多目的駆動外殻
窓の外から聞こえる、穏やかなそよ風。
その中には、ほーほーと、鳥の鳴く音が混じっていた。
昼の喧噪を忘れた、心地よい夜の時間。
そのはずなのに……祐希は陰鬱とした、まるでどしゃぶりの雨みたいな気持ちになっていた。
「…………はぁ」
自室の中で、何度目かの溜息を発する。
もう何時間も経ったというのに、祐希は未だに、友達であるあさひの申し出を断ったことをうじうじと気にしていた。
ユニットの部活を作るなんて本当に凄いことだ。
自分もミリオタとして多少は役に立てるだろう。
そうでなくとも、友達が困っているのなら、雑用だってなんだってしたい。
だって彼女は、自分にとってたった一人の友達なのだから。
そもそも、これは手伝うとかそれ以前の話だ。
別にあさひだって祐希に対し何か期待していたわけではなく、ただ、友達だから誘ってくれただけ。
それはわかっている。
そしてきっと、自分もあさひと一緒に部活をすれば楽しめるだろうとは感じている。
それでも……。
ほんの少し、"そんなもしも"を想像するだけで、身体が恐怖で強張った。
視線が怖い。
目立ちたくない。
もう、あんな嫌な思いは――。
今でも時々、祐希は"昔のこと"を夢に見る。
トイレの個室の中、空から水が降り注ぎ全身ずぶぬれで弁当箱はひっくり返ってすべて零れ、外からは甲高い嘲笑が聞こえて。
あの笑い声が、ずっと耳にこびりついている。
祐希は中学の三年間、ずっとそんな日々を送っていた。
深い理由はない。
ただ、ミリタリーに興味があったというそれだけの理由で。
もう少し、もう少し頑張れば……。
そう思い必死に耐えていたが頑張り切れず、中学三年で、ぽきりと折れた。
そのせいで祐希は、皆が高校生活を楽しんでいる間、摂食障害と対人恐怖症でずっと家と病院を往復する日々を過ごすはめになった。
だから……ようやく、ようやくのことだった。
このままじゃ駄目だと思って、ネットの仲間たちにも励まされて、それで頑張ろうと思えたのは。
そうして大検を取って、自分の足で一歩を踏み出した後、初めて出来たリアルの友達が天羽あさひである。
大切に思っていないわけがない。
彼女のために何かしたい。
お金に困っているというのなら、自分のお年玉貯金くらいは差し出すし、怖いけどアルバイトだって始める。
それでも……まだ、怖かった。
人々から奇異の目に晒されると思うだけで、心臓がすくみ上がるくらいに。
「こんな名前なのにな……本当……僕って奴は……」
だから、自分の名前が大嫌い。
自分の持ってないものだけで構成されたこの名前が、恥ずかしくて仕方がなかった。
友達のために何かしたいのに拒絶して逃げて。
そんな自分が嫌だと思いながらも勇気が出ずに、中途半端にうじうじして。
挙句、いまだに気持ちの切り替えがうまく出来ず、未練たらしくこんな本まで取り出して。
『ミリタリー・ウェポンズ特別号イクス・ユニット特集』
人型ロボットという時点で、ミリタリーとは切っても切れない関係にある。
しかも、イクス・ユニットは元々兵器として開発されていたのだからその関係性は少なくない。
ただ、軍事という視点からのイクス・ユニットへの評価は、世間一般におけるものと大分剝離することとなるだろう。
つまり……失敗作。
あくまで軍事面としての視点だが、その視点で言えばイクス・ユニットならびにその関連品は、ぶっちゃけあの"パンジャンドラム"の同類でしかなかった。
『多目的駆動外殻(Multipurpose Exoskeleton)』
現在では興行的導入の容易さから『イクス・ユニット』と呼ばれているが、元々は略称の『ME』とだけ呼ばれていた。
当然と言えば当然なのだが、イクス・ユニットは元々軍事利用目的に開発されていた。
役割は歩兵に対しての強化外骨格。
身体能力と生存性向上を目的としたパワードスーツだったため、初期型は現在のユニットと比べはるかに小型なものだった。
性能面だけで言うなら、MEは文句なしの優良装備だった。
