第25話 りりならいける
次の日。
カラオケ店。
休憩室。
「やめる」
りりが言った。
「何を?」
俺が聞く。
「歌」
「…………」
「活動も」
「…………」
「SNSも」
「…………」
「全部」
つむ丸が。
固まる。
「何言ってんだ!」
「やめる」
「なんでだ!」
「危ないから」
「誰が!」
「つむ丸」
「俺は大丈夫だ!」
「昨日捕まった」
「でもいる!」
「次もいるとは限らない」
「…………」
りりが。
つむ丸を見る。
「ぼくが歌わなければ」
「…………」
「つむ丸が目立たなければ」
「…………」
「もう狙われないかもしれない」
「ダメだ!」
「なんで?」
「歌え!」
「嫌」
「歌え!」
「嫌」
「りり!」
「嫌!」
りりの声。
大きい。
つむ丸が。
止まる。
「ぼくは」
一度。
息を吸う。
「つむ丸が消えるくらいなら」
「…………」
「歌わなくていい」
「ダメだ!」
「ぼくが決める」
「ダメだ!」
「ぼくのことだから」
「ダメだ!」
「なんで」
「それは!」
つむ丸が。
拳を握る。
「俺のせいだろ!」
「…………」
「俺が狙われてるから!」
「違う」
「俺の偽物がいるから!」
「違う」
「だったら俺が!」
「また?」
「…………」
「また自分がいなくなればいいって言うの?」
「…………」
「言わないで」
りりが。
つむ丸を見る。
「もう」
「…………」
「言わないで」
*
「俺は」
つむ丸が言う。
「りりに歌ってほしい」
「ぼくはつむ丸にいてほしい」
「歌え!」
「いて!」
「…………」
「…………」
二人。
黙る。
「どっちもでいいじゃん」
俺が言う。
「何が?」
りりが聞く。
「歌うのも」
「うん」
「つむ丸がいるのも」
「…………」
「両方」
「そんな簡単じゃない」
「知ってる」
「またマネー来る」
「多分」
「つむ丸狙われる」
「多分」
「また多分」
「分かんないから」
「…………」
「でも」
俺は。
りりを見る。
「昨日つむ丸に言ったじゃん」
「何を?」
「一緒に考えるって」
「…………」
「今度はりりが勝手に決めてる」
「…………」
りりが。
黙る。
「たかし」
つむ丸が言う。
「何?」
「いいこと言うな!」
「珍しく?」
「俺は言ってない!」
「そう」
「でも!」
つむ丸が。
りりを見る。
「俺も!」
「何?」
「やめてほしくない!」
「…………」
「りりが歌わなくなるの!」
「…………」
「嫌だ!」
りりが。
目を伏せる。
「でも」
「一緒に考える!」
「…………」
「勝手に決めない!」
「…………」
「俺も!」
昨日。
りりが言った言葉。
今度は。
つむ丸が言った。
「分かった」
りりが。
小さく言う。
「ほんとか!」
「分かった」
「歌うか!」
「それは考える」
「歌え!」
「今それやめて」
「はい!」
*
その日は。
撮影をしなかった。
りりも。
歌わなかった。
俺。
りり。
つむ丸。
くまどん。
四人。
休憩室。
「一人にならない」
くまどんが言う。
「分かってる!」
「昨日一人になったやつが言うな」
俺が言う。
「反省してる!」
「ほんと?」
「少し!」
「少しかよ」
「あと」
くまどんが続ける。
「マネー見つけても近づかない」
「向こうから来たら?」
「逃げる」
「俺強いぞ!」
「弱い」
「昨日勝った!」
「三人に助けられてただろ!」
「作戦だ!」
「嘘」
「…………」
りりが。
少し笑った。
「何だ!」
「別に」
「笑っただろ!」
「笑ってない」
「たかしと同じこと言うな!」
「俺いるけど」
「知ってる!」
いつもの。
声。
少しだけ。
戻ってきた。
その時。
照明が。
消えた。
