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『R.I.S.E.:Over the Sky』~虚弱少女はいかにして浪漫を貫くに至ったか~  作者: あらまき
PROJECT: ARC

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PROJECT: ARC (中編)


 一限目として始まった微分積分学。

 その初回講義は、いきなりのテストだった。


 まさか……これがなぎさの言っていた『舐めたら痛い目を見る』なのか。


 若干の緊張を覚えながら生唾を飲み、あさひは配られたテスト用紙に目を向ける。


(…………?)


 首を傾げ、目をこすり、テスト用紙を二度見する。


(?????????)


 もう一度目をこすり、問題を見る。


 だが何度見ても、結果は変わらない。


 足し算。

 それも、二けたの足し算。

 最初に見えた問題は、ただの二けたの足し算だった。


 ざらっと流し読みした限り、ちょっと難しい中学レベルの算数で問題が終わっている。


 そんなわけがない。

 そう思いながら祈るように裏を見ると、ちゃんと問題が記載されていた。

 それでも、数学Ⅲの範疇。


 このテストは高校レベルの総まとめでしかなかった。


 あさひは溜息と共に苦笑する。

(なぎさ先輩の言葉に引っ張られてたな……)


 つまるところ、さっきのは単なるなぎさの冗談に過ぎなかった。

 おそらく揶揄われたのだろうと、あさひは理解した。


 そう……冷静に考えたら、初回講義なのだから振り返りの基礎確認なのは当然に過ぎない。

 むしろいきなり高難度のテストが出ると考える方がおかしいのだ。


 基礎がどのくらい出来ているかの確認。

 そう考えたら初回テストというのは案外正しい選択で――。


「これで百点取ったら講義なくても単位やるぞー」

 講師の一言に、あさひは目をまん丸にし、口を半開きにして栗みたいな顔で驚いた。


 もしかして講師なりのジョークなのだろうか。

 だがそんな空気ではない。


 よくわからない気持ちのまま、あさひはテスト用紙に向かう。

 正直、不安でいっぱいだった。


 あまりにも簡単すぎて、逆にこれで正しいのかという気持ちが無限に湧き続けていた。




 結局、講義はテストと採点だけで終わった。

 戻ってきた答案用紙にあさひは目を向ける。


 当たり前だが、百点である。


 何のひっかけもなく、一問だけ難しい問題が混じっていたということもない。

 順調すぎて、わけがわからなかった。


「あさひさん、頭良いんだね」

 祐希の言葉に、なんて返そうかあさひは少し困った。


「いや、そういうわけでも……祐希は?」

 少し恥ずかしそうに、祐希は答案を見せる。

 九十六点で、どちらも単なる計算ミスだった。


「なんだ、出来てるじゃん。ケアレスミスなんてないようなものだって」

「ううん。僕、こういった失敗したらいけないみたいな状況に弱くて……ちゃんと見直しもしたんだけどなぁ」

「まあ、祐希は繊細だからね。でもあんまり気にしなくて良いと思うよ」

「堂々としてるあさひさんが羨ましいよ」

「神経が図太いだけだって」

 そう言って、二人は楽しそうに談笑を重ねる。


 二人とも、わかっていた。

 これが、単なる現実逃避であるということは。


 だから、こんなわざとらしい会話を、のほほんと続けている。

 けれど、いつまでも逃げ続けるわけにはいかなかった。


 あさひは意を決し、後ろを向く。

 なぎさは、死んだ魚の目をしたまま虚空を向き、半笑いなんて麗しき淑女がしてはいけないような表情となっていた。


「あの……先輩。えっと……な、何点でした?」

 なぎさはそっと、答案用紙をあさひたちに見せる。


 そこに見えるのは『四十点』という驚異の得点だった。


 中学レベルで五十点は確約される中での、ありえなさすぎる点数である。


 彼女が文系人間というのなら、仕方がないと割り切れるだろう。

 誰にだって苦手分野というものはある。

 けれど、《《ここ》》でそれは許されない。


 ここは『神代科学技術大学』。

 文系学科でさえ理系科目が求められる、生粋の理系特化大学である。


「……あの、先輩。大変失礼ですが、よく合格出来ましたね」

「マークシートは得意でね」

 本当に失礼なあさひの言葉に、なぎさは当たり前のようにそう答える。

「いや、そんな……」

「でも、これ」

 祐希は目を丸くして驚きながら、なぎさの答案用紙を指差す。


 両面とも、答えそのものはすべて正解となっていた。


 そして同時に、すべての回答で途中式が省略されている。

