※ 蜘蛛の毒(三)
九日夜半。
崇徳上皇陛下は数人の近侍とともに、お住まいであった鳥羽殿をひそかに出られた。向かわれた先は、妹宮・統子内親王殿下がおわす御所。
「……大殿が、近侍の方へご提案されたそうです。『信西殿ならば、鳥羽殿への強襲を兵にさせかねぬゆえ』と……」
万が一でも、皇祖神(天照大神)の御後裔であらせられる方の血を流してはならぬ、というご憂慮によるものだった。
統子内親王殿下は、御上にとって大切な姉宮。数多おられる同母異母御兄弟宮の内、唯一慕っていらっしゃる方とのこと。
「いくら信西殿が御上の筆頭近侍とて、姉宮のお住まいを襲撃することなど御上がお許しになるはずがない、と大殿は考えられたそうです」
「……何故、お祖父様が……」
私はそう呟きつつも、どこか腑に落ちてしまっていた。
仁義に厚いお祖父様。戦場では尋常に勝負、という武士の在り方を体現なさっている方だ。このままでは、数少ない崇徳方を一方的に痛めつけることになると思われたのだろう。
忠誠を誓われた鳥羽法皇陛下が崩御された今、自らの誇りに誠実であろうとなさったのだと拝察する。
武士としての在り方には尊敬できるが、家族としての思いはまた別だ。
喪いたくない。
お祖父様を喪いたくない。
後白河方にいらしてくだされば、必ずや無事でいらっしゃると確信できるのに……敗北の明らかな陣営に手を貸すなど、犬死と同じことだ……!
「父上は……」
「大殿がお帰りになるとすぐに、ご説得を始められました」
お祖父様の邸にいらっしゃるのか。
「……お祖父様は、何と?」
「殿へは『そなた(義朝)のように立派な家督も嫡孫(鬼武者)もおる。老い先短い儂が散ろうとて、憂慮することはあるまいぞ』とのお言葉を」
またお祖父様の邸の者たちには、他邸への勤め口を紹介しようとなさったらしい。だが皆は、お祖父様についていくことを望んだそうだ。その先には、黄泉路しかないというのに。
さらには、
『これも御仏の導きよ』
と豪快に笑われたそうだ。
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