第五十一ノ契約 『神祓い』と云う意味
静かに呟くように、それでいて吐き捨てるように言った『神祓い』の言葉に思わず固まったのは刻だった。推測を言ったのは刻だったのに、予想は出来ていたはずなのに、脳は理解を超えていた。それは多分、思い出してしまったからに他ならなくて。
「……オマエらのせいだろ」
「どういうこと?」
哉都が恐る恐る、だが知りたいと言わんばかりに聞くが彼の瞳は刻を凝視したまま動くことはなかった。そうして彼は心の内を吐き出した。
「オマエらのせいだろあの子が死んだのもなにもかも全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部!!!!あんなところで戦い出さなければモノノケが出なければなければなければなければなければなければなければなければっっ!!……………オレガ、ボクガ、守レナカッタカラ、力ガナカッタカラ、死ンダ、誰ノセイダ、オマエラが殺シタ、アノ子ヲ!!」
途中から支離滅裂な言葉の羅列。一息で言われた感情の渦。それでも読み取れたのは彼の苦痛で悲痛なまでの感情と懺悔、後悔。契約者を守れずに死なせてしまった恐怖と絶望、懺悔、後悔。彼らがいる場所で戦いを始め、巻き込まれてしまった憎悪と復讐。失ってしまった悲しみ。壮絶な絶望。これは絶望以外になにもない。ねぇ、誰がそんなこと分かるの?なんで、なんで強制破棄を願うの?
「契約したら嫌でも絶望を味わうよね?なら、破棄してしまえば良い。同じ者を増やさせはしない。悲しみを絶望を与えてはならない。だってこの世界は狂っているんだから。アイツらに復讐したい。憎い、憎い、憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!!モノノケは全て死んでしまえば良いっ!オマエらも、ボクモ全員死んでしまえば良いっ!そうすればそうすればそうすればそうすればそうすればそうすればそうすればそうすればそうすればそうすればそうすればそうすればそうすればそうすればそうすればそうすればそうすればそうすれば…………そうすれば、ミンナ救ワレル」
「……強制破棄をすれば、契約者は絶望から救われる、そう言いたいのですね」
「アア……だってソウデショウ?アイツらがいるから救えなかった。アイツらがいるから死ななくてはならなかった。アイツらがいるからアイツらがいるからアイツらがいるからアイツらがいるからアイツらがいるから……」
彼の瞳から闇が溢れ出る。狂ったように同じ言葉を繰り返すのは彼なりの精神の保ち方なのか、それともこれ以上壊れないための予防策なのか。嗚呼、既に同胞を狩り、強制破棄を行っている以上もう分からない。でも、そこにあるのは彼なりの救いを求めた願い。契約をしてしまったがために感じてしまった恐ろしいほどの絶望。奈落の底に叩きつけられたような、目隠しをされたかのような、数歩先も見えない暗闇の中。何処にも出口なんてない。希望さえ、涙さえ枯れてしまうほどの絶望。もう、そんなの誰にも味わって欲しくないから。その願いも意味も分かる。でも、それは
「……お前が勝手に決めてんじゃねぇよ!!」
『神祓い』が勝手に決めて良いことではない。哉都が大声で怒り任せに叫べば、彼はゆっくりと哉都を振り返った。そして、哉都を「なんで?」と言わんばかりの瞳で見やった。無意識に、自らの行為が正しいと信じる瞳だった。それが何故か、哉都には腹が立った。正義感とかで言っている訳ではなかった。これは、心の底から叫びだ。
「お前を召喚して契約した奴のことはどうでも良いのかよ!?俺にはお前のこともお前が言うあの子のことも分からない。お前が味わった絶望だってな、絶対に分かりっこない。でも、お前が守りたかったあの子は強制破棄を望んだのか?お前が味わった絶望は、その子だって味わったんだよきっと。それに、お前が絶望を与えたくないと言っておきながら絶望を与えていることに気づけよっ!」
胸元の服を握りしめ、哉都は叫ぶ。誰だって絶望を味わいたくはない。彼の痛みも痛いほど分かる。でも、それは本当にお前が望んだ事なのか?哉都の叫びに『神祓い』は首を無邪気に傾げ、言う。その声は恐ろしいほど低かった。
「オマエになにが分かるって云うの?ボクの絶望が、願いが。モノノケと神王・神姫の戦いが全てを奪った。奪われたのならば、奪っても良いでしょう?奪われるくらいなら、最初から奪ってしまえば良い!!……そうしてあとになって分かるんだ、奪われた意味と救われた意味を」
「っ!(やっぱり、こいつ分かってないっ!)」
なにを言っても通じない。そう思っても無理はなかった。絶望を抱え、自らを責め続け、世界を恨み続け、嘆き、懺悔し、そうして彼が見つけた唯一の答え。ねぇ、その答えは本当に、貴方の縁ですか?絶望の前に生まれたそれら全ても無に返すとでも言うのですか?
