4. 竜性
『あなたの瞳の奥には、光が宿ってる』
『そう、そうだったのか、君が―――ずっと心が乾いていて、何をしても満たされなかった。君が僕の〝星〟だったのか!』
ランベルト王子の空虚な心を埋める唯一無二の相手は自分だと、やっと伝える事が出来た。
色とりどりの花が咲く、この王家の庭。
自分だけが異質な存在だった。
でも今、やっと自分もその中に溶け込む事が出来る。ランベルトの恋人として。
想いを交わした二人の顔がどちらともなく近付き、唇が触れる―――その時だった。
『……これは、どういう事です、か。ランベルト王子』
ゆらり、と現れたのは第三王子であるフェルナンの護衛騎士、エルドアン。
いくら護衛騎士とはいえ、王族専用の庭に理由も無く単独で入る事は許されない。
だが、緊急事態なのかと警戒したランベルトが自分から離れたその瞬間、腹部に感じた熱と口からゴボと溢れる鉄の味に力が抜けて膝をついた。
『くたばれ、紛い物』
『!ルイーゼっっ!!エルドアン貴様!』
『………妹は、あんたの〝星〟は毒を飲んだ。自分がいれば殿下は苦しむだろう、と……もう目を開ける事はない。助からない……俺は、それでも、あんたに会えば、妹は、マリエッタは救われるんじゃないか、って……なのに!!!お前は!この女の嘘にまんまと騙されて、そのせいで、妹は死ぬっていうのに!!!』
『何を言って―――?!!う、ぐぅっ……な、何だ、胸が焼け……あ、あああああーっ!!!』
『………マリィ、そうか……逝ってしまったか……でもいい、こんな、紛い物に騙されるような奴に会わない方がいい』
『 あ、え………まっ、待って、待って……光が、消えてしまう、やめ、嘘だ、嘘だ嘘だウソだうそだ!!!マリエッタ!!!!僕の、唯一!僕の運命!!何故、どうし、て!!』
『ハッ、何だ、今更思い出したのか……そうだよ、マリィは死んだ。記憶の無いお前がその偽者に騙されて、立場を入れ替わられても、それでも皆、お前を信じてた。けど……もう……妹は、記憶が戻ればお前が苦しむだろうと、記憶を戻さないよう王に頼んで……毒をっ、……裏切り者の…っ、お前の、為に、だ!!!』
『じゃあ、ルイーゼは……』
痛みで朦朧としていてランベルトとエルドアンの会話はよく聞こえない。
ゆらりと、緩慢な動きで近付いてくるランベルトに、私は震える腕を伸ばす。
『…、ラン……痛い、よ、たすけ』
『黙れ…お前がその名で呼ぶな!!』
『え……?―――がぁっッ!!!』
むせ返るような花の匂い。
喉の奥まで塞ぐ鉄の、血の臭い。
青い、深い青の向こうの星はその輝きを失い、瞳から失われてしまった。
そうだ。だって。
初めからその光は私の物じゃなかった。
本当は知っていた。
あの子の。
この庭でランベルトと笑う幼い少女のものだった。
それを私が奪った。
その罰だ。
最後に見たのは、愛しいあの人が私に振り下ろす刀の白い輝き―――
―――その日、王国は一夜にして滅亡した。
竜が全てを無に、灰にした。
火を吐き、毒をまき散らし、家も田畑も焼かれ、草木も水も汚染された。
人も、動物も、虫も、みな息絶えた。
王も民も、誰一人残らず。
竜の怒り、竜の呪いだとして、その穢れた地には誰も近寄る事が出来なかった。
運命を違えた哀れな狂竜は、今日も大切な宝を抱えて眠る。
胸の中の小さな白い、人の骸。
かつて人だった頃の幸せな夢の中で、
竜は少女の夢を見る―――
◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇
「今の話は未来の可能性の一つよ。最悪のね」
「「「「「「「 ・・・・・・・ 」」」」」」」
七人分の沈黙。
暗っ!!重っっ!!
何じゃそのBADエンドーっ!!!
メリバでもない完全鬱エンド!
しかも全く救いなし!
このゲーム怖すぎなんだけど!
乙女ゲームだよね?!え??
ランベルトって攻略対象じゃなかったの?!
蝉が鳴いちゃう系の世界だった?
「……マリィを失った僕は狂って竜化する訳ですか」
「そうよぉ〜、記憶を封じていたこの人と王妃は特に恨まれて、惨殺されちゃうのよね〜」
そう言って王妃様は隣の王様の肩をバシバシ叩く。王様ちょっと痛そう。
私は今、南の一つ星―――じゃなく、王宮の奥、決められた者しか入れないプライベートガーデン―――そう、ゲームタイトルにもなってる四季の庭にいる。
見上げているのは王様と王妃様、そして第一から第五まで。ずらっと王子様達に囲まれて居心地が悪いどころの騒ぎじゃない。助けてお母様!ヘルプミー!
