第8話 宮廷魔術師長と騎士団長(1) 魔術と科学
本編開始です。
第1話プロローグに出てきたヒロイン登場回まであと3話です。
「仕事を見つけたそうだな」
薬草の匂いがたちこめていた。ここはトラエスト城敷地内にある、宮廷魔術師の居住邸である。
黒髪を長く伸ばし、帝国の三つの星の紋章をつけた赤褐色のローブに身を包んだ男が、茶をいれていた。
背が高く、純白の肌に整った顔立ちに緑の瞳。
よくよく見れば美しい男だった。
でもそれに気づいている者はあまりいないだろう。
いつも不機嫌そうな仏頂面で、独特の威圧感をかもし出し、見事なまでの残念具合だった為。
問われたエスペルは青銅製の椅子に腰掛けている。
「ああ、仕事か、まあな。ところでヒルデ、その茶は俺が口にしても大丈夫なものだろうな?ヤモリとか入れてねえな?」
「馬鹿者、誰が貴様なんぞに薬効茶を出すか。俺の薬効茶は帝都の貴族相手に一杯9999マルツで売れるんだ。これは市場の安物だから安心しろ」
しゃべるとますます残念である。ヒルデは茶を入れたカップをテーブルに置くと、自分も椅子に腰掛けた。
「なんだよその1マルツ引いてお得感出す商法は……」
「で、なんの仕事を始めたんだ?」
「学校の先生だよ。都立学校で教師してる」
「教師!お前が?まったく、素直に近衛騎士団に入っておけばよかったものを。帝国は金払いがいいから、給料が三倍、いや四倍は違うぞ」
「そ、そんなに違うのか?」
「身を乗り出すな俗物」
「べ、別に乗り出してねえし……」
「何を教えている?」
「科学」
「科学!まだそんな何の役にも立たない知識をもてあそんでいるのか」
ヒルデはあからさまにバカにしたように両手を広げた。エスペルはかちんと来て反論する。
「それは違うからな!人が魔術ばかり発展させて、科学知識を実用化させて来なかったのが問題なんだ。科学はただの知識の蓄積じゃない、いつか必ず人類の役に立つ!」
「ふん、猿が進化して人になった。地球が太陽の周りを回っている。大昔地上は多種多様な竜たちに支配されていたが、巨大な隕石の衝突により竜の時代が終焉した。それらを知ってなんの役に立つというんだ?」
「お、お前は世の理を解明したいとは思わないのか?これだから魔術主義者は!実利一辺倒で、ロマンや夢というものがねえ!」
「夢だと?じゃあお前の夢はなんだ」
突っ込まれてエスペルは首をひねって考えた。
「そりゃあ色々……。たとえばもし、飛空船を風魔法なしで飛べるようにできれば……」
「どうなるってんだ?」
「風精霊がいない、はるか上空でも飛ばすことができる。そしたら月まで飛べるだろ。いやもっと、火星や木星みたいな太陽系の星まで、できればさらに太陽系も越えて……」
ヒルデが顔をひきつらせた。心底あきれた声で問う。
「……なんのために月や火星に行くんだ?」
「宇宙人に会えるかもしれない」
「もういい、もういい。それ以上言うと狂人と思われるぞ」
「なっ……!」
顔を赤くするエスペルを、ヒルデはあしらうように手で払った。
「ああ、貴様のような浮ついた科学主義者が、帝国一の攻撃魔法の使い手だとは。攻撃魔法の威力では俺ですら貴様に敵わないなんて、世は狂ってる」
「悪かったな!お前と会話してると疲れるから、本題に入らせろ!」




