のどかなる牛車(一)
乾対にて、玄斎師にご教授いただいた。
穏やかな気質の師は、好好爺といった印象を受ける。だがやはり師と称されるにふさわしく、その博識ぶりや所作など敬服するばかりだ。
本日は西宮記にて朝廷儀式などのしきたりを学び、和漢朗詠集にて詩歌を学んだ。
写しとはいいながら行成卿の手による書物で学べるとは、何と幸せなことであろうか。
「鬼武者殿は、和漢朗詠集がお気に召しているようですな」
「はい。いつまでも眺めていたく存じます」
写本なさった方も、さぞや見事な手をお持ちだったのだろう。
……これが正本であったなら……
「ほっほっ。熱心なことで何よりです」
師に微笑ましい目を向けられた。
予定どおりに学問を終えると、師とともに乾対を後にして中門をくぐった。いつものように私の牛車でお送りするためだ。
嫡男ゆえか、元服前だが専用のをひとつ頂戴している。官位を賜っておらぬため、一般的な八葉紋の車だ。
私も同乗したところで、ゆるやかに牛車が動き始めた。
「木々も華やぐ、良い陽気ですな」
「はい。まことに」
やわらかく暖かな陽射しに包まれて。
のんびり進む牛車に揺られ、師のお住まいまで和やかに会話をさせていただいた。
師をお送りした後。従者たちの計らいで、通りに沿って少しだけ景色を見物した。
物見(小窓)を開けて目に映す、四季のうつろい。
邸の外に出ることが少ないため、こうして直に見ることができるのを嬉しく思う。
我が家付近の治安は比較的良いそうだが、少し外れた辻界隈では稚児拐いが横行しているらしい。私を含む元服前の童が単独で外出を許されぬのは、そのせいだ。
思い返せば、義平異母兄上に限っては制約を受けていらっしゃらなかった。おそらく源のお祖父様似の雄々しい顔立ちと、幼い頃から大きな体躯をしていらしたためだろう。
私に関しては、嫡男の庇護目的か、稚児拐いが好みそうな顔立ちへの懸念か、はたまた非力さへの危惧か……まぁ、すべてだろうな。
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次回更新は、5月17日23:00頃を予定しております。
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