために、何か方法はないのか? お祖父様が助かる方法は──
……身代わり……
私はふと、術符の存在を思い出した。今から施せば、間に合うのではないか? 望み薄の進言より、そのほうがはるかにお祖父様のためになるはずだ。
目の前には、私を不安気に見つめる小助。術符の完成まで待機させるか? ……いや、邸がざわめいているゆえ、小助にも他の命が下るやもしれぬ。ここへ留め置く訳にはいかぬな。
私は表情を和らげるよう努めつつ、口を開いた。
「我儘を言ってすまなかった。報告に感謝する。お祖父様がご無事であるよう祈りたいゆえ、そなたは下がってよいぞ」
「よろしいのですか……?」
「次期長の嫡男として、お祖父様や父上の顔に泥を塗る真似はできぬと思い直したのだ」
「左様で、ございますか……」
小助は腑に落ちぬ顔をしていたが、私の目を見ると挨拶をし退出していった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は、7月4日23:00頃を予定しております。