「大丈夫だよ、そんな震えなくてもマリィは僕がずっと守るからね」
確かにあなたは実績がありますけど。
私がオバさんになっても、いや、骨になっても守ってるみたいだけど、そうじゃない、そうじゃないのよ?
なんでこんな状況になっているかの元凶は第三王子だ。
緊急事態だと、私は王宮に拉致する勢いで連れてこられ、第二王女キャサリン様と第六王女ルイーゼ様の父が同じ姉妹だと私に知られている事を王妃に告げ口し、それを聞いた王妃様は真実を見抜く探偵かの如く、目をキラーンとさせて家族を集めた。イケてる王族勢揃い(第六王女を除く)で圧巻です。
「えー、まず初めに。私はこの世界に生まれる前の記憶がある〝転生者〟です。夫であるジークには話してあるのだけど、貴方達には初めて話すわね」
「「「「 !! 」」」」
あ、第二王女は驚いてない。
この人も転生者?
そう思って第二王女をチラチラ観察していたら、目が合った彼女ににっこり微笑まれた。
第三王子みたいな何か含んだ笑顔じゃなくて、優しそうな、いい人オーラのやつよ?
あ、なんか言いたげに第三王子からの視線がビシバシ飛んでくるので、ランベルトの腕を取って隠してもらう。だって彼のお膝の上なんだもの、私の座ってる位置。おかしくない?
「フェルナン兄上、マリィが怯えてます」
「……ランがそんな溺愛家になるなんてね」
呆れたような第三王子の声に、王妃様はコロコロと笑う。
「基本的に〝星〟を見つけると王族の男はランみたいに溺愛系粘着男になるのよね…ねぇあなた?」
「ゔっ…」
王妃様に小突かれた王様がうめき声を出す。心当たりがあるようだ。
そうそう、この国では男女関係なく生まれた順に第一第二、と振られるから、第一王子はアークボルト(19)、第二王女がキャサリン(17)、第三王子にフェルナン(14)、第四王子のガヴェイン(12)、第五王子ランベルト(8)、んで第六王女ルイーゼ(8)となっている(敬称略)。
私も上に兄が二人いるけど、長男エルドアン(13)、次男サミュエル(12)ときて三女に私、マリエッタ(5)の順だ。
うん。忘れないで、私まだ5歳。
普通、こんな話理解できないよ?
「―――私の前世ではこの世界は〝物語〟として語られていてね、色々な選択を迫られながら沢山の未来が選べるようになっていた……その世界で、ルイーゼがランベルトを愛する選択をすれば、さっき言ったような最悪の結末になってしまうの」
あのゲーム、全部がハッピーエンドにはならないんだ?
私は第一王子エンドと、第二王女とのトゥルーエンドしか見てないのよね…
何となく、トゥルーエンドを見た後は他の恋愛エンドを見てもなぁ、って気持ちでやめちゃった。まさかの鬱エンドが潜んでいたとはびっくり。どうりで第五王子に話しかける選択しても反応が良くなかった訳だ。彼のEDは心を捻じ曲げさせる選択をしていったがゆえの、悪路だったんだろうね。
「ランベルトは知っての通り、皆より竜性が強いわ。なのに、幼いうちにマリエッタという〝星〟と出会ってしまった事で、竜性を制御しきれずにマリエッタを傷付けてしまうと心配した物語の中のジークと私は、彼女が15歳になるまでランベルトの記憶を封じる事にしたの。まさかそれを利用して、ランベルトの運命をベネットが彼女から盗み取るなんて思わなかったんでしょうね…」
ということは。
ランベルトのあの溺愛っぷりも度が過ぎる位の接触も、竜性の暴走って事???
「あの、じゃあ、いまおみみのうしろのにおいをかいでるランベルトも、りゅーせいのせい?」
耳の裏側から項にかけて、髪の中に顔を突っ込んでスンスン匂いを嗅いでいる獣みたいな行動も、全部竜性の暴走ですか……?
「っ、それは竜性とは無関係よっっ!」
「いでっ!!」
すぱん、と良い音をたててランベルトの後頭部に王妃様の扇が炸裂した。ハリセンかな?
「……きっとこんな風だから物語の王と王妃がランベルトを止めたのでしょう。まだ子供のマリエッタに無体を働いて彼女の心を傷付けないように……」
「物語のように記憶を封じれば同じ事が起きないとも限らない。何故かルイーゼはランベルトに執着を見せ始めているしな」
もうランベルトルート確定なの?
早くない?
まぁ破滅エンドの話を聞いちゃったら、ランベルトとくっつける訳にはいかないよね。でもそれって、私がランベルトを制御する生贄なんでは……?