「…………」
「停電?」
俺が言う。
非常灯。
つく。
「たかし」
くまどん。
声。
低い。
「何?」
「あれ」
休憩室。
ドア。
下。
黒い。
煙。
「…………」
「マネー」
りりが言った。
黒い影。
ゆっくり。
入ってくる。
「つむ丸!」
「分かってる!」
「逃げるぞ!」
くまどんが言う。
「うん!」
立つ。
その瞬間。
黒。
一気に。
広がった。
*
「りり!」
つむ丸が叫ぶ。
黒い影。
床。
壁。
前。
後ろ。
「こっち!」
俺が。
ドアを開ける。
廊下。
走る。
りり。
つむ丸。
くまどん。
「外!」
非常口。
もう少し。
その時。
前。
ウサギ。
立っている。
「…………」
つむ丸。
同じ。
顔。
耳。
目。
腕。
体。
昨日より。
さらに。
似ている。
「偽物!」
つむ丸が叫ぶ。
「俺は」
偽物が言う。
「つむ丸だ」
「違う!」
「俺はりりの最初のファン」
「違う!」
「りりならいける」
「違う!」
「りりを有名にする」
「違う!」
りりが言った。
偽物が。
りりを見る。
「なぜ?」
「分かる」
「何が?」
「つむ丸じゃない」
「同じだ」
「違う」
「見た目も」
「違う」
「声も」
「違う」
「言葉も」
「違う」
りりの返事。
早い。
「違う」
もう一度。
偽物。
黙る。
「なんで分かんないんだ!」
つむ丸が叫んだ。
「…………」
「俺だぞ!」
「うん」
りりが言う。
「分かってる」
「だったらいい!」
「うん」
「俺ならもっと怒る!」
「知ってる」
「何回でも言う!」
「うん」
「俺は俺だ!」
「うん」
偽物が。
二人を見る。
「…………」
「情報じゃない」
くまどんが言った。
「何?」
「お前」
偽物を見る。
「つむ丸のことを知ってても」
「…………」
「つむ丸にはなれない」
黒い影。
揺れる。
「なれる」
「無理だ」
「なれる」
「無理」
「なれる!」
偽物の声。
初めて。
大きくなった。
次の瞬間。
黒い影。
つむ丸へ。
「逃げろ!」
くまどんが叫ぶ。
「うわっ!」
黒。
つむ丸の腕。
肩。
体。
一気に。
包む。
「つむ丸!」
りりが走る。
「来るな!」
「嫌!」
「来るな!」
「嫌!」
俺も。
手を伸ばす。
黒い影。
掴めない。
「くまどん!」
「つむ丸を引け!」
「うん!」
つむ丸の腕。
掴む。
くまどんも。
反対側。
「離せ!」
「お前が離れろ!」
「俺じゃない!」
「分かってる!」
引く。
昨日と。
同じ。
なのに。
「…………」
動かない。
「なんで!」
「昨日より強い!」
くまどんが叫ぶ。
黒。
濃くなる。
つむ丸の姿。
見えなくなる。
「つむ丸!」
りりが。
俺たちに加わる。
「せーの!」
引く。
動かない。
「うわあああ!」
つむ丸の声。
その時。
偽物。
揺れる。
「…………」
輪郭。
濃くなる。
耳。
目。
腕。
さらに。
はっきり。
「くまどん」
俺が言う。
「何?」
「あいつ」
「…………」
偽物。
つむ丸。
ほとんど。
違いがない。
「コピーしてる?」
「違う」
「何?」
「もう」
くまどんの声。
低い。
「コピーする段階じゃない」
「じゃあ」
「本物を消す気だ」
「…………」
「消して」
くまどんが。
偽物を見る。
「そっちをつむ丸にする」
「…………」
「強制上書き」
りりの手。
止まる。
「何それ」
「俺も噂しか知らない」
「どうなるの」
「…………」
「くまどん!」
「本物が消える」
「…………」
「そのあと」
一度。
言葉を止める。
「周りの認識が、偽物の方へ移る」
「…………」
りりの顔。
変わる。
「嫌」
「りり」
「嫌!」
つむ丸を。
さらに強く。