改良や研究を進めれば戦争の歴史さえ塗り替えるだろうとさえ思われた。
それゆえに各国がこぞって研究を進めたのだが……研究期間は、そう長くは続かなかった。
どの国も本気で集中していた期間なんてのは、精々五年程度だろう。
MEには、兵器としての致命的な欠点が存在した。
"地球上での運用が不安定"という、どうしようもない欠点が。
具体例を挙げれば、突然、機能停止する。
それも、何の前触れもなく。
当初、その不安定さは技術的問題であると考えられた。
動力不安や、調整ミスの類だと。
だから、研究を進めれば、きっとその問題は解消されると思われた。
けれど研究が進み、逆の結論が出てしまう。
それは欠陥ではなく、単なる仕様だった。
幾ら凄い力の兵器であっても、それが不安定であるのなら……それは、旧式のオンボロにも劣る。
一時期では戦争を変えるとまで言われたイクス・ユニットだが、驚くほどあっさり軍から見放された。
研究予算は絞りに絞られ、開発を凍結させた国も少なくない。
けれど、ここで終わりというわけではなかった。
致命的問題は、地球上での運用によってのみ発生する。
つまりは……宇宙。
人が生存するのに適さぬ、残酷かつ広大なる黒い海の世界。
そこで生き残るための鎧と考えたら、ユニットは大いに役に立つだろうと研究者は考えた。
だから、今でも世界はユニットの研究を続けている。
一時期と比べたら大分下火となり、宇宙開発の付属程度としてだが。
とはいえ、ここでまたもう一つの問題が発生する。
宇宙空間に適したユニットなんて代物は、まだまだ人類には早すぎる。
時間も、予算も、技術も、何もかもが足りていなかった。
このままだと、成果が見られる前に再び金食い虫として罵られ、また技術凍結という暗黒の時代に逆戻りしてしまうだろう。
特に、実際に凍結された国の研究者にとって再びの凍結は、もはやトラウマそのもの。
必死に対策手段を考え、その考え抜いた末に見いだされた手段こそが、『興行化』だった。
『Robotics Industrial Simulation Engagement』
通称『RISE』
地上限定空間におけるユニット同士の模擬戦闘。
はやい話が、ロボットバトルである。
稼働範囲をフィード内に限定することで動作不安を軽減。
また同時に、動作不安というその欠点さえも、戦争ではなく娯楽であるならば、スパイスの一つ程度に緩和される。
このライズはその見た目のインパクトだけでなく、各国のユニット開発能力という文化・技術・開発力誇示に繋がり、世界中で大いに盛り上がった。
それこそ、オリンピックに匹敵するくらいの関心を持たれ、今では世界共通娯楽の一つに数えられている。
ミリオタの祐希としては少し納得しづらい部分があるが、早々に兵器としての側面を切り離したことが商業的成功の理由と考えられた。
独占技術の兵器でないからこそ、新規の参入の敷居が大きく下がり、同時に平和的な祭りの側面を手にして世界中が手を取り合い研究を加速させた。
それでもなお、ロボティクス技術を中心に無数の高度科学技術を要求されるなんて高すぎるハードルによって、ライズと関われるのは一部の先進国のみだが。
「しかも……女性でプロのPDになった人っていないんだよね……。なのにあさひさんは……」
シミュレーターでのPDなら、女性プロが何人もいる。
けれど、実機での女性プロは未だに一人も輩出していない。
アマチュアでさえ、女性人口は数えるほど。
つまり、彼女は今前人未到の偉業に挑戦しているということだ。
女でありながらイクス・ユニットが好きで、ロボットが好きで、そして好きを貫こうと何も隠さず堂々と生きている。
そんな彼女と比べて、自分は注目を浴びるのが嫌なんてちっぽけな理由で手伝うことを拒絶して。
だからだろう。
彼女のことを尊敬する気持ちと同じくらいに、消えてしまいたいというネガティブな気持ちが胸から湧き続けていた。




