己の姿は見えぬ(三)
「いや、うむ。嬉しくてな」
「わかりますわ」
「由良も聞いてみてはどうだ?」
「よろしいのですか?」
「余だけでは不公平になるであろう」
「殿のお心に感謝申し上げます。では、僭越ながら……」
母上が愛らしく前置きなさった。
「鬼武者。わたくしは?」
その問いに対して私ができることは、心を尽くした返答だ。
「母上は、天女様にございます。その美しいお姿と、私たちに注いでくださる愛情の深さ。父上を支えていらっしゃる内助の功。見目ばかりではなく、心の在りようが美しい母上は、天女様にございます」
「嬉しいこと……」
「由良。頬が染まっておるぞ」
「まことに嬉しいのですもの。以前の朝餉の折も、そう申してくれましたね」
「何? 由良はもう聞いておったのか」
「ふふ。毎朝、鬼武者と語り合うことのできる者の特権ですのよ」
「むぅ……母と子の語らいを邪魔するわけにはいかぬな」
「まぁ、殿。童のようなお顔をなさって」
「仕方なかろう」
本日も、おふた方は仲睦まじいようで何よりだ。
私が父上や母上と和やかに話をしている間。異母兄上方は──
「……朝長。お前のお株が奪われておるぞ」
「……計算をせぬ言い様は、破壊力も凄まじいですね。あの純真さは、少し羨ましく思います」
「我らには、ないものゆえな」
「そうですね」
「だからこそ。より愛おしく思うのだろうが」
「まことに」
「……守らねば、ならぬな」
「……ええ。〝闇〟があの子にふれるなど、考えたくもありません」
「官職の低い我らに、できることは限られるがな」
「……歯がゆいですね。己の立場が」
何かを真剣に話し合われているようだった。
極小さな声だったゆえ、一間(約一.八メートル)ほど空けて座す私の耳には届かなかったが。
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次回更新は、9月11日23:00頃を予定しております。
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