「もう去勢するしかないか」
第一王子のアークボルト様に言われ、流石のランベルトもひゅって縮こまった。
犬猫じゃないので簡単にはいきませんよ?
「あの、わたしも、ランベルトもてんせいしゃ、です。だからだいじょぶ、たいしょ、できる。マリィ、きずつかない。ランベルトからわたしのきおく、けさないでください」
物語のマリエッタと違って、中身はアラサー喪女。多少のスキンシップでショックを受けたりしないよ!
「マリエッタ嬢…」
「マリィちゃん…」
王様と王妃様が頭を撫でてくれる。
そうだよ、ハッピーエンドの為に頑張るよ!ちゅっちゅくらいで騒がないぞ!
そう、決意を新たにしている私に、申し訳なさそうに挙手してくれたのは第二王女のキャサリン様だった。
「あの、私も転生者、です」
「えぇ?!キャサリンもなの?どうりで年齢の割に妙に落ち着いてると思ったわ。待遇についてもすんなり受け入れてるし」
確かにゲームのキャサリンはもう少し尖ってたというか、出生の秘密を受け止めきれない感があったかな。側妃(実母)に反発して、母親が想い人の元へ行こうとする気持ちも否定して、それでも憎い男の血を引く娘の自分を愛してくれた母を理解し、和解してお互い前へ進む。
ルイーゼはそんな母娘の仲を取り持とうと奔走するのよね。自分の出生の方が重いのにさ。そんな感動ルートだったんだけど……
「あの、私このゲーム、全ルートのエンディングを見てるんです。割とガチで。皆さんは?」
むむ?
キャサリン様、もしかしてヲタク…?
何系を好むのかお話してみたいぞ。
「僕はゲーム未プレイ。見たのは漫画だけ」
ランベルトはそう言ってたね。
漫画だとどのルートで話が進んでたのかな。トゥルーエンド?
「私は最初にランベルトの鬱エンドからプレイしちゃって……その後キャサリン、アークボルト、フェルナンまでね」
「母上、僕のは?」
「やーごめんごめん!ガヴェインのキャラ説明に『俺様ドS系』ってあってさ〜!オレ様かぁ〜、って迷ってるうちに死んじゃって」
「母上、『オレサマドエス』って何ですか?」
「………(ニコッ)」
不思議そうに聞き返してくる第四王子の二の句を笑顔で封じた王妃様は最強だと思う。
そうか、彼は、そういうタイプだったか。
「まりぃは、あーくぼるとさまと、キャサリンさまの2つだけなのよ」
アークボルト様とはかなり年の差があるけど、実はアークボルト様には病気で亡くなられた婚約者がいてね。その人が忘れられず、時を止めてしまっているアークボルト様の心を救う、っていう割と王道な展開な話だった気がする。
恋愛要素も薄くて、イチャラブっていうより、兄妹ラブな感じだったよ。
「あっ!!マリィおもいだした。あーくぼるとさまのこんやくさ、さま、ごびょーき。すききらい、よくない、かいけつびょー。びたみんしー、とらせて」
「!何故、彼女の身体が弱い事を」
「ですね。ゲーム内でありました。アークボルト兄様の婚約者が亡くなった原因を突き止める為、研究をしていらっしゃいました。お話の最後で病気の原因が分かり、新鮮な果物、あとローズヒップティーを患者さんに飲ませていました。ビタミンCという、新鮮な果物や生野菜に含まれる成分の摂取が出来ずにかかる病気なんです」
良かった、キャサリン様が補足してくれた。幼児の拙い表現じゃ伝わりにくいもんね。
「……話し中に悪いが、早く彼女に伝えたい。すまないが、行ってくる」
「そうね、早い方がいいわ。行ってあげて、アークボルト」
「有難うございます!」
颯爽と走っていく第一王子。
確か二十歳になる頃に婚約者が亡くなった、ってあったから、今はまだ病弱位の認識なのかな?
何にせよ、助けられそうで良かった。
アークボルトルートの彼、もう、何ていうか鬼気迫るというか。
病気の究明に命賭けてる、って感じでさー、もう、誰も貴方を責めてないんだよ、自分も大切にしてあげて、って、何度泣きそうになった事か。
王妃様は、アークボルトルートに入らなければ婚約者さんは死なない、と思ってたみたいで、私が思い出してくれて良かったって胸を撫で下ろしてる。
これで第一王子ルートは潰れたね。
第二もキャサリン様がこうだし、第五は絶対的に阻止だし。残るは第三と第四か。
「あの…」
だが、ふんふんと算段する私に、キャサリン様は申し訳なさそうな顔を向けてくる。
そういえばさっき何か言いたそうにしてたような?
「マリエッタ様。残念ですが……多分、第三第四でも、勿論、第五王子ルートでもありません。恐らくここは―――」