掴む。
「つむ丸!」
「いる!」
「いるよね!」
「いる!」
「離さない!」
「痛い!」
「我慢して!」
「なんでだ!」
「絶対離さない!」
「…………」
つむ丸。
少しだけ。
笑った。
*
黒。
つむ丸を。
飲み込んでいく。
偽物。
そのたび。
形が。
整っていく。
「りり」
偽物が言った。
「何」
「俺だ」
「違う」
「つむ丸だ」
「違う」
「俺が一番知ってる」
「違う」
「りりならいける」
「違う!」
りり。
叫ぶ。
「つむ丸はこっち!」
「…………」
「こっちにいる!」
黒の中。
「そうだ!」
声。
弱い。
「俺だ!」
「うん!」
「俺だからな!」
「分かってる!」
「…………」
つむ丸。
息。
荒い。
「りり」
「何!」
「歌え!」
「…………」
「歌え!」
「今?」
「今!」
「無理!」
「歌え!」
「なんで!」
「聞くから!」
「…………」
「俺が!」
つむ丸が叫ぶ。
「聞くから!」
りりが。
止まる。
「歌え!」
「…………」
「俺」
一度。
息。
「最初のファンだから!」
「…………」
りりの顔。
崩れる。
*
歌。
小さい。
震えてる。
聞いたことのない。
歌。
途中で。
声。
揺れる。
上手くない。
多分。
今まで聞いた中で。
一番。
下手。
でも。
黒の中。
つむ丸が。
笑う。
「ほらな」
「…………」
「何?」
りりが。
歌いながら聞く。
「いい歌だ!」
「嘘」
「ほんとだ!」
「…………」
「りりならいける!」
「…………」
同じ言葉。
偽物も。
言える。
でも。
違う。
俺にも。
分かった。
今の言葉は。
つむ丸の。
言葉だった。
「つむ丸!」
りりが。
歌を止める。
「止めるな!」
「でも!」
「歌え!」
「つむ丸!」
「最後まで!」
「嫌!」
「歌え!」
「消える!」
「…………」
「つむ丸!」
「…………」
「消えるじゃん!」
つむ丸が。
少し黙る。
「俺、最初のファンでよかった?」
「…………」
「何それ」
「いいから!」
「嫌」
「答えろ!」
「嫌!」
「りり!」
「嫌だ!」
「答えろ!」
「…………」
りり。
泣いてる。
「つむ丸じゃなきゃ」
「…………」
「嫌だった」
「…………」
「最初のファン」
「…………」
「つむ丸じゃなきゃ嫌だった!」
「…………」
つむ丸。
笑った。
「そっか」
「…………」
「なら」
一度。
目を閉じる。
「よかった」
「つむ丸!」
「りり!」
「何!」
「歌え!」
「嫌!」
「最後まで!」
「…………」
「りりならいける!」
黒。
一気に。
つむ丸を覆った。
*
「つむ丸!」
りりが叫ぶ。
手。
空。
さっきまで。
そこにあった。
小さい腕。
ない。
「…………」
黒い影。
広がる。
俺。
りり。
くまどん。
吹き飛ばされる。
「うわっ!」
床。
肩。
痛い。
でも。
それどころじゃない。
「つむ丸!」
起き上がる。
いない。
「つむ丸!」
返事。
ない。
「…………」
その代わり。
目の前。
一匹。
ウサギ。
立っている。
片方だけ長い耳。
高さの違う目。
短い腕。
全部。
同じ。
完璧。
「…………」
「りり」
声。
つむ丸。
「…………」
「俺だ」
りりが。
動かない。
「つむ丸だ」
「…………」
「りりならいける」
「…………」
「俺が一番知ってる」
「…………」
「俺が」
笑う。
「最初のファンだからな!」
「…………」
完璧。
声も。
顔も。
言葉も。
全部。
つむ丸。
でも。
「違う」
りりが言った。
「…………」
「違う」
「何が?」
「つむ丸じゃない」
「俺はつむ丸だ」
「違う」
「なぜ?」
「分かる」
「…………」
