逢瀬の前夜は(五)
「近江。熱でも出て参ったか? 顔が紅──」
「な、何でもございません」
慌てて私の言葉にかぶせ、染まった頬を隠すように袖をあてた。それから、
「……若様。他所のご令嬢には、そのようなことを軽々しく口になさってはなりませんわよ」
姉のような口調で叱りつけてきた。
「私は、己の思いを軽々しく口にしたことはないぞ。熱田のお祖父様も『よくよく考え、口に致せ』と仰っていたゆえ」
「……無自覚でしたら、朝長様よりよほどたちが悪うございます……」
「すまぬ。よく聞こえなかった」
「何でもございません」
「左様か。ともかく、明日は楽しんで参れ。そなたと仲綱殿が幸せならば、私も嬉しい」
「……ですから、その微笑みが……」
「ん?」
「何でもございません」
今宵は近江の声がよく聞こえなくなるな。……私も休んだほうがよいのか?
ふと思ったが、良い案ではなかろうか。これで近江も気兼ねなく明日の支度ができよう。
「近江」
「はい」
「私は御帳台に入るゆえ、そなたも下がってよいぞ」
「おかげんでも……?」
「特に障りがあるわけではないゆえ、案ずるな。童殿上のことを考えようと思っただけだ」
「ならば良いのですが……」
私を案じながらも手早く寝衣の用意をする近江の有能さは、やはり私の世話係ではもったいない。そう思う反面、私のお付きであることに誇りを感じる。
それらを感謝とともに伝えたところ、
「若様は、わたくしの心の臓を止めようとなさっているのでしょう」
と愛らしく睨まれてしまった。その頬はふたたび染まっている。照れ隠しであることが伝わってきて、私は思わず笑みを深めてしまった。
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次回更新は、10月1日23:00頃を予定しております。
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