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ありあけの月 ──暁──  作者: 香居
一章 久寿三年(一一五五)四月~十二月

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懐古する昼下り




 申一刻より少し前。

 庭師の一人から桜草を分けてもらった。


「これで足りますかな?」

「充分だ。そなたが丹精込めた花ゆえ、義母上もお喜びになるだろう」


 昔、常盤の義母上も南庭の花がお好きだと伺った。北対の庭とは趣が異なるゆえ。



 ***



 ──あれは、義母上が今若丸をお産みになってまもなくの……たしか十七歳でいらした頃のことだ。

 見舞いのために北対を訪問した際、話の中で、いつもよりさらに声をひそめられた義母上は、


『……南の庭は……殿と御方様が、いつもご覧になっているところです……わたくし……殿と御方様が、寄り添っていらっしゃるところを拝見するのが……好きなのです……』


 と夢見る少女のように頬を染め、愛らしく仰った。 

 その日の夕刻。

 内緒だと念を押された話を、私は父上と母上に申し上げた。おふた方がお喜びになると、幼心に思ってのことだ。

 その日以来。

 おふた方は一層、常盤の義母上を愛でられている。恥じらう義母上には、しばらく涙目で見られることとなってしまったが。



 ***



 あれから三年経った今。

 あの時のことを今一度考えてみた。内緒とされた話を告げてしまったことは申し訳なく思う反面、口にして良かったとも思う。お三方の仲は、より良くなられたゆえ。

 ただひとつ言い訳をするならば、あの時、


『……この、お話……内緒にしてくださいませ……』


 と仰られた義母上に、私は言葉にて誓約しなかった。言葉にすれば言霊に縛られる。誓約は違えられぬ。ゆえに言葉でなく微笑みで返した。

 当時はさらに遠慮がちでいらした義母上の本心を、私は父上と母上に伝えるべきだと思ったのだ。


 今年、義母上は二十歳となられ、私は九歳となった。あの頃よりほんの少しだけ大きくなった私の手は、掴める花の本数も増えた。

 両手いっぱいの色とりどりの桜草。少しでも義母上の慰めとなれば幸いだ。


お読みいただきありがとうございます。

またブックマークや評価などにも感謝いたします。

次回更新は、5月20日23:00頃を予定しております。


誤字脱字がございましたら、ご指摘いただけますと幸いです。

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