「ぼくには分かる」
偽物。
りりを見る。
「俺はつむ丸だ」
「違う」
「みんなそう思う」
「…………」
「これから」
偽物が。
一歩。
近づく。
「俺がつむ丸になる」
「ならない」
「なる」
「ならない」
「みんな忘れる」
「…………」
「本物を」
りり。
拳を握る。
「ぼくは忘れない」
「…………」
「忘れる」
「忘れない」
「忘れる」
「忘れない!」
りりの声。
響く。
「ぼくが作った!」
「…………」
「ぼくが」
一度。
息を吸う。
「つむ丸を作った!」
偽物の顔。
止まる。
「耳も」
「…………」
「目も」
「…………」
「腕も」
「…………」
「全部!」
りり。
泣いてる。
「ぼくが作った!」
「…………」
「最初に歌を聞かせたのも!」
「…………」
「最初に応援してくれたのも!」
「…………」
「全部覚えてる!」
偽物。
動かない。
「だから」
りりが言う。
「お前は」
一度。
「つむ丸じゃない」
「…………」
黒い影。
偽物の足元。
揺れる。
でも。
消えない。
「くまどん」
俺が言う。
「何?」
「あいつ」
「いる」
「うん」
「上書きは」
「…………」
くまどんが。
偽物を見る。
「本物を消すところまでは」
「…………」
「成功してる」
「じゃあ」
「でも」
「何?」
「認識の上書きは」
一度。
止まる。
「まだ終わってない」
「…………」
くまどんが。
りりを見る。
「りりは」
「…………」
「つむ丸だと思ってない」
偽物が。
りりを見る。
「忘れろ」
「嫌」
「俺がつむ丸だ」
「違う」
「忘れろ」
「嫌」
「忘れろ!」
「嫌!」
黒い影。
大きく。
広がる。
「りり!」
俺が。
前に出る。
くまどんも。
偽物。
俺たちを見る。
それから。
りり。
「…………」
「次は」
同じ声。
つむ丸の声。
「忘れさせる」
黒。
一気に。
広がる。
「待て!」
くまどんが叫ぶ。
でも。
遅い。
黒。
消える。
偽物も。
いない。
残ったのは。
俺。
りり。
くまどん。
三人。
「…………」
「つむ丸」
りりが言う。
返事。
ない。
「…………」
「つむ丸」
もう一度。
ない。
りりが。
床を見る。
「…………」
誰も。
何も言えなかった。
少しして。
「歌」
りりが言った。
「何?」
「聞いてたかな」
「…………」
「最後まで」
俺は。
答えられない。
「聞いてたよ」
くまどんが言った。
「…………」
りりが。
顔を上げる。
「なんで分かるの?」
「顔」
「…………」
「最後まで」
一度。
間。
「嬉しそうだっただろ」
「…………」
りりが。
俯く。
「うん」
それだけ。
言った。
*
夜。
俺と。
くまどん。
二人。
歩く。
会話。
ない。
少しして。
「くまどん」
「何?」
「つむ丸」
「うん」
「消えたんだよな」
「…………」
「うん」
「偽物は」
「いる」
「うん」
「なのに」
少し。
考える。
「つむ丸はいない」
「そうだな」
「変な感じ」
「そうだな」
歩く。
「お前も」
「何?」
「消えることあるの?」
くまどんが。
少し。
こっちを見る。
「まあ」
「うん」
「あるんじゃない?」
「怖くないの?」
「その時にならないと分かんないな」
「そう」
また。
歩く。
「でも」
くまどんが言う。
「何?」
「今はいるだろ」
「…………」
「そうだね」
歩く。
少しして。
気づく。
隣。
いない。
振り返る。
くまどん。
少し後ろ。
立っている。
「何してんの」
「何が?」
「置いてくぞ」
「はいはい」
くまどんが。
歩き出す。
「今行くよ」
俺は。
前を向く。
少しだけ。
歩く速度を。
落とした。




