第八話「代わってやろうか!?」
「ここが悪霊が居るっていう泉か」
特に変わったところはない。
本当に小さな泉だ。
悪霊が住み着いているというわけには、綺麗だな。底が見えるほど透き通っている。
ただ生き物がいない。
あったとしても植物ぐらいか。
「……居るわね」
俺にはなにも感じられないが、聖女であるファナは邪な力を感じとっているようだ。
「で? どうするんだよこれから」
「イチャイチャするわよ」
「できるわけがない」
「なんでよ」
「逆にお前は俺とできるのかよ?」
いまだに腕を組んでいるが、これ以上のことなんて考えられない。
というか想像できない。
「そうね……私も聖女だから、エッチな行為はご法度だからね」
「言っておくが、俺もどうすればいいかわからねぇからな」
「よーし。それじゃあ、昔みたいに」
昔、みたいに? やばい、嫌な予感が。
「聖なる間接技!!」
「やっぱりかぁ!?」
ぐるっと、背後に回り込まれ、身動きを封じられる。
「ふ、ふざけるな! これにどこがイチャイチャだ!?」
「だって、普通がわからないんだからしょうがないじゃない」
「だからって、これはねぇだろうが!?」
こんなので悪霊が出てくるはずが。
「久しぶりに来たようだな……くっくっく」
……どうやらお出ましのようだな。
憎しみに満ちた声が響くと、泉の中からゆらりと現れる。
ボロボロの服を着た二十代から三十代ぐらいの男。
その瞳には、明らかに嫉妬の炎が灯っている……ように見える。
「うわ……本当に居たのかよ」
「居たわね」
まさかこんなことで現れるとは。よほど若い男女に恨みがあるんだろうな。
「俺の前で、イチャつきやがって!!」
「お前の目は節穴か! これのどこがイチャついてるって!?」
「イチャついてるだろうが! そんな可愛い女の子と密着しやがって……なんだ? ロリコンか? てめぇロリコンかよ!?」
確かにこいつは見た目だけはロリだが、中身は十八歳の暴力女だぞ。
「ぐおっ!?」
「もう、ダーリンってばそんなに私とくっつくのが嬉しいの? しょうがないなぁ」
この聖女め……やっぱり心が読めるだろ絶対。
「てめええええっ!!!」
なんでそこで血涙だ! というか悪霊でも涙を流すんだな。
「勘違いを、するな悪霊! これはな、イチャついてんじゃない! 虐められてるんだ!!」
「俺と代われやぁ!!」
「ああ、代わってやるよ!! 代わってやろうか!?」
代わりてぇよ……。
「あら? いいわよ」
「マジで!?」
これは予想外の展開。
これには、悪霊も歓喜の声を上げていた。いや待てよ。相手は悪霊で、ファナは聖女なわけだから。
「お願いします!!」
「ええ。いくわよ」
なんの疑いもなしに近づいて、深々と頭を下げる悪霊。
そんな悪霊に、ファナは聖女スマイルを向けながら。
「光あれ!!!」
「ぎゃああああっ!?」
聖なる光を纏った右拳で、悪霊を殴り飛ばした。
ああ、やっぱり。
「あら? 一撃で浄化できると思ったのに。これは相当な怨念が集まっているようね」
「不意打ちってひどくないっすか? 聖女としてどうなの?」
「不意打ちじゃないわ。ちゃんと正々堂々といくわよって言ったじゃない」
あの流れから、殴られるなんて誰が思うか。俺は、なんとなく察したけど。
悪霊はすでに消えかかっている。
このままだとちょっとした聖なる光を浴びれば、浄化されてしまうだろう。
「こ、この感じ……まさか聖職者か!?」
「いや、格好で気付けよ」
「そうよ。失礼しちゃうわ」
そもそも悪霊なら、ファナから発せられる聖なる力を敏感に感じるはずなんだが……嫉妬が勝って気づかなかったのか?
「こらー、二人とも油断しちゃだめだぞー」
「新たな女だと!? てめぇ、二股か!?」
「なんでそうなる」
清果め。ちゃんと隠れていろって言ったのに。
「いや、この感じ……もう一人居るな!」
うわぁ、すごい察知能力だ。
まさかまだ姿を現していないリオにまで気づくとは。
「ご、ごめんなさい! 隠れるのが下手で!」
いや、こいつの敏感過ぎるんだよ。
「ちくしょう……ちくしょうが! お前のようなハーレム野郎は初めてだ!! 爆発しろおおお!!!」
嫉妬の炎が燃え上がる。
さっきまで消えかかっていた悪霊は、実体化でもしたかのように色が濃くなる。
「おい、どうするんだこれ」
「大丈夫よ。私は聖女……例え、強くなろうとも」
「死ねやぁ!! ハーレム野郎!!」
俺は別に悪くないはずなのに、殺意の全ては俺へと向けられている。人の形から獣へと変わり果てた悪霊が、牙を向く。
「邪悪なる存在には負けない!!」
「うぼあああっ!?」
しかし、聖なる力が宿った見事なアッパーカットで悪霊は四散する。