己の姿は見えぬ(五)
目を瞬かせる私に、賛辞という名の洪水が押し寄せてきた。
曰く──
「そなたは、凛とした佇まいに芯が一本通っておるな」
「神童然とした顔立ちは、崇高さをよく現している」
「その顔がやさしくほころぶところなど、つい見惚れてしまいます」
「えぇ。慈愛のお顔など、まるで観音様のよう」
「書は流麗にして高潔。性質さながら、まことに好ましい」
「詩歌もさることながら、管弦がまた良いな」
「特に龍笛は天上の音と言っても過言ではありません。それを吹く姿も、天人と見紛うばかりなのですから」
「声も素晴らしいのですよ」
「確かに。朗々と謡い上げる清らかな声が、心地良いな」
立て板に水の如く、次から次へと繰り出される言葉たち。どなたが何を仰っているのかも、よくわからぬ。
……これは、何の拷問だろうか……
過度な高評価に、私は身の置き所がないまま、時が過ぎるのをただ待つしかなかった。
言葉が尽きると、その場が達成感に満ちた。皆の肌も心なしか艶やかに見える。お祖父様の件の鬱憤をも晴らしたかのように。
その中で私はひとり、精も根も尽き果てていた。言葉の奔流に押し流されそうになるのを耐えていたため、やつれた心地さえする。
「鬼武者よ。余らの客観的な見解により、そなた自身をしかと理解したであろう」
得意満面の表情で胸を張られる父上。
「……おかげさまで……ありがとうございます……」
『客観的』という言葉が釈然としなかったが、反論する気も起こらなかった。千歳様について、改めて伺う気力もなかった。
「……私には過分なお言葉にございますが……もしそうであるならば、父上を始めとする皆様にお教えいただいたことの賜物と存じます」
どうにか、それだけは返せた。
「うむ。ひそかに小助をつけるが、くれぐれも用心致せよ」
小助を護衛につけるほどなのか……
それは、認識を改めねばなるまい。
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次回更新は、9月18日23:00頃を予定しております。
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