【229】冒険者試験編㉛ 〜そして旅立ちへ〜
「う、う……うおぉぉぉぉぉ!!」
換金所の前。
大金の入った袋を抱えたボペットが、涙を溜めた目で天を仰ぎ──両腕で、これでもかとガッツポーズを決めた。
「やった……やったぞぉぉ!!俺は……俺は勝ったぁぁ!!」
「……うるせぇな。早くどけよ」
「ちっ……大荒れの万券取るとか、運が良すぎんだろ」
列の後方から妬みの声が飛ぶ。
だが、今のボペットには届かない。届くはずもない。
なにせ──手の中には、人生が一発でひっくり返る額の札束があるのだ。
「へへ……へへへ……」
笑いが漏れてしまう。止まらない。
こんな日が来るなんて、誰が思った。
「……次は、もっとでけぇの当ててやる……!」
ボペットはそう呟き、札束を胸に抱きしめた。
(ここでやめておけばよかった──ということを、今の彼は知る由もない)
◇ ◇ ◇
喧騒の換金所や休憩所とは打って変わり──
人の気配が薄い静寂の通路。
灯りが漏れる部屋の入口には、《救護室》の札が掛かっている。
──コン、コン。
軽いノック。
ドアの隙間から顔を覗かせた人影が、きょろきょろと室内を見回した。
流れるような白銀の髪を指先ですくい、耳の後ろに収める。
「あら、誰もいないです?」
現れたのは──ディスティニー=ローズだった。
ディスティニーは、音もなく部屋に足を踏み入れると、奥のカーテンへ向かう。
そして、ゆっくりとカーテンを開いた。
そこには──
全身包帯だらけで眠るアーシスの姿。
「……ふふ。大変でしたね」
ディスティニーは、アーシスの顔を覗き込んで小さく微笑むと、両手を空中に掲げ、ほとんど囁きに近い声で詠唱を始めた。
すると──両手の間に、小さな球体が生まれる。
半透明で、薄緑の光を放つそれは、呼吸するように膨らみ……
やがて、抱えきれないほどの大きさへと成長した。
「……えいっ」
ディスティニーが軽く手を振る。
球体はふわりと落ち、アーシスの身体に触れた瞬間──形を変え、まるで繭のように包み込んだ。
柔らかな光が、全身を撫でるように揺れ──やがて、すっと消えた。
ディスティニーは傍の椅子に腰掛けると、ポケットから魔道スマホを取り出した。
真剣な表情でピコピコとスマホをいじくり始めた、その時。
アーシスの身体が、かすかに揺れた。
「……ん」
「あら、起きました?」
アーシスはゆっくりとまぶたを開く。
意識は妙にクリアで、身体の痛みも──感じない。
視線を横に向けると、白銀の髪の美少女がスマホをいじっていた。
「……ディスティニー?」
「ふふ。さっきの戦い、すごかったですね。興奮のあまり課金してしまいましたよ」
「課金?」
「いえ、ゲームの話です」
ディスティニーはにこやかに画面を見せる。
見慣れないゲームのガチャ演出が、派手に回っていた。
「ふふ、間に合いそうで良かったです」
「……え。何に?」
「何って。合格発表に決まってるじゃないですか、ふふ」
──バッ!!
アーシスは飛び起きた。
「もうみなさん行ってると思いますよ」
「うわ、やべっ!」
アーシスはベッドから飛び降り、出口へ向かう。
その時──
「アーシスさん!」
ディスティニーにしては珍しい、張りのある声。
「ど、どした?」
「ふふ……パンツくらい履いたらどうです?」
「……え?」
アーシスは下を見る。
そして、自分が──何も着ていないことに気づいた。
「あ……」
顔が真っ赤になり、耳まで熱くなる。
次の瞬間──
「し、失礼しましたぁぁ!!」
アーシスは包帯の山から適当な布を掴み、逃げるように部屋を飛び出した。
ディスティニーはひとり、静かに微笑む。
「……ふふ。相変わらず、面白い人ですね」
◇ ◇ ◇
栄光への登竜門──グローリーゲイト。
夜空に包まれたコロシアムを、魔導照明が白く照らしている。
戦いを終えたアリーナには、合格者発表用の特設ステージが組まれていた。
ステージ上にはギルドの重鎮たち。
そして中央には、G=フュールーズ。
ステージ下には警備兵が並び、その前には煌びやかな服装の楽器隊。
控えエリアから真っ直ぐに伸びるレッドカーペットが、ステージへ続いている。
観客たちも席へ戻り、場は静かに熱を帯びていった。
──ジジ……。
魔導スピーカーがノイズを走らせる。
「お待たせいたしました!!いよいよ、本日の挑戦者たちの──合格発表の時間です!!」
司会の声が響き、会場から拍手と歓声が上がる。
その波を背に、G=フュールーズへマイクが渡された。
「……うぉほん!」
咳払いひとつ。
それだけで、場が締まる。
「冒険者試験、最高責任者のG=フュールーズである!
