新たな糸を結ぶ(二)
「お褒めのお言葉、ありがとうございます。鶴千代殿は張りのあるお声で、所作が丁寧と存じます。さすが故実に造詣が深い方であると、感服しておりました」
「ありがとうございます!」
喜びいっぱいの顔は、無邪気な子犬のようだ。
「鬼武者殿は、やはり『西宮記』にて学ばれましたか?」
「はい」
「私もです! 十八巻まで何度も読み返していますが、その度に新たな発見があるのです」
一巻でも結構な量だと思うが……
「鶴千代殿は熱心ですね」
「学ぶためでもありますが、西宮記を読んでいるとおちつくのです」
「『北山抄』はいかがですか?」
「(藤原)公任卿の記された儀礼書ですね。ためになることも多くありましたが、私には『西宮記』のほうが合っているようです」
「左様でございますか」
「ゆえに……大きな声では言えませんが、此度は式部省に属するところを望んでいたのです」
声をひそめて、しょんぼりする子犬……ではなく、鶴千代殿。
式部省は文官の人事や朝儀などを担っている部署である。
大人の思惑がどうであれ、鶴千代殿自身は儀礼やしきたりに関わることのほうが重要らしい。
「……良いですね……鬼武者殿は主殿寮で……」
指貫の上で小さな拳を握り、口を尖らせる鶴千代殿。
主殿寮の主な仕事は、内裏の施設管理業務と消耗品の管理・供給である。
文官職というくくりで、うらやましいと思ったのだろうか。いずれの部署に参ろうとも、童の仕事は書簡運びが主のはずだが。
下がった眉とともに、垂れた犬耳の幻影……本人には申し訳ないが、とても愛らしい。
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次回更新は、10月22日23:00頃を予定しております。
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