第91話 神の果実
かつて王国の麦畑だった場所は、人類未知の果樹が立ち並ぶ、セラフィムたちの果樹園となっていた。
果樹園には光る小さな虫のようなものがたくさん飛び交っていた。果樹霊と呼ばれる、セラフィムたちの植物の受粉を媒介する精霊のような存在である。
セラフィムたちがこの地にやってきてたった一年半とは思えない成長スピードで、どの木も立派に枝葉を伸ばし、果実を実らせていた。
様々な果樹があったが、この果樹園の中に一際目立つ一角があった。
華美な装飾が施された白い柵に六角形に囲まれたエリアで、そこには六本の同じ果樹が植えられていた。
赤黒い、ぶよぶよとした、水袋のような不思議な実のなる木である。
そのエリアの前に、制帽を被り露出度高過ぎのボンテージファッションをした美女が立っていた。
美女は相変わらず惜しげも無く豊満な胸とヒップとくびれをひけらかしながら、整列するセラフィムたち——栽培セラフィムたちに、檄を飛ばしていた。
「神様も再生なさったし、これからじゃんじゃん収穫してもらうよー!掛け声はー?」
農作業用らしい、長袖長ズボンを身につけたセラフィム達が呼応して叫ぶ。
「おーーーー!」
「うおーラファエル様ー!」
「今日もお美しいっすーーー!」
「あ、取り扱いには気をつけてねえ?これ皮うすっぺらで果肉がなくて中身はぜーんぶ蜜、っていう、とっても壊れやすい実なんだからあ。うっかり壊したらすぐ手を洗って絶対に口にしたら駄目よ?死ぬからねえ?」
「おーーーー!」
「うほうラファエル様ぁー!」
「今日もエロいっすーーー!」
全く果実と関係のない掛け声を飛ばされ、ラファエルは頬をひくつかせる。
「分かってんのかしら、ったく……。まとにかく頑張って!お仕事戻っていいよお!お返事はあ?」
「はぁーい!」
栽培セラフィム達は声を揃えて熱く拳を振り上げた。
散り散りになる栽培セラフィム達を見送り、ふうとため息をつきながら、ラファエルはその果実を見て呟く。
「神の果実ゼリアル。これがないと第三段階が成されないからねえ」
ゼリアル、それは神の成長に不可欠な実であった。再生した神は、このゼリアルの蜜のみを口にして第三段階、「神の成熟」へと向かう。
いわば人間の赤子にとっての乳のような実である。
だがこの実は、神以外のセラフィムにとっては死に至る猛毒だった。セラフィムが決して口にしてはならないものである。
「そう、神はゼリアルの蜜のみを口にして、成体になられる」
不意に声をかけられ、ラファエルは振り向く。
そこには真珠色のドレスを身に纏う、はっとする程美しいセラフィムが立っていた。
「ルシフェル様!」
「精が出るわね、ラファエル。ゼリアルの実をもう少しいただこうと思って」
「わざわざお越しいただかなくても、転送門まで持って行かせますのに!」
「ふふ、たまには宮殿の外に出なければね」
「神様の状態はいかがですか」
「ええ、良好よ。今はサタンがみているわ。ところで何か問題が起きたようね。少し騒がしいようだけれど?」
「はい、実は……」
ラファエルは、ルシフェルにエスペルとライラの事を伝えた。
「結界を通過できる人間!?しかもその人間はセラフィムと戦えるというの?」
「はい、矮小羽のライラをご存知ですよね?ライラが人間側に寝返り、手引きをしていたようです」
「ライラが!」
「でもライラはもう捕らえました。今は監獄の牢に入っています」
「その人間は……?」
ルシフェルの問いに、ラファエルは心苦しそうにする。
「申し訳ございません、以前、神域内に侵入された時に取り逃がしてしまいました。でも、必ずまた神域内に戻ってくるはずです」
「それは何故?」
「その人間、エスペルという男とライラは恋仲だと思います。だからきっとやって来ます」
ルシフェルは眉間に小さなしわを寄せた。
「恋仲……?まあ理由はなんでもいいわ、とにかくその人間に早く来てもらわないと……」
「はい、必ず捕らえてみせます!」