 そのせいで減点、もしくは不正解となっていた。


「え……えぇ……」

 普通に考えたら、カンニングを疑う酷さだ。

 けれど、正直あさひにはそうは思えない。


 それに、カンニングだとしたら、あまりにも露骨過ぎる。


「……まあ、切り替えよう。それであさひちゃん。今日の講義は何限までだい?」

「あ、二限の午前で終わりです。……今日からですよね?」

 あさひの答えがよほど気に召したのか、なぎさは満面の笑みを浮かべた。


「その通りだとも! やる気があるようで何より! では、午後一時に君を出迎える準備をしておこうか。君が来るのを――期待してるよ」

 それだけ言って立ち上がり、なぎさはその場を後にする。


 回りくどい話し方と芝居がかった態度は戻ったものの、テストのダメージが残っているのか若干ふらふらしていた。


「……えと、あさひさん。その……用事とか、聞いても良い?」

「もちろん! と言いたいところだけど、二限が近いからお昼ご飯の時で良い?」

「もちろん。あさひさん二限は?」

「解析」

「じゃあ、僕とは別だね。合流は食堂で良い?」

「オーケー、じゃまたあとでね」

 あさひは手をふり、祐希と別れ早足で次の教室に向かった。





「……ユニット……って、『イクス・ユニット』?」

 祐希はうどんを掴んだまま、ぽかんとした顔をしていた。

「うん」

「……その……部活を?」

「うん。はじめる」

「……えっと……その……ここにあったかなぁ……」

 挙動不審な態度で、祐希は呟く。


 曖昧な表現にしている祐希だが、そんな部活がないことは最初からわかっている。

 もし、ユニットに関する部活があれば、大学側はパンフレットなりホームページなりで最初から前面に出すからだ。


 むしろ大学サイドがユニット関連に全面的に協力する。

 仮にも巨大ロボットを整備、修理、操縦を行うのだ。

 全面パックアップでもない限り、部活として成立しない。


 だから、祐希の"見たことがない"というのは、存在しないことと同義だった。


「これから作るの!」

 はっきりと断言するあさひに祐希は目を丸くした。

「う、嘘ぉ……」


 普段言葉に気を付け、決して失礼なことを言わない祐希がぼろを出す。

 そのくらい、あさひの言葉はありえなかった。


 ロボット製作にノウハウのない学校で、一から部活を立ち上げる。

 それはもう、無茶というより無謀に等しい。

 小さなロボコンのような代物じゃない。


 人が乗れる、本物のロボットである。


「大マジだよ。そもそも、ここ昔はユニット関連の部活あったし」

「え? そうなの? じゃあどうして……」

「色々あってね。というわけで、興味ない?」

「きょ、興味がないことはないけど……僕なんかじゃ出来ることは……」

「そんなことないよPD(パイロットドライバー)は当然、メカニックやプログラマーのサポート。それ以外の裏方だって。ほら、武器とか好きでしょ?」

「ううん……でも……」

「何なら見学だけでも良いしさ、一緒に行ってみない?」

 祐希は目を反らしながらしばらくおどおどとした後、申し訳なさそうに頭を下げた。


「ご、ごめん」

 そう言って、祐希は深く頭を下げる。


 曖昧な遠慮ではない。

 それは祐希にしては珍しい、本気での拒絶だった。


「いや、別に謝らなくても良いけど、どうしてか教えてくれる? 割と祐希好きそうだと思ったんだけど」

「えっと、その……ね。だって、目立つよね? その……えっと……」

 祐希の言いたいことは、なんとなく理解出来た。


「うん。目立つというか、めっちゃ悪目立ちするね」

 技術のノウハウと蓄積というものを、あさひは軽く見ていない。


 興行化しているロボット部門に、ゼロから乗り込む。

 その行為はさながらドン・キホーテが如く。

 しかも学生主導というのだからなおさら無茶が過ぎる話だ。


 しばらくは指を差されて笑われるのは間違いないし、ある程度軌道に乗っても低空飛行が精々であり、失笑されるのが関の山だろう。


 そうならないつもりではあるあさひでも、それは否定出来なかった。


「ごめん。僕、目立つのは……嫌なんだ……」

 祐希の声は、消え入りそうなほど小さな。

 それでも、そこには確かな拒絶が含まれていた。


「大丈夫。むしろごめんね我儘言って」

「ううん。カ、カンパとかなら協力するから!」

「あはは……。もしそんな追い詰められるような時が来たら、悪いけど学食でも奢って」

 笑いながら、あさひは言う。


 そんな未来は来てほしくないとは思いつつも、まったくありえないと言えないのが怖いところだった。



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