「……ウソ」
「え?」
「ウソつきもいい加減にしなよ!」
『神祓い』を押さえつけていた茶々が叫んだ。その声色には怒りと悲しみが宿っていた。それは紗夜も同じだった。刃物を持つ手に異様に力が籠ってしまい、紗夜の手から微かに血が滲んでしまっていた。
「絶望を与えたくないからって、代わりに与えてるようなもんじゃんそれさぁ。キミ以外が、絶望しないとでも思った?哉都くんが言ったみたいに契約者の感情は分からないよ。でもね、キミに強制破棄された神王・神姫達の思いを、無駄にする気!?もう一度、自分の契約条件を思い出してみれば!?それは、ボクたち全員の形でしょ!?」
「茶々の言う通りです。普通ならばあなたに強制破棄された人々は二度とこの世で未来を、希望を、縁を、願いを誓い合った片割れに出会えません。輪廻転生を果たさない限り、あなたに復讐の念を抱くでしょう。あたしならそうでしょう。ですが、どうですか?今まであなたが破棄した契約者から復讐を受けましたか?憎悪を受けましたか?彼らは、あなたのために願いを籠めた。それさえもあなたは無下に扱うのですか?!」
茶々と紗夜が叫ぶ。悲痛なまでに叫ぶ二人の顔に写るのは同情でもなければ哀愁でもない。受け入れて欲しいと云う願い。『神祓い』のそれは受け入れているのではない、目を逸らしたのだ。二人の言葉に哉都の脳裏にもう一度浮かんだのは『神祓い』の情報。強制破棄され、全てを奪われた被害者。彼らは一様にこう言っていたそうだ。
「"あの人に頼まれたから。彼を救ってくれって。だから、救ってあげて。それがあの人の、『神の名を冠する者』が望んだ欲なら"」
「鈴花、それって……」
「……被害者が一様に言っていると言う言葉よ。テレビ番組ではあまり報道されないけれどね」
偽善者だと罵られても、同情を誘っていると捉えられても良い。全員が全員、良い人でもないし、正義の味方でもない。これが善か悪かなんて分からない。でも、なんにも出来ない自分が、唯一もらった『神の名を冠する者』からの願いを、奪われたとしても、願っても良いでしょう?自分は、受け入れる。
被害者が一様に八咫烏警備隊に願ったのは復讐でも敵討ちでもない。救うと云う彼らが『神祓い』を通して感じた思い。救うと云う償いだった。だから、あの笑みを浮かべた。だから、知っていた。悲劇の物語を、言い伝えを、あの人の思い出を。
「……全員が全員って訳じゃない。『神祓い』を殺せって云う人もいる。復讐を望む人もいる。それでも受け入れた覚悟を、絶望をはね除け、次なる希望とした……」
「何も、全てが答えじゃない」
「ええ、望むことも復讐することもまた正解であり事実。正解なんてない」
「己の心が、答え。でも、」
「そうね」
哉都の隣で鈴花と国久が言う。言葉を濁したのは『神祓い』が与えた絶望の行方を知っているから。与えられた絶望がどうなるか、『神祓い』が一番よく知っているから。彼は知らなかった事実に驚きをその瞳に宿していた。瞳にゆっくりと静かに宿ったその灯火は懺悔なのか、それとも償いか。狂いに狂った彼にも分かりっこない。するとそんな彼と視線を合わせるために刻がしゃがみこんだ。少しだけ上目遣いになった彼と刻の目が合う。そうして彼女は告げる。
「私には、主の気持ちがよく分かる。私も過去に大切な人を喪ったからね」
「……………」
「絶望して全てを奪ってしまいたいとも願ったさ。願わくば、あの人が死んだと云う事実を消し去ってくれやしないかと」
ふにゃりと刻は小さく笑ったのだろうが、その笑みは表すのならばぐにゃりで、悲しみと後悔にまみれていた。今まで話すことのなかった過去。刻がチラリと哉都を見れば、驚いたように固まっていた。嗚呼、それでもお前のあの笑みの意味も契約条件も全て分かるわけじゃないだろう?なら俺は、待つしかないのかな?