本日の戦い──あっぱれであった!!」
低く、腹に響く声。
「学生とは思えぬレベルの高さ。冒険者育成学校の生徒、そして教師たち。わしは、そなたたちを誇りに思う!」
控えエリアの生徒たちが固唾を飲む。
教師たちも黙って見守る。
「——各地に出現する未知の《ネーオダンジョン》。
——絶え間なく溢れ出す魔物たち。
——国境をめぐる睨み合い。
——治安の乱れと、跳梁跋扈する盗賊団……」
Gは夜空を見上げた。
「この乱世は──冒険者を待っておる!」
会場は緊張感に包まれる。
一瞬の間。
そして、Gが叫ぶ。
「それでは、合格者を発表する!!」
◇ ◇ ◇
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
息を切らしながら、アーシスは廊下を駆けていた。
地下の救護室から階段を駆け上がる。
地上に近づくほど、歓声が大きくなる。
──扉を開け、控えエリアへ飛び込んだ、その瞬間。
「最後の合格者は──」
魔導スピーカーから、Gの声。
アーシスが顔を上げる。
「──アーシス=フュールーズ!!」
爆発する歓声。
地鳴りのような音が、控えエリアの床を震わせた。
呆然と立ち尽くすアーシスの肩を、トン、と叩く手。
「ほら。呼んでるぞ……行ってこい」
パブロフが、わずかに頬を緩めていた。
アーシスは小さく頷き、アリーナへと進んでいく。
金網のゲイトをくぐり、レッドカーペットに姿を現すと、歓声がからに跳ね上がった。
ゆっくり前へ進むと、ステージ前に並ぶ合格者たちの中に──見慣れた顔。
「アーシス!」
「アーシスくん」
「ちょっと、大丈夫なの!?」
シルティ、マルミィ、アップル。
さらに、ナーベ、ダルウィン、プティット、パットの姿も見えた。
シルティが静かに微笑みかける。
「エピック・リンク──全員合格だな」
その笑みを受け、アーシスもようやく地に足がついた気がした。
「ギルドカード、授与!!」
司会の声が響き、楽器隊がファンファーレを鳴らす。
合格者たちは順番にステージへ上がり、Gから直接ギルドカードを受け取っていく。
一人、また一人と進み──最後のアーシスの順番がやって来る。
久しぶりに見る“爺”の顔。
目と目が合う。
爺はそっとカードを差し出し、短く言った。
「ふん。よくやったわい」
「へへっ」
アーシスは笑顔でギルドカードを受け取る。
「ってか、爺が試験の最高責任者とか、聞いてないぞ!!」
「ふん。聞かれてないからな」
「なっ!?爺のくせに屁理屈言いやがって!」
「こら!G様になんという口の聞き方だ!!」
アーシスは警備兵に羽交い締めにされ、列に戻される。
すると、楽器隊のラッパが響き渡り、夜空にいっせいに魔導花火が咲いた。
爆ぜる光。
鳴り響く歓声。
「すっごいね!」
「きれい……」
「にゃ」
「……この景色、一生忘れないな」
アップルがはしゃぎ、マルミィがにゃんぴんを抱きしめ、シルティはただ静かに、夜空を見上げていた。
◇ ◇ ◇
特設ステージ裏手へと下がるGに、影から男が声をかける。
「いやぁ。強くなったねぇ、アーシスは。親父のおかげかな?」
「ふん、お前にとっては"順調"、じゃろ……」
「いやいや……」
Gは影へ目を向けず、前を見たまま呟く。
「パープル。お前のやることは──あの子を傷つけるかもしれんぞ……」
「……それは、あの子次第でしょう」
月明かりが影を照らし、男の姿が浮かび上がる。
彫りの深い顔立ちに、整えられた顎髭が、その厳格な輪郭をより鋭利に際立たせていた。
サングラスの奥に鋭い目が光る。
膝下まで届く純白のロングコートの背には──世界ギルド連合の紋章が浮かび上がっていた。
強く風が吹く。
「……時代は移り変わるもの。"次の主人公"は、アーシスです」
パープルは目を細めた。
──ガチャ、ガチャ、ガチャ。
金属の擦れる音が近づく。
「ふん。相変わらずうるさい奴じゃ」
Gは鼻を鳴らし、キセルを咥えた。
現れたのは、フルプレートの鎧を来た──ダークデンジャー。
「はっ。G様、失礼しました」
ダークデンジャーは頭を下げ、パープルに告げる。
「総帥。そろそろお帰りでしょうか」
「ああ……ちょっと寄り道してくから、先帰ってて」
「はっ」
◇ ◇ ◇
──控えエリア。
合格した生徒たちが、疲れを忘れてはしゃいでいた。
落ちた生徒たちも、悔しさを飲み込んで祝福している。
そんな中──アーシスの背後から、ふいに声。
「大きくなったなぁ、アーシス」
振り返ると、そこにいたのは──パープル。
