初昇殿(三)
顔には出さぬが困惑していると。
「──んんっ」
父上が小さく咳ばらいをなさった。皆様は術が解けたようにハッとなさり、私から視線を外された。
何だったのかよくわからぬが、父上に視線でお礼を申し上げ……何とも言えぬ表情をなさっているのは、お疲れか?
「つ、続いて──」
名簿を読み上げるお役人の方は、慌てて次の童の名を呼ぼうとしていらした。
名を呼ばれた後は、承認の儀まで姿勢を正していればよい。私は周囲を観察することにした。視界を広く持ったまま、目から入ってくる情報をまとめていく。
最奥の御簾の中には、御上がいらっしゃる。ここから見えるのは人影くらいだが。
御簾近くにて、黒の袍をお召しの方々が実能卿と忠通卿だろう。やつれておいでの方が、忠通卿とみた。父上から伺ったことだが、荘園の件で朝廷と一悶着あったとのこと。
本来、藤原氏の荘園に関して、他の権力は介入できないこととされている。天皇家と深い結びつきがある藤原氏に介入するのは、自らの首を絞めるようなもの。ただし朝廷だけは例外を認められている。此度のように『乱の首謀者が藤原氏の長であった場合』が、まさにその例外の事案とされてしまった。
『朝廷をしのぐ勢いのある一族が反乱分子では困る』
というもっともらしい根拠により、首謀者とされた頼長卿所有の荘園は、すべて没収されてしまったのだそうだ。
新たに長となられた忠通卿は、なんとか食い止めようと奔走なさったらしい。だが朝廷の──信西殿の策略には敵わなかった。藤原氏の長が所有していた荘園……規模を考えると、かなりの痛手となったはずだ。
忠通卿のご様子からして、抱えていらっしゃるご心痛はかなりのものだろう。だが我が子の晴れ姿は嬉しく思われるらしく、表情が和らいでいらっしゃる。
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