刻の言葉に『神祓い』が一瞬反応した。嗚呼、やっと同じ志を持つ、理解してくれる者が現れたと言わんばかりに。しかし、次の瞬間、刻は彼の思いをバッサリと切り捨てた。
「でも、それは私の願いでもあの人の願いでもなかった」
「………エ」
「受け入れることを諦めただけだった。そんなことをしてもあの人が帰ってくるわけじゃない。帰ってくるはずなんてないじゃないか。守れなかった……後悔するのも懺悔するのも良い。けれど、主のそれは押し付けじゃないのかい?その証拠を主は何度も見たはずだろう?」
左目だけが彼の瞳を貫く。乱暴に、真剣に、心を籠めて。儚い笑みを浮かべて消えて逝った彼らの思い。自分が感じた思い。ねぇ、知らないはずないでしょう?だってそれは、貴方が一番よく分かっているんだから。
「それに、契約者がいない『神の名を冠する者』は繋がりがなくなり此処にはいられなくなる」
「……ん?待てよ刻。それって、本当なら此処に『神祓い』はいないってことか?」
『神の名を冠する者』は契約者との縁でこの世界に存在し、顕現していると言っても過言ではない。ならば、神王でありつつ契約者のいない所謂野良である彼は本当なら此処にいない……?なのに何故此処に存在していることになるんだ?驚く哉都と国久、鈴花はそれぞれの神王・神姫の真剣な、分かりきっていると云うような懐かしむようなその表情に全てを悟った。
「それ、って……つまり……」
「嗚呼、多分な。この世界に彼を引き留め、消滅を防いでいるのは彼の前契約者。『神祓い』が言うあの子だろう」
まさかの事実に驚きを隠せないのは『神祓い』本人だった。絶望に呑み込まれ過ぎて神王であることすら忘れてしまっているような彼に、繋ぎ留めていた契約者の存在は大きな衝撃だった。そこにあるのは、誰にも分からないもので。大きく目を見開く『神祓い』の瞳に光が宿ったように見えたのは気のせいだろうか。
「……な、わけないじゃん。いや違うそんなわけない。そんな神秘的現象が起きるはずない。彼女は死んだんだよ?救えなかった守れなかったオレを繋ぎ留めるはずないじゃん。恨まれて当然で、絶望して当然で、ボクに絶望する価値はなくて、それでそれで……だからオレはボクはワタシはウチは自分は……」
「あれぇ?神秘的現象、超常現象的な存在の代表である『神の名を冠する者』が否定出来ることじゃないよねぇ?モノノケもヨウカイもいるこの世界で起きない事なんて、何一つないよ!」
「まぁそう考えれば、そうだね」
茶々が声高々に叫べば、国久も同意を示す。既に魔法を存在させ、武器を持ってしまっている以上、この世界にどんな現象が起きても可笑しくはない。例えそれが世界を滅ぼす欲だとしても、なんら可笑しいことではないのだ。しかし『神祓い』はその事実さえも否定する。だって、じゃないと、可笑しいでしょう?
「ボクはヒト、じゃなく、て……え、あ……ああああああああああああああああああああああ!!!!」
彼でさえ、事実がはっきりとしない。どうすれば良い。どうすれば、この不協和音を脱する事が出来る!?怒り、憎悪、悲しみ、懺悔、復讐、混乱、様々な感情が再び彼の中で渦巻き、声をあげる。それは咆哮であり、悲鳴だった。歌声以上の威力ではないにしろ、脳を掻き回すような不快感に襲われる。ピシピシと彼の感情か痛みか、はたまた叫ぶに反応したのかそれとも咆哮なのか左右の建物が同じように悲鳴を上げ始める。このままでは老朽化が進んだ建物に挟まれてしまう。この、彼が作り出した牢獄に一生閉じ込められてしまう。足から沸き上がるのは恐怖かはたまた違うものか。もう、分かるはずもない。取り押さえられていた彼の足元にもヒビが入り始め、彼を中心に秘色色の粒子が渦を巻き始める。これ以上押さえつけているのは無理だと言わんばかりに茶々が手を離しかけるが、今離したらどうなるか分かったもんじゃない。どうする?本当にどうする?ガタガタと地震と言われても可笑しくない揺れを足元から感じる中、哉都は歯を食い縛った。受け入れることは難しいかもしれない。けれど、どうしようもないのか?あいつの、自身と世界に対する憎悪は止まらないのか?そう思い、刻に駆け寄ろうとした、その時だった
『駄目だよお兄ちゃん!』
この場に似合わぬ、無邪気な声が響いたのは。
今日は此処まで!ウチが作るキャラの大半がこんな過去な気が……気のせい気のせい!
次回は月曜日です!