「……え?」
アーシスは誰だか分からず、首を傾げる。
その時。
──ドサ。
アップルが腰を抜かし、その場に座り込んだ。
「どした?アップル」
アーシスが不思議そうに声をかけると、アップルは声を震わしながら叫び声を上げた。
「ゆ、ゆ、ゆ…、勇者パ〜プルゥゥゥゥ!!」
声が響いた瞬間、周囲の生徒たちもパープルに気づき──ざわめきは一気に膨らんだ。
「やれやれ。はいはい、サインは並んで。写真はダメだよぉ」
囲まれたパープルは、慣れた様子で生徒たちを捌いていく。
「あ、アーシス、勇者様と知り合いなのぉ?」
「……いや」
何がなんだかわからないアーシスは、アップルの問いに淡白に答えた。
「あの……アーシスとはどういうご関係で?」
アップルは恐る恐るパープルに尋ねる。
「ああ。父です」
場が一瞬凍りつき──
「ええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」
アップルの叫びが控えエリアを揺らした。
「だ、だって、ファミリーネーム違いますよね!?」
「ああ、偽名です」
「ええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」
「……だって、病院で呼び出される時、本名だとバレちゃうでしょ?だから、魔王を倒した時に名前変えたんです」
「なにそれぇぇぇぇぇぇ!!」
「ちなみに、母親も偽名です」
「ええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」
「そもそも、母親って誰?」
「パープルって、独身だったんじゃ…」
生徒たちのざわめきがMAXに広がる。
「混乱してきたーーーー!!」
アップルは目を回し、魂が口から抜け出した。
騒ぎをよそに、パープルはふと──アーシスの剣へ視線を落とす。
「……その剣も、使いこなしてるようだな?」
「え?」
「その剣、俺が昔使ってたやつをお前用に置いてったんだよ。じいさんに聞いてないか?」
思考が追いつかないアーシスに、パープルはふっと微笑みかけた。
「ど、どおりで……オリハルコンなんかを持ってるわけだ……」
シルティは汗を流しながら呟く。
マルミィ、ナーベも言葉が出ず、佇んでいた。
にゃんぴんだけは、平然と空中に浮かび、煮干しをポリポリと齧っている。
その時。
「──きゃあっ!!」
空が裂けたような風圧と共に、巨大な影が舞い降りた。
翼の一振りで、控えエリアの髪と服が乱れ、砂塵が舞う。
「な、な、な……なんでこんなところにドラゴンが……!?」
一人の生徒が声を上げた。
悲鳴が凍りつく中、そこに降り立ったのは、神話から這い出してきたかのような古龍。
ギロリ。
睨みをきかすドラゴンの覇気に、生徒たちは腰を抜かし、動けない。
アーシスとシルティは剣を抜き、構える。
アップルとナーベがシールド魔法を展開し、マルミィは杖を構えた。
──とても今の実力でかなう相手ではない。
誰もがそう直感した。
だが、やらなければ仲間が死ぬ。
覚悟を決めた、その瞬間。
「──待て待て待て」
パープルが声を上げ、生徒の間を割ってドラゴンへと近づいていく。
(そうだ──勇者がいたんだ)
みんなの胸を、ほんの少し安堵が撫でた。
パープルは、そのままギリギリの距離まで歩み寄る。
生徒たちに緊張が走った、次の瞬間──
ドラゴンが差し出した“手”に、パープルがひょいっと飛び乗った。
「……なっ!?」
「こいつは俺のペットだよ」
パープルはドラゴンの頬を撫でながら笑う。
一同、度肝を抜かれ、声も出ない。
ドラゴンが翼をはためかせ、強風が吹く。
パープルはドラゴンの手の上から、アーシスを真っ直ぐに見て言った。
「アーシス。昇ってこいよ。高みへ」
次の瞬間。
ドラゴンはパープルを乗せたまま飛び立ち、星空へ溶けるように消えていった。
「あ、あれが、勇者……で。俺の……親父?……はは」
アーシスは鳥肌を立て、そして──笑った。
(……やってやるよ。俺も、高みへ登ってやる)
グッと拳を握るアーシスの後ろには、同じく瞳に炎を宿したエピック・リンクの仲間たちが立っている。
月明かりに照らされ、冒険者の資格を得た仲間たちの新たな冒険が、始まろうとしていた。
──そして、旅立ちへ。
【第ニ章 冒険者育成学校 〜二年生編〜、完】
ご愛読ありがとうございました!
これにて、第二章完結です。
しばらくの間、充電期間とさせていただきます。
またいつか、この旅の続きがはじまるまで──おやすみなさい。




