思いを馳せて(二)
話題を変えよう。
伊行様といえば三年前──仁平三年(一一五三)の知足院堂供養にて、二十四歳にして供養願文を清書なさった方として有名だ。
供養願文とは、造塔堂、造仏、写経などの際、神仏に祈願する文書のことである。
玄斎師は伊行様の手筆をよくご存じのようで、
『彼の方の筆法は見事ですぞ。願文などを形として成すに、ふさわしい手をお持ちの方です』
と絶賛していらした。また、
『清澄かつ整然とした字には、良い〝気〟が宿りやすいのです』
とも仰っていた。
行成卿しかり、伊行様しかり。『書は人なり』とは、まさにこのことだろう。
また伊行様の偉業として、源氏物語の注釈書を初めてお書きになった方、ということも挙げておかねばなるまい。もともと本文から和歌や漢詩・しきたりなどを抜粋し、その出典や由緒を付箋などに書き留めていらしたそうだ。それらをまとめた本は、今年『源氏釈』という名で世に出された。前世では、資料本としても価値の高い一冊だったはずだ。
さらに箏においても秀抜な技量をお持ちとのこと。一度でも拝聴できれば……と、ほのかな望みを抱いてしまった。
殿上童の身では、部署の異なる伊行様とお目にかかる機会はないだろう。だが同時期に昇殿できると思うだけで、夢のような心地がする。
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次回更新は、10月6日23:00頃を予定しております。
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