逢瀬の前夜は(三)
「そう申してもらうと、少し気が楽になる。日頃、そなたに無理をさせている自覚はあるのだ。ゆえに、明日のために早く下がったほうが良いのではと思ってな。逢瀬の前は、せねばならぬことも多いと耳にしたぞ」
「せねばならぬこと、でございますか?」
「うむ。装束と紅の色合いを考えたり……あぁ、そうだ。肌や体の調子を整えて──」
「若様……? いずれのところで、そのようなことを覚えていらしたのですか?」
私の言葉にかぶせてきた近江の顔が少々怖い。何かまずかったのか?
「先日、朝長異母兄上が仰っていたのだ。『女性は綺麗でありたいと思うもの。ましてや恋しい相手がいればなおさら』とな。ならばそなたも、そうではないかと思ってな。仲綱殿はそなたの『恋しい相手』ゆえ」
「お心遣いには感謝申し上げますが、若様は朝長様のようになられなくともよろしいのですよ」
「私も異母兄上のようになれるとは思っておらぬぞ。ただ異母兄上の目端の利きように感服しているのだ。そなたにもな」
少しぷりぷりしていた近江が目を瞬かせた。
「わたくし、でございますか?」
「うむ。前にも言ったと思うが、いつも感謝している。私もそなたを見習い精進せねば、と背筋の伸びる思いがするのだ」
「あ……ありがとう、ございます」
いつものことだが、近江の照れる様子は愛らしい。日頃はあまり考えぬが、まだ十八歳なのだとかような時にふと思う。
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次回更新は、9月25日23:00頃を予定しております。
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